場末ばすえ)” の例文
それはこの場末ばすえの町にある一軒のカフェの女だった。カフェの女とは云いながら、カフェとは似合わぬ姫君のようにろうたけた少女だった。
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
コートは着ていないので、一目に見分けられる着物や羽織。化粧の様子はどうやら場末ばすえのカフェーにいる女給らしくも思われた。
元八まん (新字新仮名) / 永井荷風(著)
葬列はもう寺に近い場末ばすえの町にはいっている。保吉は中尉と話しながら、葬式を見に出た人々にも目をやることを忘れなかった。
文章 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼はつねに武蔵野の住民と称して居る。然し実を云えば、彼が住むあたりは、武蔵野も場末ばすえで、景が小さく、豪宕ごうとうな気象に乏しい。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
犬の寝場所は、もとのところは、家でもたちつまっておいたてられたと見えて、せんとはちがった場末ばすえの、きたない空地あきちにうつっていました。
やどなし犬 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
永遠の誓いと云うのがある、みんな観に行きたいと思いながら、その広告が場末ばすえ小舎こやにかかるまで行けないでしまうことがたびたびなのだ。
生活 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
だが、うぶな私達は、非常な勇気を出して、ある場末ばすえのホテルへ這入って行くまでには、殆ど半年もかかった程であった。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
場末ばすえまちんでいるのだけれど、用事ようじがあって、こちらのったひとのところへやってきますと、そのひとうちで、展覧会てんらんかいのあるはなしきました。
公園の花と毒蛾 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ところどころのショーウィンドーには、一概に場末ばすえものとして馬鹿にできないような品が綺麗きれいに飾り立てられていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
*3 センナヤ ロシアの大抵の市にある特殊な一角いっかく。本来は乾草市場であるが、多くは場末ばすえの盛り場になっている。
そこで宿の主人はその出入りの古着商をたずねて行きますと、その人は、あの布団は、町の場末ばすえにあるひどく貧乏びんぼうな商人から買ったのだと言うのでした。
神様の布団 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
友人といっても、場末ばすえの飲み屋で知り合った男なので、そいつは大学生ではない。彼の職業は映画のエキストラで、毎日バスに乗って撮影所に出掛けて行く。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
そのうえ山の手の場末ばすえの町であるから十時を打って間もないのに、両側の人家はもう寝てしまってひっそりとしているので、非常にみちが遠いように思われてくる。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
富豪の客間へでも場末ばすえの長屋の台所へでもね。そして何もかもピュトワのしわざにされてしまうんだ。君のいま言った正義党のお伽噺とぎばなしとよく似とるよ、ははは——
鉄の規律 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
都も場末ばすえの今出川の荒れやしきに、十年の余も、雨もりのつくろい一つせず、庭草も刈らず、住み古して、家の中では、父と母とが、のべつ夫婦喧嘩げんかばかりやっていた。
テーブルのあしが妙にガタつきふちのかけたちぐはぐの皿にまがったフォークで一食五フラン(約四十銭)ぐらいの安料理を食べさせる場末ばすえのレストラントまで数えたてたら
異国食餌抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そこで、母と小林とはこっそり相談をしたのであろう、ある夜私達は家財道具のありったけをてんでに背負って夜逃よにげをした。落ちついたさきは、ずっと場末ばすえ木賃宿きちんやどだった。
小児こどもせめて仏のそですがろうと思ったでしょう。小立野こだつのと言うは場末ばすえです。先ず小さな山くらいはある高台、草の茂った空地沢山あきちだくさんな、人通りのないところを、その薬師堂やくしどうへ参ったですが。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
中くらいの場所は表側おもてがわだけ瓦葺きで、いわゆる半瓦はんかわらの家はめずらしくなく、まして場末ばすえには瓦一枚もつかわぬ家ばかりであったが、わずか四、五年をへだてて二度目にくだって見ると
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ビエーヴル川と言えば、たいてい人がセン・マルセルの場末ばすえで、工場地になっているというので、頭からきたない所と決めてしまうのであるが、ヴェリエールやリュンジには自然しぜんのおもむきがあった。
女将は場末ばすえのバーの女給になった。その頃再会した。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
達雄は場末ばすえのカフェのテエブルに妙子の手紙の封を切るのです。窓の外の空は雨になっている。達雄は放心したようにじっと手紙を見つめている。
或恋愛小説 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
二十分も走ったころ、自動車は、場末ばすえの、みすぼらしい町にとまりました。店屋がならんでいるのですが、夜ふけなので、おおかた戸をしめています。
怪奇四十面相 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
芝白金から目黒行人坂めぐろぎょうにんざかに至る街路の如きは、以前からいやに駄々広だだっぴろいばかりで、何一ツ人の目をくに足るべきものもなく全く場末ばすえの汚い往来に過ぎない。
今日こんにちの東京市、ことに場末ばすえの東京市には、至る所に此種このしゆいへが散点してゐる、のみならず、梅雨つゆつたのみの如く、日毎に、格外の増加律を以て殖えつゝある。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
古い士族町、新しい商業町、場末ばすえのボロ町を通って、岩木川いわきがわを渡り、城北三里板柳いたやぎ村の方へ向うた。まだ雪を見ぬ岩木山は、十月の朝日に桔梗の花の色をして居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
いい月夜つきよでありました。二人ふたりながながまちあるいてゆきました。だんだんゆくにつれて場末ばすえになるとみえて、まちなかはさびしく、人通ひとどおりもすくなく、くらくなってきました。
海ほおずき (新字新仮名) / 小川未明(著)
この室備付けの卓子テーブルと長椅子を平衡圏で放り出してしまったものだから、今はまるで場末ばすえのバアのように、どこからか集めてきた不揃いの椅子を前のように壁を背にして並べ
宇宙尖兵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
パパには鋸楽師のこがくしのおいぼれを連れて行くことを云い出した。おいぼれとただ呼ばれる老人はのこぎりを曲げながらいていろいろなメロディを出す一つの芸を渡世とせいとして場末ばすえのキャフェをまわっていた。
売春婦リゼット (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「そうですか、なにしろ、場末ばすえの方は、早く寝るものですから」
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
車は場末ばすえへ場末へと道を取って、いつの間にか人家もまばらな田舎道いなかみちへはいっていたが、やがて四、五十分も走ったと思う頃、やっと前の車が停車した。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
僕は早速さっそく彼と一しょに亀井戸かめいどに近い場末ばすえの町へ行った。彼の妹の縁づいた先は存外ぞんがい見つけるのにひまどらなかった。それは床屋とこやの裏になった棟割むねわ長屋ながやの一軒だった。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ある場末ばすえの地面が、新たに電車の布設されるとおみちに当るとかでその前側を幾坪か買い上げられると聞いたとき、自分は母に「じゃその金でこの夏みんなをつれて旅行なさい」
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「今は東京の場末ばすえに、小さな小間物屋を出して居ます」
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「ナニ、東京は東京だがね。少し場末ばすえなんだ。本所ほんじょ宝来館ほうらいかんという活動小屋なんだ」益々意外な返事である。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
が、わたしの見る夢は画家と云う職業も手伝うのか、大抵たいてい色彩のないことはなかった。わたしはある友だちと一しょにある場末ばすえのカッフェらしい硝子戸ガラスどなかへはいって行った。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
みすぼらしい場末ばすえの古本屋で、別段眺める程の景色でもないのだが、私には一寸ちょっと特別の興味があった。
D坂の殺人事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
場末ばすえの貧弱な下駄屋の二階の、ただ一間しかない六畳に、一閑張りの破れ机を二つ並べて、松村武とこの私とが、変な空想ばかりたくましゅうして、ゴロゴロしていた頃のお話である。
二銭銅貨 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼は芝居のことも世間並には心得ていたが、木下芙蓉と云えば、以前は影の薄い場末ばすえの女優でしかなかったのが、最近ある人気俳優の新劇の一座に加わってから、グッと売出して
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いつも歩き廻る場末ばすえの町を歩いていた時、それは省線の鶯谷うぐいすだにに近いところであったが、とある空地に、テント張りの曲馬団がかかっていて、古風な楽隊や、グロテスクな絵看板が好ましく
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私の家は場末ばすえにあったので、近くの広っぱへと散歩に出掛けたことであった。
毒草 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)