在方ざいかた)” の例文
千余人からの浪士の同勢が梨子野峠なしのとうげを登って来ることが知れると、在方ざいかたへ逃げ去るものがある。諸道具を土蔵に入れるものがある。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
在方ざいかたの床下にあるものが、寺方てらかたの床下に無いといふ法は無い。知恩寺の床下からは、つい先日こなひだ食べ荒したばかりの魚の骨がどつさり出た。
これもその年あたりは春蚕はるごの出来が大変によろしかった年でしたから在方ざいかたは、みんなたんまりとまとまった金を握っていたはずでございますし
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「二番目の兄が、この宿場の在方ざいかたで、手習師匠をしておりまする。それへ身を寄せて、中風を養生しておりますが、もうる年のこととて」
大谷刑部 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ところで藝者げいしやは、娼妓をやまは?……をやま、尾山をやままをすは、金澤かなざは古稱こしようにして、在方ざいかた鄰國りんごく人達ひとたちいま城下じやうかづることを、尾山をやまにゆくとまをすことなり。
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
芸妓屋げいしゃやが六七軒に、旅館以外の料亭りょうていと四五軒の待合がお出先で、在方ざいかた旦那衆だんなしゅうに土地の銀行家、病院の医員、商人、官庁筋の人たちが客であった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
石川県などの在方ざいかたでは、昔の瓦版かわらばんとよく似た一枚刷の読売よみうりものを、歌いながらくるのは必ず女の群であり、是を人によって女万歳おんなまんざいともっていた。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
うるすべなど知らざる上にみやこは知らず在方ざいかたでは身の賣買うりかひ法度はつとにて誰にたのまん樣もなく當惑たうわくなして居たりしが十兵衞はたひざ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
俺の追分を在方ざいかたから一ト晩買いにきたって話だったよ。吾ながら驚いたよ。だが有難い、棄てられた気でいた世間には、拾ってくれる人もあったんだ。
沓掛時次郎 三幕十場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
城下と在方ざいかたを断つのが私達差当りの任務でした。私は橋の中央に立って、月を眺めていました。折しもあれ『河原、切れ!』と城下の方の袂から同輩が叫びました。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
人入れ業「島田屋宗兵衛しまだやそうべえ」の世話で、在方ざいかたの百姓の三男ということであったが、人品卑しからず、働くことも三人前は働くのに、言うことやすることが人並み外れで
半化け又平 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
城下では知っている者もありましたが、在方ざいかたの者は知りません。どっちにしても、お城にこんな事があったそうだ位の噂で、川越の次郎兵衛ということは誰も知らないようです。
この公用とは所謂いわゆる公儀こうぎ(幕府のことなり)の御勤おつとめ、江戸藩邸はんていの諸入費、藩債はんさいの利子、国邑こくゆうにては武備ぶび城普請しろぶしん在方ざいかた橋梁きょうりょう堤防ていぼう貧民ひんみんの救済手当、藩士文武の引立ひきたて等、これなり。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
と、院長の前には頭に手拭を被つた、在方ざいかた女房かみさんのやうなのが椅子にかゝつてゐた。
赤い鳥 (旧字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
ここは吾々にはかくれた倉庫である。特に町の街道がやがて終るあたりには、在方ざいかたの人々が寄る荒物屋が一、二軒必ずあるものである。山間や奥地の村々で日常使う品物がとおり揃えてある。
地方の民芸 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
母方の伯父で在方ざいかたで村長をしていた人があった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
言うてるんだか、おまえさんの話はさっぱりわからないよ。なるほどわたしは江戸者だが、そのなんとか横町とか駒形なんかには、縁もゆかりもない方角ちがい、江戸というよりも在方ざいかたに近い、ひどく不粋な四谷のはずれのものなのさ
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
突止つきとめのちかくも取はからはんと富右衞門は其まゝ入牢申渡されける是より大岡殿組下くみしたの同心へ申付られ在方ざいかたの樣子を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
在方ざいかた徘徊はいかいする悪い虚無僧の中には、断れば断るほど下手へたな尺八を吹き立てて、揚句あげくの果てには強請ゆすりだすような者もあるが、今のは源内の一言ひとことでピッタリ止んだ。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ある在方ざいかたへくれる話を取り決めて、先方の親爺おやじがほくほく引き取りに来た時、尫弱ひよわそうな乳呑ちのを手放しかねて涙脆なみだもろい父親が泣いたということを、母親からかつて聞かされて
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
国恩を報ずべき時節であると言って、三都の市中はもちろん、諸国の御料所ごりょうしょ在方ざいかた村々まで、めいめい冥加みょうがのため上納金を差し出せとの江戸からの達しだということが書いてある。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ふんどしあかでないばかり、おかめが背負しょったように、のめっていますと、(姉さん一緒においで。——)そういって、堂のわきの茂りの中から、大方、在方ざいかたの枝道を伝って出たと見えます。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
盆や正月の場合にも町方まちかたでは新暦による、在方ざいかたでは旧暦によるという風習になっているので、今この事件の起った正月の下旬も、在方では旧正月を眼の前に控えている忙がしい時であった。
鴛鴦鏡 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
たとえば鳥取県などの在方ざいかたでは、この日一粒でも雨が降れば、天の川に水が出て渡られぬからよいが、もしも雨なく川が渡られて二つの星が逢うと、病の子が生まれるから怖ろしいともいって
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
在方ざいかたとしては、黒川村の庄屋が同じように退役を申し付けられたほどのきびしさだ。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
其奴そいつが伯父伯母のめいの婿の嫁入さきのせがれの孫の分家の新屋だというのを、ぞろぞろと引率して、しなくも可い、別院へ信心参りに在方ざいかたから出掛けて来て、その同勢で、久の実家だととまり込むんです。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
(ト)町方・在方ざいかた 普通名詞としても用いられておる。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そのおもなものは東濃界隈かいわいの村民であるが、木曾地方から加勢に来たものも多く、まさかと半蔵の思った郷里の百姓をはじめ、宿方としては馬籠のほかに、妻籠つまご三留野みどの野尻のじり在方ざいかたとしては蘭村あららぎむら
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「今時分、やっぱり在方ざいかたの人でしょうね。」
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)