四阿あずまや)” の例文
建物から、二十間も離れている四阿あずまやで、小さい灌木かんぼくを避けながら歩いた。彼は、倭文子が来るまでは、三十分は待たなければならない。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その中の二本の木蔭には、青い木の柱に平べったい緑いろの円屋根まるやねをつけた四阿あずまやが見え、それには『静思庵せいしあん』と銘がうってある。
この辺のことはくどく述べる必要はあるまい。池の畔の四阿あずまやの前に確かに皇帝が立っていたという、例の間違いの続きなのである。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
仕方がないから葡萄の葉が陽をさえぎっている四阿あずまやの中で時間潰し旁々かたがた、心残りのないように遺言状を一通したためておくことにしたのであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
もしも兄がそこにいなかったとしたら、フォマにも家主のお婆さんにも言わずに、じっと隠れたまま、晩までも四阿あずまやで待っていることだ。
わたしのためには旧藩主に当る元伯爵海原光栄うなばらみつえ氏は、尊大が通りものの顔を柔げて、広大な庭園の奥の、洒落しゃれ四阿あずまやの中に私を導き入れました。
死の予告 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
四阿あずまや山は信州の称呼で、上州では吾妻あがつま山と唱えている。頂上に日本武尊を祭神とした社があるが、これも上州と信州との二社に分れている。
上州の古図と山名 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
三方見晴しの処(ここに四阿あずまやが立って、椅子の類、木の株などが三つばかり備えてある。)其処そこへ出ると、真先に案内するのが弁慶堂である。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まるで私たちのうちの庭にある、四阿あずまやの中に住んでいるような訳ですから、膚を突きさすかと思われるような風がぴゅうぴゅうと吹き通すのです。
蕗の下の神様 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
寝所をでた家康は、そう問いながら、本丸の四阿あずまやへ足をむけていた。すると、やみのなかから、ばたばたとそこへかけよってきた黒い人影がある。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見晴し台は温泉客のために山の中腹を切り開いた百坪ほどの狭い平地で、中央にささやかな四阿あずまやが建っている。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かえで桜松竹などおもしろく植え散らし、ここに石燈籠いしどうろうあれば、かしこに稲荷いなりほこらあり、またその奥に思いがけなき四阿あずまやあるなど、この門内にこの庭はと驚かるるも
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
翌日ピサロが訪ねて行くと、匂の高い花で飾った緑の枝の四阿あずまやが出来ていて、その中にペルー料理がどっさり並んで居り、名も知らぬ果物や野菜もうまそうに盛ってあった。
鎖国:日本の悲劇 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
木村は跡へ引き返して四阿あずまやの中に這入つた。木の卓と腰掛とがある。竹の皮やマツチの明箱あきばこが散らばつてゐる。卓の上にノオトと参考書とを開いて、熱心に読んでゐる書生がゐる。
田楽豆腐 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
四阿あずまや山は、上信国境の峻峰であるけれど、遠く榛名の西の肩に隠れて姿を出さない。
わが童心 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
そうだ、かっきり一時半に、お前は、夫人連を三四人つれて四阿あずまやのそばへ来ていてくれ。そうするとうしろの物陰からわしが出てきて、ピストルをつきつけて、手をあげろというからな。
探偵戯曲 仮面の男 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
お絹は、二見ヶ浦の海岸の清涯亭せいがいていという宿の離れにつづいた四阿あずまやの中で、長いこと人を待っているのでありました。やがて、編笠をかぶって海岸伝いにやって来る一人の武士さむらいがありました。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
四阿あずまやデ休ンダ時、予ハ袂カラ小サクタヽンダ札束ヲ取リ出シテ手ニ握ラセル。
瘋癲老人日記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
門をはいると左手に瓦葺の一棟ひとむねがあって其縁先に陶器絵葉書のたぐいが並べてある。家の前方平坦なる園の中央は、枯れた梅樹の伐除かれた後朽廃した四阿あずまやの残っている外には何物もない。
百花園 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
というのはその小道が、ちょうどその場所で人が乗り越えたらしい足跡あしあとの残っている垣根の下を、へびのようにけて、アカシアばかりでできている円い四阿あずまやへ、通じていたからである。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
その下を舟が行くことのできる四阿あずまやの観があるものがあった。
四阿あずまやを覆へ。
彼は、そう思って躍り上る胸を押えながら、四阿あずまやを離れ、すぐかたわらの大樹の陰に身をひそめて、その女性の近づくのを待っていた。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「僕は横町から編垣を越えて、いきなり四阿あずまやの方へ行ったんだ。どうぞだから、そのことで僕をとがめないでくださいね」
この時、四阿あずまやの前のローンへ、書生とラケットを持って飛出したのは海原伯爵の姪で、瑛子という美しい女性でした。
死の予告 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
野原に遊んでいる小児こどもなどが怪しい姿を見て、騒いで悪いというお心付きから、四阿あずまやへお呼び入れになりました。
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ヴァンクゥヴァの自分の家の庭に日本ふうの四阿あずまやをつくり、家じゅうを日本に関する書籍と骨董こっとうでいっぱいにして、たいていは日本の着物を着て暮らしている。
キャラコさん:05 鴎 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
動くともなくたむろしている幾重の乱雲に包まれて、四阿あずまや山であったろう、長い頂上を顛覆てんぷくした大船のように雲の波の上にちらと見せたが、すぐた沈んでしまった。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
しきりに波立つ胸の不平を葉巻のけぶりに吐きもて、武男は崖道がけみちを上り、明竹みんちく小藪こやぶを回り、常春藤ふゆつたの陰に立つ四阿あずまやを見て、しばし腰をおろせる時、横手のわき道に駒下駄こまげたの音して
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
そこはすっかり暗い陰影かげにとざされていて、暗がりの奥に僅かにほの見えるのは、真直ぐに走っている細い小径や、壊れた欄干や、倒れかかった四阿あずまやや、老い朽ちて洞ろになった柳の幹や
動物園の入口から、右手の方へ進んでゆくと、鸚鵡おうむや小鳥の檻があって、その先に「閑々亭」という額をかけた、茶室めいた四阿あずまやが一軒たっている。この小家こやの由緒来歴は私は何も知らぬ。
動物園の一夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
十八日朝経助ガ学校ニ、浄吉ガ会社ニ出テ行ッタ後、庭ヲ散歩シテ四阿あずまやニ休ム。四阿マデ三十メートル餘デアルガ、コノトコロ日々脚ノ運動ガ不自由サヲ加エ、今日ハ昨日ヨリモ一層歩キニクイ。
瘋癲老人日記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
邸そのものがまた仲々広大なもので、明治の中頃に建てられた煉瓦れんが造りの西洋館、御殿造りの日本建て、数寄すきを凝らした庭園、自然の築山つきやまあり、池あり、四阿あずまやあり、まるで森林の様な大邸宅である。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
四阿あずまやに近づいてみると、倭文子はしょんぼりと縁に腰をかけていた。村川は、その後姿を見ると、いとしさで胸が張りさけるようだった。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
つまり向うの四阿あずまやのところに立って、おまけに顏をすっかり垣根のほうへ向けているように申し渡されたのである。
野原に遊んで居る小児こどもなどが怪しい姿を見て、騒いで悪いと云ふお心付こころづきから、四阿あずまやへお呼び入れに成りました。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
沼をかこむ丘の斜面のところどころに四阿あずまやや茶室が樹々のあいだに見え隠れし、沼の西側は広々としたお花畑で、色とりどりの秋草が目もあやに咲き乱れている。
顎十郎捕物帳:01 捨公方 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
これだけでも壮観である上に、東から北へかけて八ヶ岳蓼科の連山、妙義、破風はふ(荒船山)、浅間連峰、四阿あずまや、白根火山群からして、遠く奥上州の群山が一眸いちぼうの裡に集る。
美ヶ原 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
原生林をかたどった深い木立が、四阿あずまやの三方から迫って、一方はローンの緩いカーブに開けて居りますが、林も藪も非常に厚く、人間の忍び寄る隙間などはとてもありません。
死の予告 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
青木邸の庭園——中央に四阿あずまやがあり、その手前にベンチが二つある。周囲あたりは樹立。右手から主人健作と夫人久子とが話しながらはいってくる。健作はモーニング、夫人はきらびやかな洋装。
探偵戯曲 仮面の男 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
四阿あずまやデ直グソノ話ニナッタ。
瘋癲老人日記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いやにコセ/\していて、人工的な小刀細工が多すぎるじゃありませんか。ことに、あの四阿あずまやの建て方なんか厭ですね。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
椅子いすを差置かれた池のみぎわ四阿あずまやは、瑪瑙めのうの柱、水晶のひさしであろう、ひたと席に着く、四辺あたりは昼よりもあかるかった。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
四阿あずまやのまん中には木製の緑色のテーブルが地面へ掘っ立てになっていて、そのぐるりを、同じく緑色の床几しょうぎが取り囲んでいたが、それにはまだ腰かけることができた。
「あれは、四阿あずまやにいるはずです。さっき、ひとりにしておいてくれなどと、言っていましたから」
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
浅間の北には長大な四阿あずまや山が大魚の背を浮べたように横たわる。碓氷うすい峠から北に続く連脈は、一之字山、網張山、鼻曲はなまがり山、八栗山の剣ヶ峰、角落山となって四阿山脈の下に紛糾している。
望岳都東京 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
先程ちょうど私が面をつけて、玩具おもちゃのピストルをもって四阿あずまやの方へゆこうとするところで、貴方あなたがたにでくわしてしまったので、ついあんなことになったのです。このピストルを見て下さい。
探偵戯曲 仮面の男 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
ここに別に滝の四阿あずまやと称うるのがあって、八ツ橋を掛け、飛石を置いて、枝折戸しおりどとざさぬのである。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
忠直卿は萩の中の小道を伝い、泉水の縁を回って小高い丘に在る四阿あずまやへと入った。そこからは信越の山々が、微かな月の光を含んでいる空気の中に、おぼろに浮いて見える。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)