仇敵きゅうてき)” の例文
等しく君の仇敵きゅうてきである。裏切者としての厳酷なる刑罰を待っていた。撃ちころされる日を待っていたのである。けれども私はあわて者。
狂言の神 (新字新仮名) / 太宰治(著)
クイーン・メリー号が遭難してからこっちのかれのなみだぐましい奮闘ふんとうぶりには、仇敵きゅうてきといえども拍手をおくらずにはいられないだろう。
海底大陸 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それもいい気持になって、なんとも言えぬ満足を感じるまでに腹を立てるのじゃ。こうして本当の仇敵きゅうてきのような心持になってしまうのじゃ……。
どんな仇敵きゅうてきでも、鬼であっても、そこなえまいと見える美貌びぼうをお持ちになるはずである。しばらく躊躇ちゅうちょをあそばしてから
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
同業者はもちろん仇敵きゅうてきだ。すべての商人はみな不親切に思われる。汽車の響き、電車の音、それも何となく自分をおびやかすように聞こえるのだ。
去年 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
みすみす目のまえにこうしている一とう仇敵きゅうてき咲耶子さくやこにとってはかたきのこの悪魔あくまを、なんで見のがしていいものだろうか。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼らの仕打を仇敵きゅうてきの如く憎んだ健三も、何故なぜ彼らがそんな面中つらあてがましい事をしたのか、どうしても考え出せなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かかあや餓鬼を愛することが出来るに至って人間並の男で、好漢を愛し得るに至ってはじめて是れ好漢、仇敵きゅうてきを愛し得るに至ってホントの出来た男なのだ。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そうも考えられたが、村政上のことで村人の仇敵きゅうてきになっているJ氏だったので思わぬとばっちりが私にも降りかかったのであろう、と思われるだけだった。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
『皆、耶蘇がさせるのです。耶蘇が皆悪くするのです。耶蘇、日本の敵です』と、至るところで彼は耶蘇教をののしり、その宣教師を仇敵きゅうてきのごとくにくんでいる。
神谷と弘子との仇敵きゅうてきは亡びてしまったに違いない。そして、後日あれほど世を騒がし、人の生き血を流した大害悪をも、未然に防ぐことができたであろう。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
通胤もまた父の眼を刺すようにみつめていた。父と子はその一瞬、まるで仇敵きゅうてきのように互いをねめ合ったのである。……しかし、やがて清胤がしずかに答えた。
城を守る者 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
若者達の一団に気転きてんのきいた一人がいたらここで一言わびるだけで無事無難に終ったのだが、鈍重な気候や自然はそういう気転と仇敵きゅうてきの間柄ではぜひもない。
禅僧 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
それだけ葉子は母と両立し得ない仇敵きゅうてきのような感じを持った。母は新しい型にわが子を取り入れることを心得てはいたが、それを取り扱うすべは知らなかった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
俊寛 (絶望的に)だめだ! (地に倒れる。立ち上がる)おにだ。畜生ちくしょうだ。お前らは帰れ。帰って清盛きよもりにこびへつらえ、仇敵きゅうてきの前にひざまずいてあわれみを受けい。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
バカめ、だまって斬られるやつがどこにある、痩浪人が何百人来たところで防ぐ気になればおれ一人で充分だ、しかし、あれだけ苦心して仇敵きゅうてきを討とうとしているやつを
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
だからわたしは今はもう、お前達に感謝こそすれ、仇敵きゅうてきと思う心は毛頭もない筈ではないか。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
綾麻呂 いさお高き武人もののふの家系、臣、石ノ上ノ綾麻呂から五位の位を奪いとった我等が仇敵きゅうてきは?
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
ことに自分には、墓へはいる前に、必ず一度はこの帰雁に血を塗らなければならない仇敵きゅうてきがあるではないか。先哲の書、父や恩師の教えを、俺はいったいどこへきいて来たのだ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
あなたは自分の仇敵きゅうてきのために、自分の持場を荒されたように、身も、世も、あられず、憤怒の火で心の徳を焼いておしまいになります、不平、不満の起りました時、ついぞあなたは
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一体これは何だろう? むごたらしい邪宗改めの法廷か? 仇敵きゅうてきどもが彼を亡きものにしようと思い定めた秘密の刑場か? ひょっとしたらこれが地獄じゃあるまいか? しまいには
瞋恚しんいと憎悪に燃えて、自分の夫人に対してまるで仇敵きゅうてきのごとき伯爵の眼であった。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
……吾人ごじん結束せんとするや、彼等直ちにこれをさまたぐ、これを破る。我国社会運動の遅々ちちとして進まざる、すなわち此の無政府党あるに依る。実に彼等は社会主義の仇敵きゅうてきなり、人類の仇敵なり。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
すでに結納をとりかわしたうえ、夫婦となるべき約束をしたからには、たとえ先方が仇敵きゅうてきの家であっても、また遠い他国の人であっても、約束をかえてはならないと聞いておりますのに——。
僕はまるで僕自身を仇敵きゅうてきのように白い目でにらんだんだ。工場へ五時に来てから、幾度も小便に行った。そのうちほんとうにしたかったのが幾度、あとは、とにかく場処を動きたかったからだ。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
あまつさえ外夷の応接には骨肉も同様な親切を見せながら、自国にある忠義憂憤の者はかえって仇敵きゅうてきのように忌みきらい、国賊というにも余りあるというような意味のことが書いてあったという。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかし、その時、またも彼女の怨恨は、涙の底から急に浮び上った仇敵きゅうてきの長羅に向って猛然と勃発した。最早や彼女は、その胸に沸騰する狂おしい復讐の一念を圧伏していることが出来なくなった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
患者の顔には、無力にされた仇敵きゅうてきを見るときのような満足な表情が浮び、二三度その咽喉仏のどぼとけが上下した。彼の眼は、二の腕以下の存在には気づかぬものの如く、ひたすらに肉腫の表面にのみ注がれた。
肉腫 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
黯澹あんたんたる「仇敵きゅうてき」独り心にはびこりて
しかし、竹童がめたおされたのも目撃もくげきしたし、その魁異かいい妖人ようじんのすがたは、夢寐むびにもわすれていない仇敵きゅうてきである。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また神谷のがわからいえば、恩田父子は、憎んでも憎み足りない仇敵きゅうてきであった。彼は、草の根を分けても彼らを探し出し、この恨みをはらしたいと願った。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
どんな強さ一方の武士だっても仇敵きゅうてきだってもこの人を見てはみが自然にわくであろうと思われる美しい少童しょうどうでおありになったから、女御も愛を覚えずにはいられなかった。
源氏物語:01 桐壺 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「私は、私の仇敵きゅうてきを、ひしと抱擁いたします。息の根を止めて殺してやろう下心。」
鬱屈禍 (新字新仮名) / 太宰治(著)
農民にとって徳川家は仇敵きゅうてきででもあるかのように聞えるが——事実、天下を政治するものが、好んで農民を苦しめたがる奴があるものか、苦しめるには苦しめるだけの理由があるからだ
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その子の守人が父の仇敵きゅうてきをねらって江戸へ出て来たときから、玄鶯院はわが子のように守人の世話をして来たのだが、こういう関係から玄鶯院もいつしか水藩の志士と往来するようになり
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
成経 その残酷な父の最後を聞きながら、一指いっしをも仇敵きゅうてきに触れることのできない境遇にあることは恐ろしい。その境遇にありながら、死にきれない身はなお恐ろしい。(顔をおおい、くず折れる)
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
とにかく、父や自分の仇敵きゅうてきである都会文化の猛威に対して、少しも復讐ふくしゅうの気持が起らず、かえって、その逞ましさにふるえて魅着みちゃくする自分は、ひょっとして、大変な錯倒症さっとうしょうの不良むすめなのではあるまいか。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
いっぺんに仇敵きゅうてきのように憎みだすのである。
赤ひげ診療譚:06 鶯ばか (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「そうさ君の仇敵きゅうてきのお重にさ」
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
眠りの仇敵きゅうてき、沈思の詩人は
裾野すその以来——また、京都の八神殿しんでん以来——かれとこれとは、いよいようらみのふかい仇敵きゅうてきとなるばかりであった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ヘビではない、この屋敷の主人川波良斎が、深夜仇敵きゅうてきをこらしめるために、忍びよってきたのにちがいない。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
にこりともせず乱れた髪をきあげ掻きあげ、あたかもその雑誌社の人が仇敵きゅうてきか何かでもあるみたいに、ひどく憎々しげにまくしたてますので、わざわざ私の詩を頼みに来て下さる人たちも
男女同権 (新字新仮名) / 太宰治(著)
徳川家は仇敵きゅうてきででもあるかのように聞えるが——事実、天下の政治をするものに、好んで農民を苦しめたがる奴があるものか、苦しめるには苦しめるだけの理由があるからだ、苦しめられる方は
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
のろいのひとりごとをつぶやきながら、黒い風のように歩きまわって、仇敵きゅうてき、明智小五郎の似顔絵をりつけて行ったという、そのなんともえたいのしれぬ光景が
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
貴顕豪商というと彼女は生れぬまえからの仇敵きゅうてきのように反抗したくなるのである。——奔馬の前の危険な強請ゆすりも、稀〻たまたま興味的にやりたくなる衝動の発作ほっさなのであった。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そんなはずがあるものですか、ともに天をいただかざる仇敵きゅうてきです」
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかもこの二人はうらみかさなる仇敵きゅうてき。すきもあらば敵の喉笛に飛びかからんとする二匹の猛虎。そのくせ、言葉だけは異様にやさしく、まるで夫と妻の寝物語のようであった。
黒蜥蜴 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「老父をはじめ、我が一家の縁者を、みな殺しにした陶謙こそ、不倶戴天ふぐたいてん仇敵きゅうてきである」
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
承知しました。仮令たとい御依頼がなくとも、黄金仮面は僕の仇敵きゅうてきです。きっとお嬢さんは取戻してお目にかけます。いや、お嬢さんを取戻す丈けではありません。黄金仮面そのものを
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)