三昧さんまい)” の例文
すなはち仏前に座定ざじょうして精魂をしずめ、三昧さんまいに入る事十日余り、延宝二年十一月晦日みそかの暁の一点といふに、忽然こつぜんとしてまなこを開きていわ
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
こうやうに肉体的と精神的の統一された、且部分的の大活動大興奮と、他の大部分の徹底的の大休止の状態を、三昧さんまい境と云ふのである。
健康を釣る (新字旧仮名) / 正木不如丘(著)
三昧さんまいとか、無我とか、無念無想とか云ふ、俗人原そくじんばらがわけも分らず喜ぶ無意義の形式を以つて、『思想感情の最高頂』もあきれらア、ね。
泡鳴五部作:05 憑き物 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
その顔は端正な美女の顔ではあっても、その威厳と気高さと——そうして三昧さんまいに没入した凝然たる表情とは、地上の女のそれではない。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
生理学教室三昧さんまいの学士も、一年ばかりお孝に馴染なじんで、その仕込みで、ちょっと大高源吾ぐらいはもてあそぶことが出来たのである。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
つまり、病気の三昧さんまいに入ることです。そうすればかえって病気はなおるのです。いや快くならないまでも、病気に安住することができるのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
風流とか、芸術的三昧さんまいとかいうのでなく、悠々ゆうゆうとして伝統の歌形に、独り孤高の感懐を寄せておられる。一種の神言である。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
朝臣たちも、僧正のことばに感じ入って、歌作の三昧さんまいにはいり、いつとはなく、そんな話題もわすれてしまったらしい。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
源氏は御堂みどうへ行って毎月十四、五日と三十日に行なう普賢講ふげんこう阿弥陀あみだ釈迦しゃかの念仏の三昧さんまいのほかにも日を決めてする法会ほうえのことを僧たちに命じたりした。
源氏物語:18 松風 (新字新仮名) / 紫式部(著)
夜のけるのも腹の減るのも一切感じないかと思われるような三昧さんまいの境地に入り切っている人達を見て
科学に志す人へ (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
いつでも、どこででも、独居していても人中でも、随意に坐禅ざぜん三昧さんまいに沈入するのが、一空さまなのだ。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼女は見つめて三昧さんまいに入り、ぶるぶると身ぶるいさえすることがあった。私はこれを思春期の変態の現われじゃないかと嫌な気がしたが、そうではないらしかった。
健康三題 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
釣はどうも魚を獲ろうとする三昧さんまいになりますと、上品でもなく、遊びも苦しくなるようでございます。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
きさきはじめおそばの人たちが心配しんぱいしますと、高麗こまくにから恵慈えじというぼうさんが、これは三昧さんまいじょうるといって、一心いっしんほとけいのっておいでになるのだろうから
夢殿 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
人はそれぞれその楽しむところに於て三昧さんまいに入り得る特権を持っているのですから、この男が唯一の芸術に、我が三昧境に、我を忘るるはやむを得ないことですが
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかるに三昧さんまいの示すところは常識上どうしても考え得られないところの方向を取ることを示して居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
はじめのうちは謙遜けんそんに、あれも知らぬ、これも知らぬと思いつつ、研究三昧さんまいいとまない時は最も尊敬すべきときであるが、あの学位がくいを得たとか、その学位をさずけられたとかいうと
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
前者は共産主義社会を、後者は悟り、法悦の三昧さんまいを。ところで文学はどうであるか。
朴水の婚礼 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
この三年間、自分は山の手の郊外に、雑木林ぞうきばやしのかげになっている書斎で、平静な読書三昧さんまいにふけっていたが、それでもなお、月に二、三度は、あの大川の水をながめにゆくことを忘れなかった。
大川の水 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
致仕後の実隆は望みを官場に絶ったから風流三昧さんまいに日を暮らした。
江川三昧さんまい東道。五月二十七日、遼陽りょうように至る。
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
「ただ、こういえ。不肖ふしょうながら、天台六十二世の座主、覚快法親王かくかいほうしんのうより三昧さんまい奥儀おうぎをうけて、青蓮院しょうれんいんの伝燈をあずかり申す慈円が、身にかえての儀と」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
御寺みてらで行なっておいでになる三昧さんまいの日数が今日で終わるはずであるといって、女王たちは父宮のお帰りになるのを待っていた日の夕方に山の寺から宮のお使いが来た。
源氏物語:48 椎が本 (新字新仮名) / 紫式部(著)
これもいつしか三昧さんまいという気持に返って、お花の会の主席を取るような意気込みにもなり、ああでもない、こうでもない、この葉ぶりも面白くない、ではもう一ぺん庭をあさって
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
三昧さんまいみだしてはならない。人々は敬虔けいけんに本能にいのり入っている。人々の態度はいう。
食魔に贈る (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかし第一の試験に及第しましたから、つまり三昧さんまいの示したところが当って居るのであるという信仰も出まして実に愉快でした。川に沿いだんだん南に降って行くこと二里半ばかりにして即ち
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
三昧さんまいの境地にはいって、一心不乱に制作したいという彼の望みにしたがって、この、もっとも人跡絶えた渓谷をぼくし、対馬守の手で急ぎ建てられた、いわば、これが、作阿弥のアトリエなのだ。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
いつとなく、団九郎も彫像ちょうぞう三昧さんまいを知った。木材をさがしもとめ、和尚の熟睡じゅくすいをまって庫裏の一隅に胡座あぐらし、のみふるいはじめてのちには、雑念を離れ、屡〻しばしば夜の白むのも忘れていたということである。
閑山 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
それはまた他人ひとに聞かそうためでもなく自ら誇って陶酔しているでもない。秋の夜の孤寂のる瀬なさを、無我と三昧さんまいに過ごしているだけのことなのだ。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
不断の三昧さんまい堂などもけっこうな設計でお作らせになったと申すことを聞きました。宇治へおいでになりますことは昨年の秋ごろから以前よりもはげしくなったようでございます。
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
蓮月は仕事の三昧さんまいに入り、筆を働かすに余念も無い。しばらくして覆面した一人の男庵室に忍び寄る。蓮月の起きて居る姿を見て躊躇ちゅうちょし引返しかけたが、また勇気を取り戻すに努める様子。
ある日の蓮月尼 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
またいう、夢の三昧さんまいに入る人は、必ずしも眠ってのみ夢を見るのではない、身を横にして眼をとざせば、雲煙がおのずからにして直前に飛び、神仙が脱化だつげして人間界に下りて来るとのこと。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
わしの茶は大坂の如心軒じょしんけんうところが多い、大口如心軒……当今茶道にかけてはかれの右に出るものはあるまい、風流うらやむべき三昧さんまいにあって、かぶき、花月、一二三、廻り炭、廻り花、旦座
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
四辺あたりの景色に見惚みとれて居りますと、彼方の雪山のいただきに白雲の飛びうその変幻出没の有様は、あたかも雪山の仙人が雲に乗りて遊戯三昧さんまいに入り、あちらこちらに徜徉しょうようして居るかのごとくに見えるです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
焚火たきびの火は、トロトロと、二人のあいだに燃え衰えて来たが、お通の頬は反対にあかくなった。自分のふく音に三昧さんまいとなって、彼女が笛か、笛が彼女かわからない。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
死のやうな強い力で恍惚こうこつ三昧さんまいき入れられるあの生物の習性に従ふ性の祭壇に上つて、まる/\情慾の犠牲になることも悪くはありませんが——しかし、ちよつと気をらしてみるときに
夏の夜の夢 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
凜々りんりんとした声ではないが、低いうちにも一念のくことなき三昧さんまいが感じられる念仏の声であった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
というのは、これから先の白隠の修道は禅の方でいう正悟に向って驀地まっしぐらに進んで行った消息だからである。自然と人間の肉体とのあの不思議な三昧さんまい感。世にも恍惚こうこつとして自然と融け合った快感。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
仰ぐ力と、信念と、自分の力と、この三者は、時に円融し、時に鼎分ていぶん(三つに分れること)し、そこに反省あり、三昧さんまい境あり、以て一歩一歩、生きる力の増進の道を踏み拓いて行くのであります。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
粘土つちの中にたましいが入っているように、三昧さんまいになりきっていた。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
勝手のようだが、それは固く断りたい。静かに連歌の三昧さんまい
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)