一艘いっそう)” の例文
赤い毛氈もうせんを敷いた一艘いっそうの屋形舟は、一行を載せ、夏の川風に吹かれながら、鮎やはえなどの泳いでいる清い流れの錦川をさおさして下った。
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
一艘いっそうつないであって、船首の方が明いていて、友之助が手招ぎをするから、お村はヤレ嬉しと桟橋さんばしから船首の方へズーッと這入はいると
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
かしましく電車や自動車の通っているのを余所よそに、一艘いっそう伝馬てんまがねぎの束ねたのや、大根の白いのや、漬菜の青いなどをせて
日本橋附近 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
こちらの欧羅巴ヨーロッパのイギリスという国からたった一艘いっそうの船が、この大陸の岸につきました、この辺がその上陸点のプリモスというところです
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その裏の大きな溝に、私は或る日、どこの家の所有だか分からない、古い一艘いっそうの小舟が繋留けいりゅうせられずにあるのを見出した。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
治郎吉は、その一艘いっそうとまの中に隠れた。そして興味も、素ッ気もない、女を買って、とうとう川波に夢を揺られながら、お喜乃の顔を描いていた。
治郎吉格子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が海は相かわらず潮騒しおさいの音を立てて、岸辺に打ち寄せていた。艀舟はしけ一艘いっそう、波間に揺れていて、その上でさもねむたそうに小さな灯が一つ明滅していた。
その広い川に小舟が一艘いっそう浮いて居る。勿論月夜の景で、波は月に映じてきらきらとして居る。昼のように明るい。
句合の月 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
他日功成り名遂げて小生も浪さんも白髪しらが爺姥じじばばになる時は、あにただヨットのみならんや、五千トンぐらいの汽船を一艘いっそうこしらえ、小生が船長となって
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
そうしてその七年目の夏、彼は出雲いずもの川をさかのぼって行く、一艘いっそう独木舟まるきぶねの帆の下に、あしの深い両岸を眺めている、退屈な彼自身を見出したのであった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一艘いっそうの小舟がその船につないであった。彼は晩まで小舟の中に隠れていることができた。夜になって再び泳ぎ出し、ブロンみさきから程遠からぬ海岸に達した。
急がせながら河岸かしに沿って曲がりばなをひょいと見ると、乗せてきての帰りか、だれかを待っているのか、いいぐあいにも目についたのは一艘いっそう伝馬てんまでした。
埠頭には、船腹に赤錆を出した、見っともない船が一艘いっそう横づけになっていた。パイプをくわえた波止場人足が多勢、ぶらぶら仕事のはじまるのを待っている。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
それは見る見るどんどんと形が大きくなり、やがてりっぱな一艘いっそうの汽船となつて眼の前をとおりすぎる。
幽霊船の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
と、一艘いっそうの小舟がその風の中を平気で乗切って来ておかへ着けかけた。許宣は神業のような舟だと思って、ふいと見ると、その中に白娘子と小婢じょちゅうの二人が顔を見せていた。
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ふと千住の方への曲り口に眼をやると、遠く一艘いっそうの学校の短艇らしいのが水煙を立てて漕ぎ下って来る。「おい窪田君。あれあ農科の艇じゃないかい」と久野は呼びかけた。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
と国貞は鶴屋の主人あるじ差向さしむかってしきりに杯を取交とりかわしていた時、行きちが一艘いっそうの屋根船の中から
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そして、今でも覚えているのは、この眺めている海には一艘いっそうの船もなく、船どころか! 見える限りの景色のどこにも、また家の中にもこれ以上の人はいないように思われます。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
瀬田の橋の下に、もう、一刻近くにもなるであろうか、小舟が一艘いっそう、じっと、していた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
郷里の方から東京へ出て来たばかりの節子も姉に連れられて来ている。白い扇子をパチパチ言わせながら、「世が世なら伝馬てんま一艘いっそうも借りて押出すのになあ」と嘆息するおいの太一が居る。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それまで三十石船といえば一艘いっそう二十八人の乗合で船頭は六人、半日半夜で大阪の八丁堀へ着いていたのだが、登勢が帰ってからの寺田屋の船は八丁堀の堺屋と組合うて船頭八人の八挺艪ちょうろ
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
その一艘いっそうどうに、うるさい世をのがれてきた若い男女。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そこで、くるりと海の方へと向き直った茂太郎は、直ちに、程遠くもあらぬところに、一艘いっそうの小舟が櫓を押して通り過ぐるのを認めました。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その飾磨しかまうらの川尻に、ひるごろから小舟をつないで、やがて迫る黄昏たそがれに、わびしい炊煙すいえんをあげている一艘いっそうの世帯がある。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おまけに私がそいつの出帆に立会いたいと思っていた欧洲航路の郵船は、もうこんな年の暮になっては一艘いっそうも出帆しないことがわかった。私の失望ははなはだしかった。
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
運河は波立った水の上に達磨船だるまぶね一艘いっそう横づけにしていた。その又達磨船は船の底から薄い光を洩らしていた。そこにも何人かの男女なんにょの家族は生活しているのに違いなかった。
歯車 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
堤の上に長くよこたわる葉桜の木立こだち此方こなたの岸から望めば恐しいほど真暗まっくらになり、一時いちじは面白いように引きつづいて動いていた荷船はいつの間にか一艘いっそう残らず上流のほうに消えてしまって
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
時には彼は自分独りぎめに「海の砂漠さばく」という名をつけて形容して見たほど、遠い陸は言うに及ばず、船一艘いっそう、鳥一羽、何一つ彼の眼には映じない広い際涯はてしの無い海の上で、その照光と、その寂寞せきばく
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
また同じ国のむろとまりについた時に、小舟が一艘いっそう法然の船へ近づいて来た。何ものかと思えばこの泊の遊女の船であった。その遊女が云うのに
法然行伝 (新字新仮名) / 中里介山(著)
尾生はやや待遠しそうに水際までを移して、舟一艘いっそう通らない静な川筋を眺めまわした。
尾生の信 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そこへは、一艘いっそう屋形が着いたばかりであった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一艘いっそうの船を独創したことは事実であるが、それを首尾よく運送して、初航海を無事にここまで安着せしめた成功の大半は
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
紅蓮白蓮ぐれんびゃくれんの造り花が簇々ぞくぞくと咲きならんで、その間を竜舟りゅうしゅう一艘いっそう、錦の平張ひらばりを打ちわたして、蛮絵ばんえを着た童部わらべたちに画棹がとうの水を切らせながら、微妙な楽のを漂わせて、悠々と動いて居りましたのも
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その書物の中の一つの挿絵を見ると、遥か彼方かなた一艘いっそうの船がある。大きさは駒井の鑑識を以てして百噸内外の帆船に過ぎないが、それが、彼方の沖合に碇泊している。
一艘いっそう沈んでしまいました、密猟船のことゆえに、船を沈めてそのままで立去りましたのが、今でもよく土地の者の問題になります、それを今度、高崎藩が引揚げに着手するといううわさを承りましたが
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
眼の前に、一艘いっそうの大きな黒船が来ている。
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)