“しょく”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
38.8%
13.4%
12.9%
12.1%
6.9%
3.4%
3.0%
2.6%
1.7%
0.9%
0.9%
0.9%
0.4%
0.4%
燭光0.4%
0.4%
0.4%
0.4%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
「そうだね、これは——」横瀬は、十の電灯の光の下に、小さい薬壜を、ふってみながら、いつまでも、後を云わなかった。
夜泣き鉄骨 (新字新仮名) / 海野十三(著)
諸葛孔明はの玄徳のために立たれるまでは、南陽というところで、みずから鋤鍬を取って百姓をしておいでになりましたのです。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
バナナを食うときはだれでもまずその外皮ぎ取り、その内部の肉、それはクリーム色をしたいのよい肉、をする。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
「先帝、崩ぜられんとして、不肖なる臣に、陛下を託され、また国事をし給う。何で、昨今の大事を知らずにいてよいものですか」
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二十五年間教育して退いた創作をうちこんで、千九百二十七になくなるまで、じつに二十著作した。
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)
この態度で彼は太陰太陽の週期の異なる理由、昼夜の長短の生ずる理由、月の盈虚、日月のの原因等に関する説明の可能なものを多数に列挙している。
ルクレチウスと科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
拙者には武力はありますが名はありませぬ。それゆえ、今日まで髀肉をもっておりましたが、若君のみさえおかしくださるならば、織田徳川鎧袖の一です。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分になんらの悪気はなかったものの、妻が自分にとつぐについては自分に多大みをしてきたことは承知していたのだ。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
そいつは、ちょっと見たところでは、とでってあるみたいだが、ほんとうはイオウとチャン(コールタールなどを精製したときのこるかっのかす)
「フーム。賭博を打つと蟹の塩茹をするのが習慣にでもなっておるのか……」
第十三子王とし、大同府に居き、第十四子王とし、藩に甘州府に就かしめ、第十五子を封じて王とし、広寧府に居き、第十六子王として寧夏に居き、第十七子王に封じ
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
拝むようにして頼み込んで車を格子先に停めて置き、二人は二階の八畳の間に上って、あの朱塗の八足台のや、頼春水の額や、蒔絵や、その棚の上の置時計等が
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
子、斉衰者を見るときは、れたりとも必ず(容を)変ず。……凶服者はす。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
大城下は、目の下に、町のは、柳にともれ、川に流るる。を下へ、谷の暗いように下りた。場末の五はまだ来ない。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこに濛々と渦巻く熱気と、石炭の粉の中に、臨時にした二百燭光の電球のカーボンだけが、赤い糸か何ぞのようにチラチラとしか見えていない。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
羿は弓の名手であり。は大船をゆり動かすほどの大力でありましたが、いずれも非業の最期をとげました。しかるに、とは自ら耕作に従事して、ついに天子の位にのぼりました。
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
黄金産出のことを記録してある最も古いものは『日本紀』であろうと思いますが、それによりますと、聖武天皇の天平二十一年の二月、百済の王敬福という者が、今の
「丞相、丞相。私が悪うございました。もし私をお斬りになることが、大義を正すことになるならば、は死すともお恨みはいたしません」
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)