野辺のべ)” の例文
旧字:野邊
空を横切るにじの糸、野辺のべ棚引たなびかすみの糸、つゆにかがやく蜘蛛くもの糸。切ろうとすれば、すぐ切れて、見ているうちはすぐれてうつくしい。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「夕されば野辺のべに鳴くてふかほ鳥の顔に見えつつ忘られなくに」などとも口にしていたが、ここにはだれも聞く人がいなかった。
源氏物語:31 真木柱 (新字新仮名) / 紫式部(著)
この第一楽章に示された高雅な雲雀の歌の美しさは、春の野辺のべうららかさを彷彿ほうふつさせるもので、今は亡きカペエの傑作レコードの一つである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
路傍みちばたにはもうふきとうなどが芽を出していました。あなたは歩きながら、山辺やまべ野辺のべも春のかすみ、小川はささやき、桃のつぼみゆるむ、という唱歌をうたって。
冬の花火 (新字新仮名) / 太宰治(著)
十二月廿五日のゆふべは来りぬ、寒風枯草を吹きて、暗き空に星光る様、そぞろに二千年前の猶大ユダヤ野辺のべしのばしむ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
かくて此ありさまをいふべき所へつげしらせ、次の日の夕ぐれくわん一ツにつまわらべををさめ、母のくわんと二ツ野辺のべおくりをなしけるになみだそゝがざるものはなかりけるとぞ。
打見うちみれば面目めんもくさはやかに、稍傲ややおごれる色有れどさかしくはあらず、しかも今陶々然として酒興を発し、春の日長の野辺のべ辿たどるらんやうに、西筋の横町をこの大路にきたらんとす。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ここは、どこの野辺のべともわからないが、いまわたってきた川のには、都田川みやこだがわというくいが立っていた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
形ばかりでも菩提寺ぼだいじというものがあって、親類縁者というものが集まって、野辺のべの送りというものを済ました後、霊魂の安住という祈念で納めた特定の場所ではないらしい。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
けふなん葉月はづき十四日の野辺のべにすだく虫の声きかんと、例のたはれたる友どちかたみにひきゐて、両国りょうごくの北よしはらの東、こいひさぐいおさきのほとり隅田のつつみむしろうちしき
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
今も松虫の声きけばやがてその折おもひいでられて物がなしきに、に飼ふ事はさらにも思ひ寄らず、おのづからの野辺のべ鳴弱なきよわりゆくなど、ただその人の別れのやうに思はるゝぞかし。
あきあはせ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
野辺のべではこのツボスミレが最も早く咲き、つたくさんに咲くので、そこで歌人の心をきつけたのであろう。ツボスミレはつぼ内庭なかにわのこと)スミレ、すなわち庭スミレの意である。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
泣くなく野辺のべの送りをすませた夜、三人の探偵は引き取らせ、一人の老僕と老婢だけを使うことにした。探偵達を見ると、つい亡き夫の事が思い出されて悲しみをそそったからである。
不毛荒蕪地ふまうくわうぶちに立つ夫婦生活は、お互ひに歩み寄つて、開墾する熱情もなかつたのか、はかなくも終りを見てしまつた。富岡は、邦子の野辺のべのおくりが済むと、いつそう身軽になつた気がした。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
博士 (朗読す)——紅蓮ぐれんの井戸堀、焦熱しょうねつの、地獄のかまぬりよしなやと、急がぬ道をいつのまに、越ゆる我身の死出の山、死出の田長たおさの田がりよし、野辺のべより先を見渡せば、過ぎし冬至とうじの冬枯の
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
万葉に、「天皇幸于吉野宮」とある天武天皇の吉野の離宮、———笠朝臣金村かさのあそみかなむらのいわゆる「三吉野乃多芸都河内之大宮所みよしぬのたぎつこうちのおおみやどころ」、三船山、人麿ひとまろの歌った秋津の野辺のべ等は、みなこの宮滝村の近くであると云う。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
うつくしきいてふ大樹おおきの夕づく日うするゝ野辺のべに君をはふりぬ
大塚楠緒子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
身はたとい武蔵の野辺のべに朽ちぬとも留めおかまし大和魂
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
あはれ、また、わが立つ野辺のべの草は皆色も干乾ひから
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
この野辺のべを人はかぎりなく通って行く
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
木立こだちを見れば沙門等しやもんら野辺のべおくりいとなみ
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
野辺のべのけしきは既に春
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
春歩いて楽しかった野辺のべを、秋になって春とは全く違った悲観的な気持になって歩く、というひどく暗い気持の歌だが、ガドスキーの出来は
かくて此ありさまをいふべき所へつげしらせ、次の日の夕ぐれくわん一ツにつまわらべををさめ、母のくわんと二ツ野辺のべおくりをなしけるになみだそゝがざるものはなかりけるとぞ。
すると、わずかな野辺のべの送り人にまもられて、一つのひつぎが、お堂へにないあげられて来た。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わが母上ここに引取り、やがて野辺のべのおくりをもなさしめ玉ひけり。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
若葉さす野辺のべの小松をひきつれてもとの岩根を祈る今日かな
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
かの野辺のべよ、信号柱シグナル断頭くびきりだいとかがやき
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
死んだらおれのしかばね野辺のべにすてて
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
山ぶきの咲きたる野辺のべのつぼすみれ
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
ツウルの野辺のべ雛罌粟コクリコ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
「寂しき野辺」(または、野の寂寥せきりょう)は野辺のべの静けさを歌ったブラームスらしい淋しい歌だ。日本ポリドールのカタログには見えないが、スレザークが絶品だ。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
ゆく秋つごもりの夕野辺のべのわかれおくれる。積信院へよする。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
たづぬるにはるけき野辺のべの露ならばうす紫やかごとならまし
源氏物語:30 藤袴 (新字新仮名) / 紫式部(著)
見る見る野辺のべに渦巻きて悶絶もんぜつすれば
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ゲルハルトはブラームスがうまいと言われているが、レコードでは『淋しき野辺のべ』(JD七五)以外あまり良いのがない。ゲルハルトが年を取ってから吹込んだのばかりだからだろう。
手に摘みていつしかも見ん紫の根に通ひける野辺のべの若草
源氏物語:05 若紫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
あはれ、また、野辺のべ番紅花さふらん
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
大方おほかたの秋の別れも悲しきに鳴くな添へそ野辺のべの松虫
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
狂念きやうねんのめくらむ野辺のべ
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)