酸鼻さんび)” の例文
実にこれ酸鼻さんびの極み、一九八五年に、初めてブウロオニュの森林公園ボアを散歩したパアナアルの石油自動車ヴォアチュレットもかくやと思うばかり。
半斎の弟子二人は、そこで、見てきたばかりの酸鼻さんびのさまを、まざまざと思い浮かべたらしく、気の毒そうに顔を見あわせた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
濛々もうもう淡黄色たんこうしよくを帯びた毒瓦斯が、霧のように渦を巻いて、路上一杯にってゆく。死屍累々ししるいるい酸鼻さんびきわめた街頭が、ボッと赤く照しだされた。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかも、あの皮肉な冷笑的な怪物は、法水を眼下に眺めているにもかかわらず、悠々ゆうゆうと一場の酸鼻さんび劇を演じ去ったのである。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
かみなりに家を焼かれてうりの花。そんな古人の句の酸鼻さんびが、胸に焦げつくほどわかるのだ。私は、人間の資格をさえ、剥奪はくだつされていたのである。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
およそ古今の革命かくめいには必ず非常の惨毒さんどくを流すの常にして、豊臣とよとみ氏の末路まつろのごとき人をして酸鼻さんびえざらしむるものあり。
その予想外に酸鼻さんびな場面と、鬱積うっせきする異臭にとつじょ直面したため、思わずみんな一個所にかたまって嘔吐おうとしたという。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
二人ふたりは、はた目には酸鼻さんびだとさえ思わせるような肉欲の腐敗の末遠く、互いに淫楽いんらくを互い互いから奪い合いながらずるずるとこわれこんで行くのだった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
が、死骸の重なりかさなつた池の前に立つて見ると、「酸鼻さんび」と云ふ言葉も感覚的に決して誇張でないことを発見した。殊に彼を動かしたのは十二三歳の子供の死骸だつた。
或阿呆の一生 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
世界はまだ終ってはいないのだ。世界はあの時もまた新しく始ろうとしていた。あの時……原子爆弾で破滅した、あの街は、銀色にくすぶる破片と赤くただれた死体で酸鼻さんびきわめていた。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
誰か凋落ちょうらくの秋にうては酸鼻さんびせざらん。人生酔うては歌い、醒めては泣く、就中なかんずく余は孤愁こしゅうきわまりなき、漂浪人の胸中に思い到るごとに堪えがたき哀れを感じて、無限の同情を捧ぐるのである。
かの地に住みし時この文を作らず、却つて今のいほりにうつりて之を書くは、わが悲悼の念のかしこにては余りに強かりければなり。思へば世には不思議なるほどに酸鼻さんびのこともあるものかな。
鬼心非鬼心:(実聞) (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
私は複雑な思いに胸をかき乱されつつ、酸鼻さんびを極むる原子野を徘徊はいかいした。
長崎の鐘 (新字新仮名) / 永井隆(著)
正に酸鼻さんびの極みである。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「やられましたな、常木先生、いやどうも大変な血汐で……」と源内は酸鼻さんびに顔をしかめながら、気味悪そうに、拾い歩きをして入ってきた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
酷烈酸鼻さんびをきわめた流血の歴史よりかも、すでにそれ以前行われていて、しかものあたり、遺骸の形状かたちにもそれとうなずかれる恐怖悲劇の方が
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
酸鼻さんび惨虐をきわめた屍体のかたわらに、パッカアが葡萄ぶどうを入れて売った紙袋と、葡萄の種と皮とが散乱していた。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
おどろおどろ神々の怒りの太鼓の音が聞えて、朝日の光とまるっきり違う何の光か、ねばっこい小豆あずき色の光が、樹々のこずえを血なま臭く染める。陰惨、酸鼻さんびの気配に近い。
犯人 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ようやく江を渡って、襄陽に入り、味方を顧みれば、何たる少数、何たる酸鼻さんび、さしもの関羽も悲涙なきを得なかった。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その体の状態は、いちいち重要な犯行とともにあとで説明するが、検屍の医師が正視に耐えないくらいじつに酸鼻さんびをきわめたもので、とうてい普通の神経機能所有者の所業しょぎょうとは思考されない。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
これは、ひょっとしたら、断頭台への一本道なのではあるまいか。こうして、じりじり進んでいって、いるうちに、いつとはなしに自滅する酸鼻さんびの谷なのではあるまいか。ああ、声あげて叫ぼうか。
八十八夜 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ただここに最も世人を歯ぎしりさせた一事は、この酸鼻さんびを起した当の張本人荒木村重が、ついに追捕ついぶの網にもれて逸早く逃げてしまったことである。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見れば、見るほど、酸鼻さんびの極である。
とくに西坂本、ひがし坂本では、主力と主力との激突がくりかえされ、すすんでは、洛内に近い所の部落戦、河原戦、畑合戦など、酸鼻さんびをきわめた。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
無情な天は、そこからあがる黒煙に、陽を潜め、月を隠し、ただ暗々あんあん瞑々めいめい、地上を酸鼻さんびにまかせているのみであった。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
またもその酸鼻さんび殺戮さつりくが、真昼中、太陽の下に演じられるかと、本国寺のなかは既に名状もできない混乱にちた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
恋の陶酔に他念のなかった新九郎と千浪が、辻堂の縁からまろび下りて、この酸鼻さんびな生ける葬式に邂逅かいこうしたのは。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると、この酸鼻さんびな戦場の地獄じごくへ、血をなめずる山犬のように、のそのそとウロついてくる人影がある。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いや、それよりも酸鼻さんびなのは、彼の刀にあたって、処々しょしょうめいたり、這ったりしている傷負ておいや死人だ。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
坑道内の傾斜を泥の濁流が一瀉いっしゃ千里にながれて行ったことだろう。さらに坑口あなぐちの一台地にいた軍勢も、投石や投木に打ちひしがれ、そこもほとんど全滅的な酸鼻さんびだった。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すでに自分の隊の人馬も行路の炎暑に渇していましめるいとまもなく泉に近づき、たちまち数十名の犠牲を出し、その苦悶と死状は酸鼻さんび見るにたえないものであると告げた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
酸鼻さんびをきわめた辺りの状は、なおそのままで、余りの生々しさに、からすも近づいてはいなかった。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それにしても、四百余人の集団死とは、あまりに酸鼻さんびもはなはだしい。あるいは、これも古典常套の誇張でないかとの疑問もおこるが、しかしこれには疑いえない史証もある。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
暗さは暗し、双方とも疑心暗鬼ぎしんあんきに襲われているところである。——当然、大衝突を起すと共に、かつての戦史にも見られない程な——酸鼻さんびな同士討ちを徹底的に演じてしまった。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三番大隊・四番大隊・五番大隊、どこを歩いても酸鼻さんびを極めていた。意気はなおさかんなものがあったが、一戦ごとに、一日何度となく、死屍しし負傷者は運ばれてくるし、病人はふえる。
日本名婦伝:谷干城夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その酸鼻さんびに、おもてをそむける様子もなく、孫兵衛の頭巾の上からもとどりをつかみ、胸をもって押しつけるような形をしていたかと思うと、ぶっすり、首を切り離して草の上へ置き
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
酸鼻さんびとも残忍ともいいようがない。敵とはいえ、物の数ではない少年ではないか。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
行く行く見れば、兵の死骸や黒焦くろこげの男女の死体もころがっている。あきらかにこれはいくさ酸鼻さんびであった。秦明は我を忘れて馬にムチをくれ、一気に州城の城門下まで飛ばして行った。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
口に平和を約さない指導者はなく、戦の酸鼻さんびを知らない士人もなく、始まればすぐ生命をおびやかされるを怖れない庶民はない。人間という人間ことごとくが平和をねがっていない者はないのだ。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とりではゆうべの酸鼻さんびな空気をおどませて、かがやきのない朝をむかえていた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何にしても、相互、おびただしい犠牲を出して、み戦った酸鼻さんびは分る。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかしこんな小合戦ですら、それは酸鼻さんびをきわめている。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
酸鼻さんびは、これだけにとどまらない。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ああ、酸鼻さんびな——」
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)