には)” の例文
『聞いたす。』と穏かに言つて、お八重の顔を打瞶うちまもつたが、何故か「東京」のことば一つだけで、胸がにはかに動悸がして来る様な気がした。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
あいちやんはいまこそげるにときだとおもつてにはかにし、つひにはつかれていきれ、いぬころの遠吠とほゞえまつたきこえなくなるまではしつゞけました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
姫はこれをも可笑をかしとて笑ひ給ふに、外の人々はにはかに色を正して、中にもかゝる味なき事を可笑しとするは何故ならんなどいふ人さへあり。われ。
その頃からにはかに異性といふものに目がさめはじめると同時に、同じやうな恋の対象がそれからそれへと心に映じて来たが、だらしのない父の放蕩はうたうむくいで
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
詩人は努力精進して別に深邃しんすゐなる詩の法門をくゞり、三眛の境地に脚をとゞめむとしてにはかにきびすをかへされた。吾人は「寂寥」篇一曲をいだいて詩人の遺教に泣くものである。
新しき声 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
云ひ/\てその美しき国の事にはかに恋しくやなりけむ、暫し目をぢて、レナウが歌とおぼゆるを口吟くちずさみ居たりき。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ふたゝりくかへる、それで——それが第一だいいち歩調ほてうすべてゞある』と海龜うみがめは、にはかにこゑおとしてひました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
蒼白あをじろい少年であつた私は、彼からその一節を読みきかされて、にはかに小さい心臓の痛みを感じた。私はその頃、周囲に女の子の遊び友達しかもつてゐなかつた。
町の踊り場 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
われは今更彼婦人に逢ひて何とかすべきと思ひぬれば、御返事もやあるとうながしに來し男を呼び入れて、詞短かにいひぬ。われはにはかに思ひ定むる事ありて、拿破里を去らんとす。
にはかにわが身かはりぬ、否さらずば
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
にはかに夜も昼もかぐはしい夢を見る人となつて旦暮あけくれ『若菜集』や『暮笛集』を懐にしては、程近い田畔たんぼの中にある小さい寺の、おほきい栗樹くりのきの下の墓地へ行つて
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
絶えず滑らかな英語で、間断なく饒舌しやべりつゞけてゐたのだが、軽井沢でおりてから、四辺あたりにはかに静かになつた客車のなかで、姉のまだ若い時分——私がその肌におぶさつてゐた頃から
町の踊り場 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
『はい!』とさけんだものゝあいちやんは、あまりに狼狽あはてたので自分じぶん此所こゝ少時しばらくあひだに、如何いかばかりおほきくなつたかとふことを全然すつかりわすれて、にはかにあがりさま、着物きものすそ裁判官さいばんくわんせきはら
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
にはかに姫はをののきて
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
日射ひざしが上からちぢまつて、段々下に落ちて行く。さつへやの中が暗くなつたと思ふと、モウ私の窓から日が遁げて、向合つた今井病院の窓が、にはかにキラ/\とする。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
私が驚いたことは、自動車の一隊が火葬場の入口へ入つたとき、何か得体の知れない音楽が、にはかに起つたことであつた。雅楽にしては陽気で、洋楽にしては怠屈なやうなものであつた。
町の踊り場 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
塵はにはかにしやうを得て
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
それを見た豊吉は、にはかに元気の好い声を出して、『死んだどウ、此乞食ア。』と言ひながら、一掴ひとつかみの草を採つて女の上に投げた。『草かけて埋めてやるべえ。』
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
何かよろこびさうなものをもつて行きたいと思ふと、ふら/\とにはかに思ひついたことなので、考へてゐるひまもなかつたところから、客から貰つたきり箪笥のけんどんや抽斗ひきだしの底に仕舞つておいた
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
にはかにまどを洩れ
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
九月の末、にはかに思ひ立ちて、吟心愁を蔵して一人北海に遊びぬ。みちすがら、下河原沼しもかはらぬまの暁風、野辺地のへぢの浦の汐風、浜茄子はまなすの香など、皆この古帽に沁みて名残をとゞめぬ。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
父と運送屋とで、にはかに荷造りが始まつた。
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
其男は、火光の射した窓の前まで来ると、にはかに足を留めた。女の影がまた瞬時しばらく窓掛に映つた。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
十月末の初雪の朝に、にはかに産氣づいて生み落したのがお雪である。
散文詩 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
鈍い歩調あしどりで二三十歩、俛首うなだれて歩いて居たが、四角よつかどを右に曲つて、振顧ふりかへつてもモウ社が見えない所に来ると、渠はにはかに顔を上げて、融けかかつたザクザクの雪を蹴散し乍ら、勢ひよく足を急がせて
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
と、お定は今の素振を、お八重が何と見たかと気がついて、心羞うらはづかしさと落胆がつかりした心地でお八重の顔を見ると、其美しい眼には涙が浮かんでゐた。それを見ると、お定の眼にもにはかに涙が湧いて来た。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
その多端なりし生活は今にはかに書き尽すべくもあらず。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)