這奴しゃつ)” の例文
……ああ、これも皆聴水が、悪事のむくいなりと思へば、他を恨みん由あらねど。這奴しゃつなかりせば今宵もかく、罠目わなめの恥辱はうけまじきに
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
で、そっと離れたところから突ッ込んで、横寄せに、そろりと寄せて、這奴しゃつが夢中で泳ぐ処を、すいときあげると、つるりと懸かった。
海の使者 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すべて尊氏のぼうだったのだ。じっくり見直してみなければならない。鎌倉在住のころも、這奴しゃつはただの“ぶらり駒”ではなかったのだ。
つたえ聞くところなら、這奴しゃつは一族の斯波しば家長なるものを、私に、奥州管領となし、ひそかに奥州へ下向せしめたと聞いておる。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて意地汚いじきたな野良犬のらいぬが来てめよう。這奴しゃつ四足よつあしめに瀬踏せぶみをさせて、いと成つて、其のあと取蒐とりかからう。くいものが、悪いかして。あぶらのない人間だ。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「さりとては憎き猫かな。這奴しゃつはいぬる日わが鳥を、盗み去りしことあれば、われまた意恨うらみなきにあらず。年頃なせし悪事の天罰、今報ひ来てかく成りしは、まことに気味よき事なりけり」
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
「さような感情からではありませぬ。去年、海道諸所の合戦では、二度まで這奴しゃつは寝返りをやっておる。およそ廉恥れんちを知らぬ男でしょうが」
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
風体ふう、恰好、役雑やくざなものに名まで似た、因果小僧とも言いそうな這奴しゃつ六蔵は、そのふなばたに腰を掛けた、が、舌打して
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
這奴しゃついまだ黄金丸が牙にかからず、なほこの辺を徘徊はいかいして、かかる悪事を働けるや。いで一突きに突止めんと、気はあせれども怎麼にせん、われは車にけられたれば、心のままに働けず。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
「宥覚か。這奴しゃつは、大塔ノ宮いらい、いつも山門の大衆をあげては後醍醐方へ走らせた張本人だ。見せしめに、斬ッてしまえ」
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
這奴しゃつ等が群り居た、土間の雨に、引挘ひきむしられたきぬあやを、驚破すわや、蹂躙ふみにじられた美しいひとかと見ると、帯ばかり、扱帯しごきばかり、花片はなびらばかり、葉ばかりぞ乱れたる。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「即座に放しつかわしました。素直に白状したら解いてやれと、あの場で、殿が這奴しゃつへ約束をお与えなされましたことゆえ」
這奴しゃつ四足よつあしめに瀬踏せぶみをさせて、いとなって、その後で取蒐とりかかろう。食ものが、悪いかして。脂のない人間だ。
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それ以来、足利といえば「——這奴しゃつか!」というほどなお口吻くちぶりにもなり、事は瑣末さまつだが、解けないしこりとなっていた。
ところへ、はるか虚空こくうから大鳶おほとび一羽いちわ、矢のやうにおろいて来て、すかりと大蛇おおへび引抓ひきつかんで飛ばうとすると、這奴しゃつ地所持じしょもち一廉いっかどのぬしと見えて、やゝ、其の手ははぬ。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「いやいや、よく仮病けびょうをかまえる男だ。這奴しゃつの不快とは、心の不快で、去年の出陣に、武者所がヤイヤイと催促したのを、恨みとしておるらしい」
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
従七位は、白痴ばかの毒気を避けるがごとく、しゃくを廻して、二つ三つ這奴しゃつの鼻のささを払いながら
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
思うに、這奴しゃつ蟄居ちっきょ入寺にゅうじなどと事々しく世にふれていたのからして、こちらに油断を噛ませる策であったのでしょう。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
武士さむらい這奴しゃつの帯の結目ゆいめつかんで引釣ひきつると、ひとしく、金剛杖こんごうづえ持添もちそへた鎧櫃よろいびつは、とてもの事に、たぬきが出て、棺桶かんおけを下げると言ふ、古槐ふるえんじゅの天辺へ掛け置いて、大井おおい、天竜、琵琶湖びわこも、瀬多せた
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「そうです。事ただならずと、師直も憂慮して、道誉の途中を待ち、這奴しゃつのこころをて帰らんと申してまいりました」
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「神職様。——塩で釣出せぬ馬蛤まてのかわりに、太い洋杖ステッキでかッぽじった、杖は夏帽の奴の持ものでしゅが、下手人は旅籠屋の番頭め、這奴しゃつ、女ばらへ、お歯向きに、金歯を見せて不埒ふらちを働く。」
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「心外でたまりません。かりにも主人が家来にこんな箇条をつきつけられ、しかも這奴しゃつの武力にここで屈するなどは」
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
這奴しゃつ窓硝子まどがらす小春日こはるび日向ひなたにしろじろと、光沢つやただよわして、怪しく光って、ト構えたていが、何事をか企謀たくらんでいそうで、その企謀たくらみの整うと同時に、驚破すわ事を、仕出来しでかしそうでならなかったのである。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「しまった。申しわけありません。……這奴しゃつらは、何かさとって、襲われる寸前に、彼方へ退がったものとみえます」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
這奴しゃつ横紙を破っても、縦に舟を漕ぐ事能わず、あまつさ櫓櫂ろかいもない。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「憎さも憎し、高氏の首を見ずにはおくまいぞ。這奴しゃつ一人さえ討ち取れば、赤松勢も怖れるに足らず、公卿大将の千種ちぐさなど、追わでも腰がくだけ去ろう」
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そちが加古川ノ宿で会った道誉は、さあらぬていに見えたろうが、なんぞ知らん、這奴しゃつは何もかも、とうに見ぬいているのじゃよ。——下手には進めぬ」
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
這奴しゃつ。おれの機嫌をとるつもりだったな。ふざけるな。小右京の件を、それで帳消しなどとは虫がよすぎる」
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「たしかな男だ。それに這奴しゃつは、神行法とやらいって、一日よく五百里(支那里)を飛ぶ迅足はやあしをもっておる」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そいつを呼んで来て、破邪はじゃの術を行わせているんですから、さしもわがお奉行の方術も、いちいち這奴しゃつ秘封ひふうで、そのこうを現わさなくなったものと思われまする
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
逆賊の性根しょうねは幾皮いても逆賊ときまったものだ。尊氏と義貞とは、朝家に誓いたてまつる根本の信念でも、またいかなる点でも、ともに天をいただかざる仇敵あだがたき這奴しゃつ
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それはそうだろう。この九州へ上がったものの、這奴しゃつらの運命は、自滅のほかはありえない」
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一たん、覚悟した自分を、死にたくないと、叫ばしておいて、這奴しゃつめ、どこへかくれたのか。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それが正成の魔力だわ。這奴しゃつは、わしの兵学をも盗みおった。目をさませ、大蔵」
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「待てッ。わしは逃げん! わしは逃げんからまず忍ノ大蔵をさきに引ッ捕えろ。這奴しゃつこそ曲者だ。六波羅を売ッて生きている犬だ。その大蔵めを逃がしては各〻の落度になろうぞ」
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「一大事だ、一大事だぞ! わが後ろをたれよう! いやそれのみか、よく見ろっ。あの中には、尊氏もおるであろう。這奴しゃつの乗船と見ゆる偽錦旗にせきんきを押し立てた大船も急ぎおるわ!」
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
這奴しゃつ、仮病であったらあわてるだろうな。そちではゴマ化しも相なるまいし」
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ひとくちに、婆娑羅ばさら婆娑羅とよくいうが、這奴しゃつはそれだけのものではない」
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それよ、その若夫婦を、祝うてくりょうと、華雲殿げうんでんに招いてやったこともある。……ところが這奴しゃつめ、大酒に食べ酔うて、田楽でんがくどもの烏天狗からすてんぐの姿を借り、この高時をしたたかな目にあわせおった。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
這奴しゃつらの虫のよさに、只今、一かつをくれていたところでござりまする
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おそらく這奴しゃつらは、六波羅の獄舎ひとやにおわす先帝(後醍醐)のおん身を
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そうあれかしと、てまえも祈って、いろいろ探らせましたところ、やはり、さにあらで、賊は野伏や土民兵らしく、また御旗は、這奴しゃつらのなかまの内に、先帝(後醍醐のこと)の五ノ宮(皇子)とかがおられるためととなえております由」
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)