老婢ろうひ)” の例文
家を出て女給にでもと相談をかけられたのを留めたのも老婢ろうひのまきであつたし、それかと言つて、家にゐて伯母夫婦の養女になり
蔦の門 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
それから半ば椅子を回して、両手を膝の上に置き、わけなく楽しげな親しい顔を老婢ろうひの方へあげた。火が下からその顔を照らしていた。
家には老婢ろうひが一人遠く離れた勝手に寝ているばかりなので人気ひとけのない家の内は古寺の如く障子ふすまや壁畳からく湿気が一際ひときわ鋭く鼻をつ。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一日わが孤立の姿、黙視し兼ねてか、ひとりの老婢ろうひ、わが肩に手を置き、へんな文句を教えて呉れた。曰く、見どころがあって、稽古けいこがきびしすぎ。
二十世紀旗手 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それからまた、血のしたたる汁気しるけのある不思議な物がこしらえられる料理場もあり、ばかげた恐ろしいはなしをしてくれる老婢ろうひもいた……。ついに晩となる。
僕の家の裏には大きななつめの木が五六本もあった。『坊っちゃん』に似ているって。あるいはそうかもしれんよ。『坊っちゃん』にお清という親切な老婢ろうひが出る。
僕の昔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ついて来た老婢ろうひが、なにかと告口つげぐちをするのに、私は何も言わないので母に大層折檻せっかんされたりした。
家の内にはおのれ老婢ろうひとのほかに、今客も在らざるに、女の泣く声、ののしる声の聞ゆるははなは謂無いはれなし、われあるひは夢むるにあらずやと疑ひつつ、貫一はまくらせるかしらもたげて耳を澄せり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
或時尋ねると、「昨日きのうは突然差押えを喰って茶呑茶碗ちゃのみぢゃわんまで押えられてしまった、」と眉山は一生忠実に仕えた老婢ろうひに向って、「オイ阿婆ばあや何処どっかで急須きゅうすと茶碗を借りてな、」
まもなく、目的の糸屋をみつけましたものでしたから、主人の没後あとあとのことを取りしきっている召し使いの老婢ろうひについて、右門は八方から聞かれるだけのことを聞きました。
そんなものはございません、とったが、少し考えてから、老婢ろうひ近処きんじょ知合しりあい大工だいくさんのところへって、うまいのり出して来た。滝割たきわり片木へぎで、杉のが佳い色にふくまれていた。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
おやしき内で見たという赤橋家の老婢ろうひの言をつかみ得たことだけでしかない。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一月ばかり後に、玄機は僮僕にいとまって、老婢ろうひ一人を使うことにした。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
丑女うしじょが死んだというしらせが来た。彼女は郷里の父の家に前後十五年近く勤めた老婢ろうひである。自分の高等学校在学中に初めて奉公に来て、当時から病弱であった母を助けて一家の庶務を処理した。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
六畳の方はちゃに当てたのである、転居した当時は、私の弟と老婢ろうひとの三人であったが、間もなく、書生が三人ばかり来て、大分にぎやかにった、家の内は、ずこんな風だが、庭はぜん云った様に
怪物屋敷 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
わしが老婢ろうひお豊と妙な問答をした場所だ。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
老婢ろうひは表へ飛出す目標を失つて、しよんぼり見えた。用もなく、くりやの涼しい板の間にぺたんとすわつてゐるときでも急に顔をしわ
蔦の門 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
激しくきこんだ。老婢ろうひのザロメが駆けつけてきた。彼女は老人が死にかけてるのかと思った。彼はなお続けて、涙を流しきこみ、そしてくり返していた。
はげしく物思ひてねざりし夜の明方近く疲睡を催せし貫一は、新緑の雨に暗き七時のねやおそはるる夢の苦くしきりうめきしを、老婢ろうひよばれて、覚めたりと知りつつうつつならず又睡りけるを
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
小女が老婢ろうひの後で言つた。皆、水面に集まつてゐた眼をあげた。古いきびらを着た宗右衛門が母屋おもやへ通ふ庭の小径こみちをゆつくりと歩いて来る。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
表門のとびらの音が凍った空気中に響いた。家のかぎをもってる老婢ろうひが、最後の御用を勤めに来たのだった。
善くをさむれども、内には事足る老婢ろうひつかひて、わづかに自炊ならざる男世帯をとこせたいを張りて、なほもおごらず、楽まず、心は昔日きのふの手代にして、趣は失意の書生の如く依然たる変物へんぶつの名を失はでゐたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
自然や草木に対してわり合ひに無関心の老婢ろうひのまきまでが美事な蔦に感心した。晴れてまだ晩春のろうたさが残つてゐる初夏の或る日のことである。
蔦の門 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
一人の老婢ろうひにすべての世話をさしていたが、老婦は彼の不健康につけこんで、勝手なことばかり彼にいていた。ほとんど同年輩の二、三の友が、時々訪ねてきてくれた。
雛妓しゃくのかの子であることがぐ思い出された。わたくしは起き上って、急いで玄関へ下りてみた。お雛妓のかの子は、わたくしを見ると老婢ろうひ
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
寒い空気は身にむほどだった。町にはまだだれも起きていなかった。どの雨戸もまっていて、街路はひっそりしていた。彼らは黙っていた。老婢ろうひだけが口をきいていた。
雛妓は、それから長袖ながそでを帯の前に挟み、老婢ろうひに手伝って金盥かなだらいの水や手拭てぬぐいを運んで来て、二階の架け出しの縁側で逸作と息子が顔を洗う間をまめまめしく世話を焼いた。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ミンナは、母の子供のおりから家で働いている老婢ろうひフリーダの献身的な卑しい生涯が、いかにあわれなものであるか、突然気がついた。そして彼女のところへ駆けて行って首に抱きついた。
老婢ろうひが出て来て桟の多い硝子戸ガラスどを開けた。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)