羞恥はにか)” の例文
山浦環は、又の名を内蔵助くらのすけともった。まだ二十歳はたちぐらいで、固くかしこまって坐った。黒いひとみには、どこかに稚気ちき羞恥はにかみを持っていた。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この質問は妻木君をギックリさせたらしく心持ち羞恥はにかんだ表情をしたが、やがて口籠くちごもりながら弁解をするように云った。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
先きの「新実在論」の或るものやまた「実在的観念論」(Real-Idealismus)が之であって、之は云わば羞恥はにかめる観念論と呼ばれるべきだろう。
辞典 (新字新仮名) / 戸坂潤(著)
真事は少し羞恥はにかんでいた。しばらくしてから、彼はぽつりぽつり句切くぎりを置くような重い口調くちょうで答えた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
取出でていうほどの奇はないが、二葉亭の一生を貫徹した潔癖、俗にいう気難きむずかし屋の気象と天才はだの「シャイ」、俗にいう羞恥はにかみ屋の面影おもかげ児供こどもの時からほの見えておる。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
彼は羞恥はにかみながら三十歳位の眼の美しいモスコーを納得させようと再三メッセンヂャアボーイを煩わしている間に、遂々ベルが鳴って終りということになってしまいました。
耳香水 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
頭の禿げ上った乳っぽい赤らづらの、眼の柔和な、農民風の五十男の露助ろすけが、何か羞恥はにかんだような驚きと親しさを見せながら、立ちあがると私たちへ笑いかけた。ペチカの前にでもかがんでいたのらしい。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
胸につまるいっぱいの涙と羞恥はにかましさに樹蔭へかくれてしまうのである。侍女こしもとはそれを歯がゆがるように、自分だけ走り出して
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
眼の前にしおらしく伏し眼になって羞恥はにかんでいる美少女の姿とは、どう考えても一緒にならないのであった。
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかし千代子に意があるから羞恥はにかんだのだと取った母は、全くの反対を事実と認めたと同じ事である。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
知らない顔の他人の中へ突き出されて、持前もちまえ羞恥はにかみ屋から小さくなったのでもあろうが、一つは今なら中学程度に当る東京の私塾の書生となったので、俄に豪くなって大人おとなびたのでもあろう。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
藤吉郎のおもてがひどく赤くなる。信長は、これで気がすんだらしい。——彼が羞恥はにかんで困るのをさっきから見たかったのである。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで代助は、あの大人おとなしさは、羞恥はにか性質せいしつ大人おとなしさだから、ミスの教育とは独立に、日本の男女の社交的関係から来たものだらうと説明した。ちゝはそれもうだと云つた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
処女でなければあんな風に軽い単純な吃驚びっくりし方をするものでない。そうして、あんな風に羞恥はにかんでおずおずと出て行くものでない。とにかく今日は妙な日だ。よく美しい女だの少年だのに会う日だ。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
つつましく燭を羞恥はにかんでいる姫のひとみさえ、深い睫毛まつげの蔭からまばゆいものでも見るように範宴の横顔を見たようであった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
姿恰好すがたかっこうは継子にまさっていても、服装なり顔形かおかたちで是非ひけを取らなければならなかった彼女は、いつまでも子供らしく羞恥はにかんでいるような、またどこまでも気苦労のなさそうに初々ういういしく出来上った
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
顔を真赤にして羞恥はにかんでいる西村さんと、キャアキャア笑っているハイカラ美人さんが、呆気あっけに取られている片輪たちの前で、赤い盃を遣ったり取ったり、押し戴いたりしていたが、間もなくほかの連中も
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
けれど今、従者の一色右馬介にゆり起されて、無言でニッと見せた羞恥はにかみ笑いや、大どかな風貌の魅力さといったらない。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
本能は、母を慕い、感情は、反抗とにくみをこめて、ねめつけて来るかの女の子だった。けれど、清盛のそのは、とたんに、羞恥はにかみと変じ出した。
虎之助は、黙ってうなずいたが、座中の人々の眼がみな自分にそそがれているのを気づくと、急に、羞恥はにかんで、もじもじした。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
些細ささいかくしごとが、つい大きな暗い陰を作る。話してしまえ……間のわるいのは一瞬ひとときだし、友達の間に、なんの羞恥はにかむことがあるものではない」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いや、そう、そんなに、礼をいわれては」と、生信房は恐縮して、年景のあまりに大きな感激に対して、彼はかえって羞恥はにかましげな顔さえした。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「なんのなんの、世間へはばかることも、羞恥はにかむことも少しもない。光圀もことし六十五、雪乃も六十路むそじにちかい年。よも、今さらあだし浮名は立つまい」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お喜代は、世話になった家の娘でもあり、また、お菊ちゃんの気位には、何となく、頭の上がらない気がして、羞恥はにかんだ。斧四郎は、屋形船の中で
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「去年から仔細しさいあって、わしの手に引き取っておるが、これがまた、一通りなわっぱではない。……ここでは、きつう羞恥はにかんで、神妙に畏まっておるが」
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
悦之進は途方にくれるほど、ただ羞恥はにかんでしまっている。もう三十近いが、その容子ようすは童貞の潔白を証明している。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして五十以上の人とは見えないような羞恥はにかみを示して、困ったように、あたりの描き反古ほごまでかくしてしまった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
藤吉郎がいうと、市松は羞恥はにかんで、眼ばかりぎょろぎょろさせていた。小姓組の腕白を十人ばかり預かって、兄分格となっている堀尾茂助が、小声で
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分の未熟さを、ここにも見出して、彼は大人の前に小さく羞恥はにかんでしまう一箇の未成年者でしかなかった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が——そういう時には、女にはモジモジしているという受身の姿態しなが助けます。お蝶もそこで、娘らしい羞恥はにかみを作って、男の言い出す声を待つばかりでした。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朱実が、顔を外向そむけているのもかまわず、若い男の羞恥はにかみと、一方のねたみとを、意識していうことだった。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今だって、側の者が、下痢だといったのを、まるで、処女のように、あかくなって、羞恥はにかむのである。
べんがら炬燵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
曙染あけぼのぞめの小袖に、細身の大小をさし、髪はたぶさい、前髪にはむらさきの布をかけ、更にその上へ青い藺笠いがさかぶって顔をつつみ、丁字屋の湯女ゆなたちにも羞恥はにかましそうに
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれどこの少年ものちには黒田長政となったである。父官兵衛に伴われて、安土の群臣の前に出ても、また信長に目見得めみえしても、決して卑屈に羞恥はにかんでばかりいなかった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
羞恥はにかみは、健康な時よりも、病んでいる場合のほうが、生理的にも、強いものかもしれない。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『おかしな子よの……』と、母の泰子やすこは、もじもじしている清盛を笑った——『なにを、羞恥はにかましゅうしていやる。わが身は、そなたの母ではないか。もそッと、寄って来たがよい』
常ならば、笛など聞かしてあげようといえば、吹かない先から、茶化すに極まっている沢庵が、聴き耳澄まして、じっと眼をつむっているのでお通は、却って、羞恥はにかんでしまって——
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二人のそういう平和な様子を見さだめて、武蔵ははじめて安心を得たらしく、一歩一歩、近づいて来たが、今度は何か肩身のせまいような羞恥はにかみにとらわれて佇立たたずんでいるのであった。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
忠左衛門と助右衛門は、そう云ってくれる民衆に対して、唯、ニヤニヤと笑顔をむくいているだけだった。時々、羞恥はにかましそうに、顔を横にそらし、邸内からの返事を待ってたたずんでいた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「さあ?」と、店の者たちは、羞恥はにかみ笑いを見合して——「何しろ、余りご縹緻きりょうがよいので、それにばかり、気をられておりましたんで……へい、正直、左様なわけで、ついどうも……」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
侍女や家臣たちは、紙燭をよせて、近々とそれをのぞき合った。まだ土ふかく秘められていた植物の淡い春の青さが、人の目に見られるのを羞恥はにかむような形して、薄紅梅の腰衣こしぎぬにくるまれていた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いやに羞恥はにかんだり、取り澄ましたり——ありがちな女性の媚態びたいがない。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
体つきでは、十六、七の小娘としか見えないし、まだ男の唇によごされていない唇と、鹿みたいに羞恥はにかみがちな眸をもっているくせに、いったい、この女のどこへ、酒が入ってしまうのだろうか。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
男はうしろ向きに——羞恥はにかんでいるのか、うつ向いて爪を噛んでいる。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
羞恥はにかましくて、それと寧子の両親に会うと、改まって、用事でもないと、こちらの肚を見透みすかされそうなので、ただ、彼女の家の門を、行きずりの人の如く装って、行ったり来たりしてみるだけで
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「たいへんな羞恥はにかしょうです。なにしろめったに人に接しませんから」
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
十六、七の愛くるしい娘が、羞恥はにかましそうに三つ指をつかえた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふたりは、思いがけない面目に、羞恥はにかむように身を固くした。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小猫のような眼は、急に羞恥はにかんでしまった。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宋江は間に立って、やや羞恥はにかましげに
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)