紛々ふんぷん)” の例文
群衆の感情が沸き立って女の頭のことを言い、足のことを言い、それは紛々ふんぷんとして狂人のようであったが、孫は独り考えこんでいた。
阿宝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そしてその怪火の原因は放火と言い失火と称され、諸説紛々ふんぷんとして爾来じらい二十八年を過ぐる今日に至るまでなお帰一するところを知らぬ。
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
詩にて申候えば『古今集』時代はそう時代にもたぐえ申すべく俗気紛々ふんぷんと致しおり候ところはとても唐詩とうしとくらぶべくも無之候えども
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
衆口紛々ふんぷんである。一人も歓迎はしていない。智清禅師は、ほとほと困った。——すると、都寺つうす(僧職)が、うまい一案を提出した。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
要するに臆説おくせつ紛々ふんぷんとしていずれが真相やら判定し難いがここに全然意外な方面に疑いをかけようとする有力な一説があって曰く
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
妖気ようき紛々ふんぷんたる割に、身体に活々した弾力のあるところを見ると幽霊というよりは、狐狸こりの仕業という類いかもわかりません。
雪は紛々ふんぷんとして勝手口から吹き込む。人達の下駄の歯についた雪の塊がなかば解けて、土間の上は早くも泥濘どろになって居た。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
日常世事紛々ふんぷん、百苦千患の間にありながら、無限の快楽を心頭に浮かぶることを得たるは、誠に望外の大幸であります。
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
答 我らの生命に関しては諸説紛々ふんぷんとして信ずべからず。幸いに我らの間にも基督教キリストきょう、仏教、モハメット教、拝火教はいかきょう等の諸宗あることを忘るるなかれ。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ずっと新見附のあたりまで爛漫らんまんと咲きつらなり、お濠の水の上に紛々ふんぷんたる花ふぶきを散らしなどして、ちょっとした花見も出来そうな所だったのに、惜しいことだと思う。
早稲田神楽坂 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
遠くから見たときは異臭紛々ふんぷんたる感じがする臓腑館のように見えたものが、こうやって間近に寄って眺めると、どういうわけか非常に落着いた優雅な調子のものに見えるのだった。
千早館の迷路 (新字新仮名) / 海野十三(著)
詩人歌うて曰く「落花紛々ふんぷん、雪紛々、雪を踏み花をって伏兵おこる。白昼に斬取す大臣の頭、噫嘻ああ時事知るべきのみ。落花紛々、雪紛々、あるいは恐る、天下の多事ここにきざすを」
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
テダの語原には紛々ふんぷんの諸説があるが、私は照るものの義と解して疑わない。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
世論は紛々ふんぷんとして、是非いずれにか結着をつけさせないではおかない勢いであった。婦人雑誌は争ってその論説を掲げた。高級雑誌でも、社会風教、道徳思潮について、しかるべき人の説を載せた。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
この声とこの顔ばかりは、かの紛々ふんぷんもつれ合う群衆の上に高く傑出して、その瞬間には浴場全体がこの男一人になったと思わるるほどである。超人だ。ニーチェのいわゆる超人だ。魔中の大王だ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
紛々ふんぷんたる万事は破竹のごとくなるべしなどと広言しつ。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
諸説は紛々ふんぷんとして、前途のほども測りがたかった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ところがひるも過ぎ、日は暮れても、ついに孔明は来なかった。紛々ふんぷんたる怨みや、非難の声を放って、百官はみな薄暮に帰り去った。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お組と掴み合ひの喧嘩をした後の紛々ふんぷんたる忿怒ふんぬは、全く雷鳴以上の怖ろしいものがあつたに違ひありません。
いはんや方今の青年子女、レツテルの英語は解すれども、四書の素読そどく覚束おぼつかなく、トルストイの名は耳に熟すれども、李青蓮りせいれんの号は眼にうときもの、紛々ふんぷんとして数へ難し。
浅草観音堂としいちを描くに雪を以てし、六花りっか紛々ふんぷんたる空に白皚々はくがいがいたる堂宇の屋根を屹立きつりつせしめ
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
和歌のやさしみ言い古し聞き古して紛々ふんぷんたる臭気はその腐敗の極に達せり。
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
ただ彗星に至っては、西洋にも今もって俗説紛々ふんぷんたるありさまである。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
世を弄ぶつもりの彼や純友一味のともがらも、結局は、時代の風に、片々へんぺんの影を描いては消え去る落葉の紛々ふんぷんと、何ら異なるものではなかった。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
八五郎は牛込からこの吉報を持って、一気に駆けて来たのでしょう、まだ紛々ふんぷんとしております。
門をくぐると砂利じやりが敷いてあつて、その又砂利の上には庭樹の落葉が紛々ふんぷんとして乱れてゐる。
漱石山房の秋 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
和歌のやさしみ言ひ古し聞き古して紛々ふんぷんたる臭気はその腐敗の極に達せり。
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
道聴塗説どうちょうとせつ紛々ふんぷんには動かされまいと、みな自若じじゃくと構えてはおりましたものの、怖ろしいものは、妄を信じる世間の心理です。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
門をくぐると砂利じやりが敷いてあつて、その又砂利の上には庭樹の落葉が紛々ふんぷんとして乱れてゐる。
東京小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
譬喩ひゆと諷刺が紛々ふんぷんとして匂う癖に、どなたも口を揃えて、——私の話には譬喩も諷刺も無いとおっしゃる——それは一応賢いお言葉のようではありますが、はなはだ卑怯なように思われてなりません。
紛々ふんぷんをかもし、スガ目の忠盛にあきたらぬこと年久しく——しかもなお虚栄に富んで女の晩春に恋々れんれんたる彼の母は、四人の子をのこして他家へ去る。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
願くば一生後生こうせいを云はず、紛々ふんぷんたる文壇の張三李四ちやうさんりしと、トルストイを談じ、西鶴さいかくを論じ、或は又甲主義乙傾向の是非曲直を喋々てふてふして、遊戯三昧ざんまいきやうに安んぜんかな。(五月二十六日)
三輪の萬七は紛々ふんぷんとして、その忿怒のやり場に困つてゐる樣子です。
「一族の諸将は、このさい、まげても、大御所(尊氏)の御出馬を仰がずにはと、軍議紛々ふんぷんではございましたなれど」
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だから今まで紛々ふんぷんと乱れ飛んでいた矢の雨も、見る見る数が少くなって来た。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
お秀の怒りは紛々ふんぷんとして容易に納まりさうもありません。
帷幕いばくの異論や、行動に迷って、紛々ふんぷんたる声にとりまかれて困惑している主君の顔が——藤吉郎には、こうしている間も眼に見える気がするくらいだった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紛々ふんぷんたる毀誉褒貶きよはうへん庸愚ようぐの才が自讃の如きも、一犬の虚に吠ゆる処、万犬また実を伝へて、かならずしもピロンが所謂いはゆる、前人未発の業とべからず。寿陵余子じゆりようよし生れてこの季世にあり。ピロンたるもまた難いかな。
お秀の怒りは紛々ふんぷんとして容易に納まりそうもありません。
「狐狸の仕業であろう?」「いや黒鍬の者の悪戯わるさではないか」などという取沙汰はまだしもの方で、そのうちに誰が言い出したことか、紛々ふんぷんたる臆説おくせつを排して
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紛々ふんぷんとして歸つて行くのを店まで送つた八五郎は
これはいわゆる「話せる男」で、たちまち官兵衛と意気相照らし、紛々ふんぷんたる藩中の異論をしのけて、主人直家に織田随身の決意をなさしめてしまったのである。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
尊氏が、無断、都を発したあと朝議紛々ふんぷんの結果ではあろうが、追っかけに、彼が矢矧やはぎについた日の頃
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
現皇帝の哲宗が崩御みまかられた。しかるに、じつの皇太子がおわさぬまま、文武百官の廟議びょうぎ紛々ふんぷんをかさねたすえ、ついに端王を冊立さくりつして、天子と仰ぐことにきまった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
事件直後の紛々ふんぷんとして一決しない評議の席でも、吉良上野介の役目上の非行に対して、又、即日切腹というような、片手落な老中たちの議決に対して、おもてを犯して
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
吉岡家の家人、縁者、古参を中心として、一かたまりになりきれない程なあたま数が、幾組にもわかれて、ひたいをよせ集め、何か、異論と主張と、評議紛々ふんぷんたるものがあった。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この辺にまで、都の噂がつたわって、楠木殿のお妹に、情夫みそかおができ、仕えていた西華門院を逃げ出したとか、その男が、ただならぬ御詮議人ごせんぎにんだとか、領下の咡きも、紛々ふんぷんだった。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
新たに、彼へ大任がくだったと、早くも知れ渡って、家中の取り沙汰は、紛々ふんぷんやかましい。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
尊氏の行方、直義ただよしの生死、それすらも諸説紛々ふんぷんで、かいもく、一時はわからなかった。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
折ふし、十月の空は灰いろに閉じて、鵞毛がもうのような雪が紛々ふんぷんと天地に舞っていた。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)