月並つきなみ)” の例文
旧字:月竝
いずくんぞ知らんこの種の句は月並つきなみ家者流において陳腐を極めたるものなるを。恥をかざらんと欲する者は月並調も少しは見るべし。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
待れけるに今日は月並つきなみの評定日なれば士農工商しのうこうしやう儒者じゆしや醫師いし或は順禮じゆんれい古手買ふるてかひ追々に罷り出控へ居ける中役人がた家々のぢやう紋付たる筥挑灯はこぢやうちん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
淀嶋新吉は滞在邦人の中でも追放人エキスパトリエの方である。だが自分でそう呼ぶことすらもう月並つきなみの嫌味を感じるくらい巴里の水になずんでしまった。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
かいしてすませるのは月並つきなみであって、そんな職業ができたのはずっとのちの話、最初凡人ぼんじん大衆の群を面白がらせ、是を何でもかでも土地のものとして
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
すこし月並つきなみになるが、子供のときに遊んだことのある森や流れや、そういう昔なじみの風景に接すると、さすがの僕も多少の思い出がないでもない。
こま犬 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「何だかハイカラの首実検のようですな。しかしそんなところが苦沙弥君の苦沙弥君たるところで——とにかく月並つきなみでない」とせつないめ方をする。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
などと、暴君の月並つきなみおどしぐらいで、片づけるわけにはゆかない。また、片づけられて退がる谷忠兵衛でもない。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これよりき四年十月朔に、抽斎は月並つきなみ出仕しゅっし仰附おおせつけられ、五年二月二十八日に、御番ごばん見習みならい表医者おもていしゃ仰附けられ、即日見習の席に着き、三月朔に本番にった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
編輯を續けること四五ヶ月、漸く雜誌の基礎も定まる樣になると月並つきなみで煩雜なその仕事がイヤになり、それをば他の友人に讓つておいて所謂いはゆる「放浪の旅」に出た。
いな! 科学小説は今日の時代に必然的に存在の理由を持っている。それにもかかわらず科学小説時代が来ないのはどうしたわけであろうか。その答はきわめて月並つきなみである。
『地球盗難』の作者の言葉 (新字新仮名) / 海野十三(著)
なんといふ、思はせぶりたつぷりの、月並つきなみな駄句であらう。いやみつたらしくて、ぞくぞくするわい。
津軽 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
というものでありますが、季重なりはいけないと一概に排斥する月並つきなみ宗匠輩の言葉はとるに足りませぬ。季重なりはむしろ大概な場合さしつかえないのであります。
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
私がキングスカレッジの実験室で感得したその原則というのは、いわば極めて月並つきなみなことであった。
実験室の記憶 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
しかし、この愛情たるや、月並つきなみな、本能的な、紋切型もんきりがたのようなもんじゃない。意志が働いている。理性に導かれている。いわば論理的なものだ。そうだ、論理的、僕の捜していた言葉はこれだ
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
さうすれば、私は至極しごく月並つきなみに、「書きたいから書く」と云ふ答をします。之は決して謙遜けんそんでも、駄法螺だぼらでもありません。現に今私が書いてゐる小説でも、正に判然と書きたいから書いてゐます。
それからきつづいて敦子あつこさまは、こちらの世界せかい目覚めざめてからの一伍一什いちぶしじゅうわたくし物語ものがたってくれましたが、それは私達わたくしたちのような、月並つきなみ婦女おんなとうったみちとはたいへんにおもむきちがいまして、随分ずいぶん苦労くろうおお
さすがの藤木さんもテレて、その頃の月並つきなみな警句をいった。
陸は今の杵屋勝久きねやかつひささんである。嘉永元年十二月二十八日には、長男恒善つねよしが二十三歳で月並つきなみ出仕を命ぜられた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
艇長の遺書と前後して新聞紙上にあらはれた広瀬中佐の詩が、この遺書に比してはなは月並つきなみなのは前者の記憶のまだ鮮かなる吾人ごじんの脳裏に一種痛ましい対照をいんした。
艇長の遺書と中佐の詩 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
後世の月並つきなみ宗匠あたりがこの挨拶という意味を尊重しすぎて、俗悪な句を作って、それで挨拶の意味を伝え得たというだけで満足している者が生ずるようになった。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
なまなか光り物を抜いたり月並つきなみ凄文句すごもんくをならべないだけに、かえって底気味の悪いことは、倍で、さすが気の強い当世のはすらしい紫頭巾の娘も、糸の切れたあやつりのように
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それすら一、二句を得れば即ち思想涸渇こかつしてまた一字を吐く能はず。あるいは奉納の行燈あんどんに立ち寄りて俗句に感ぜし事もあり、あるいは月並つきなみの巻を見て宗匠輩の選評を信仰せし事もあり。
俳句の初歩 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
いわば月並つきなみの衣類なり所持品です。それがうまくこうを奏して隅田すみだ氏の妹と間違えられたのです。顔面のもろくだけたのは、神も夫人の心根こころねあわれみ給いてのことでしょう。僕は復讐を誓いました。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
至って月並つきなみな言葉使いではあるが、俳諧には時代の生活が現われている。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
不折ふせつの門人だが、金沢へ来てから、日本画特に南画なんがに趣味をもって、筆致ひっちの雄はなくも、軽快な色と頭とで、十分好きになれる絵を描いていた。油絵の方は月並つきなみだったが、こっちの方はよかった。
九谷焼 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
しかし私たちの子供のときには、こういう絵のような風情はめずらしくなかった。絵としてはもちろん月並つきなみの画題でもあろうが、さて実際にそういう風情をみせられると、決して悪くは感じない。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
允成ただしげは寧親の侍医で、津軽藩邸に催される月並つきなみ講釈の教官を兼ね、経学けいがくと医学とを藩の子弟に授けていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
この切字という事について、やかましい事をいう月並つきなみ俳人もあるが、別にやかましくいう必要はない。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
迷亭のいわゆる月並つきなみとはこれであろうか。玄関を右に見て、植込の中を通り抜けて、勝手口へ廻る。さすがに勝手は広い、苦沙弥先生の台所の十倍はたしかにある。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この坂下の吉水よしみずに、ちかごろ、年四十ばかりの、ひょんな法師があらわれて、念仏専修の教義をしきりと説いておるが、凡僧の月並つきなみとちがって、たまたま、よいことばがある。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「も」の字は元来理屈的の言葉にて俳句などにては「も」の字の有無をもって月並つきなみ的俗句なるか否かを判ずることさえあるくらいに候えども、さりとて「も」の字ことごとく理屈なるにも無之これなく候。
あきまろに答ふ (新字新仮名) / 正岡子規(著)
探険中は、ほかの事に気を奪われて部屋の装飾、ふすま障子しょうじの具合などには眼も留らなかったが、わが住居すまいの下等なるを感ずると同時にのいわゆる月並つきなみが恋しくなる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「おれ達は、この小仏を帳場にしている悪玉ぞろいの人足だ、それに見込みをつけられた以上、どう騒いだところで追ッつかねえんだから、月並つきなみ金切かなきり声をあげねえで往生しちまえッ」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
月並つきなみに形容すれば、藪鶯やぶうぐいすの音といったような、愛らしい女の声です。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あさっては、月並つきなみ汁講しるこうの日になるの」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)