昏睡こんすい)” の例文
少女のような声はただそれきりで杜切とぎれた。それから昏睡こんすい状態とうめき声がつづいた。もう何を云いかけても妻は応えないのであった。
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)
そのとき殆ど昏睡こんすい状態の人の手が反射神経で畳の上の錐をふらふら拾い取り手当り次第に、膝を組んでいる脚の部分に突き立てる。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
早く云うと、帆村君は、紅子を昏睡こんすい状態に陥し入れ、その側へ、猿轡さるぐつわをした鬼川を連れて来、紅子を通じて、鬼川の秘密を探らせたのです
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
おりから貞世はすやすやと昏睡こんすいに陥っていたので、葉子はそっと自分のそでを捕えている貞世の手をほどいて、倉地のあとから病室を出た。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
お神はそう言って涙をいたが、昏睡こんすい中熱に浮かされた銀子は、しばしばのろいの譫言うわごとを口走り、春次や福太郎がそばではらはらするような
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
たいていあの荒療治を一度受けると、数時間は昏睡こんすいし、覚醒かくせいした後も記憶がはっきりしなくなるが、甚五はそうでなかった。
凡人凡語 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
ほかの連中がベルトから出た書類を地下室へ持って行って撮影している間、アイヒレルは寝台の上に昏睡こんすい状態にあるメリコフを張番していた。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
太陽が沈んで、私たちが涼みに出る時分になると、彼女らは、昏睡こんすい状態のまま一方のつめの先でぶら下がっていた古いはりからがれ落ちて来る。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
生気がまったくなくなっていたのではなかった。そして彼女は愛人の抱擁によって、死とまちがえられた昏睡こんすい状態から呼び覚まされたのである。
明くる日になっても大助は昏睡こんすい状態で、吐くもののなくなった嘔吐の発作と、水のような下痢が止らず、高雄の眼にも望みはないように見えた。
つばくろ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
話はとうとう愚図愚図ぐずぐずになってしまった。そのうちに昏睡こんすいが来た。例の通り何も知らない母は、それをただの眠りと思い違えてかえって喜んだ。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼らは、かかる守唄もりうたに揺られながら目を開いたまま眠っていた。理想によって圧倒されたる現実の光輝ある昏睡こんすいであった。
が、丁度その時に、瑠璃子は長い昏睡こんすいから覚めていた。美奈子の顔を見ると、彼女はなつかしげな眸で物を云いたそうにした。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
海鳴りと松かぜに暮れてゆく障子のうちに、朱実あけみはうつらうつら昏睡こんすいしていた。枕を当てがわれると急に発熱して、頻りとそれからは囈言うわごとをいう。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あの昏睡こんすいのときの、おぼろげな記憶がよみがえって来た。あのとき私は、この人に、しっかり抱かれていた。うなずいて、つと青年の胸から離れた。
火の鳥 (新字新仮名) / 太宰治(著)
とその声が、一度不思議に婀娜あだッぽくきこえた。何となく正気でいったように思ったが、看護婦に聞くと注射をしたんだそうで、あとは昏睡こんすいですと。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しばらくすると、彼は、まともな噂話うわさばなしの仲間入りができるようになったし、昏睡こんすいしているあいだに起きた、変ったできごとがのみこめるようにもなった。
彼はもう昏睡こんすい状態に落ちかけた。熱病的な戦慄はだんだん収まっていった。とふいに何かしら毛布の下で、手や足をかけ回るものがあった。彼はぴくっとした。
するとまたその翌日、七月二十七日に、やはり前回と同じ時刻に同じような症状が始まり、嘔吐ばかりでなく下痢をも伴い、患者は苦痛のあまり昏睡こんすいに陥りました。
愚人の毒 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
既に昏睡こんすいです。瞳孔反応なし。今朝十時富雄さん帰り。三時(午後)克子大阪より。私は明日の出発をのばして御様子を見、かつお世話をいたします。血圧二百二十。
主膳はソロソロと昏睡こんすいしている幸内の枕許へ寄って来て、その寝顔を暫らくのあいだ見ていました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
幼虫時代は、醜い青虫の時代であり、成長のための準備として、食気くいけ一方に専念している。そして飽満の極に達した時、繭を作ってさなぎとなり、仮死の状態に入って昏睡こんすいする。
老年と人生 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
看病している人の話だと、たまに意識を回復することもあるけれども、大概は昏睡こんすい状態をつづけていて、ときどき譫語うわごとらすのが、舞に関係した事柄ばかりであると云う。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私が危篤きとくの知らせを受けて精神病院へ行ったのはクリスマスの前夜であった。一日の十二時間は昏睡こんすいし、十二時間は覚醒かくせいしている。昏睡中は平熱で、覚醒すると四十度になる。
篠笹の陰の顔 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
雨は急に降りまさって来たと見えて軒を打つ音と点滴の響とが一度に高くなったが、母は身動きもせずすやすやと眠っている。しかしそれは疲れ果てて昏睡こんすいしたいたましい寝姿ではない。
寐顔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
おそらく犯人が何かの飲み物の中に麻酔薬を混ぜておいたものであろう。そしてその昏睡こんすい中の伊志田氏を地下室に担ぎ込み、目醒めぬあいだに、壁に縛りつけてしまったものに違いない。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
正午ちかく向島のうちに着いてみると、そのあけがた脳溢血で倒れたきり、父はずっと昏睡こんすいしたままで、私たちの帰ったのをも知らなかった。そういう昏睡状態はまだ二三日つづいていた。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
電話がかかって来て、「脳溢血のういっけつで、けさから昏睡こんすい状態です」というのです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
ある日、かれは、とある道ばたにぶっ倒れ、そのまま深いねむりに落ちてしまった。まったく、何もかも忘れ果てた昏睡こんすいであった。渠は昏々こんこんとして幾日か睡り続けた。空腹も忘れ、夢も見なかった。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
昏睡こんすい
母の死 (新字新仮名) / 中勘助(著)
半分目をあけたまま昏睡こんすいしているその小さな顔を見つめている時でも、思わずかっとなってそこを飛び出そうとするような衝動に駆り立てられるのだった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
医師が余を昏睡こんすいの状態にあるものと思い誤って、忌憚きたんなき話を続けているうちに、未練みれんな余は、瞑目めいもく不動の姿勢にありながら、なかば無気味な夢に襲われていた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
幸か不幸か、待乳まつちの多市は、お十夜の妖刀に二ヵ所の傷を負わされながら、川長の者に救われてここに療治をうけ、今なお気息喘々ぜんぜん苦患くげんの枕に昏睡こんすいしている。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
老婦としよりやお庄が、昏睡こんすい状態にある患者の傍で、医師からこう言い渡されるのも、もう二、三度になった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
血の量はそれほど多くはなかったが、このまえのときがひどかったし、躰力たいりょくがまだ恢復かいふくしていなかったため、喀血したあと失神し、夜が明けるまで昏睡こんすい状態が続いた。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
瑠璃子は、昏睡こんすいから覚める度に、美奈子の耳許近く、同一の問を繰返していた。が、その人は容易に、来なかった。電報が運よく届いているかどうかさえ、判然はっきりしなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
けれど、この最後の昏睡こんすい状態は長くも続かなかった。彼女のやせ衰えた青黄ろい顔は、仰向けにがっくりたれ、口はいっぱいに開いて、足はけいれんするようにぐっと伸びた。
咽喉は乾いてゆくけれど、昏睡こんすいの慾が強くて、ややもすれば深き眠りに落ちようとする。
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
アブサントとスタウトとアルコールの強烈な眠り薬は、彼を昏睡こんすいにおとしいれた。彼がよりかかってるテーブルは小さくて、防寨ぼうさいの役には立たなかったので、そのままにされていた。
昏睡こんすいや睡眠からさめた者に与えるまったくの暗闇の効果というものはこんなに強いものなのだ! 角というのはただ、不規則な間隔をおいたいくつかの凹み、あるいは壁龕へきがんにすぎなかった。
落穴と振子 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
そのときも彼は薬品の自殺を企て三日も昏睡こんすいし続けたことさえあったのだ。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
(昨夜ノ今日デ郁子ハ例ニヨリ今朝ハマダ昏睡こんすいシテイタ。夕方ニナッテヨウヤク起キタノデ引ッ越シノ手伝イハセズニシマッタ)場所ハ田中関田町たなかせきでんちょうデアルカラ、ココカラ歩イテ五六分ノ所ダ。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「このままでは、息を吹きかえすと同時に昏睡こんすいしてしまうぞ。危い危い」
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ありは甘きに集まり、人は新しきに集まる。文明の民は劇烈なる生存せいそんのうちに無聊ぶりょうをかこつ。立ちながら三度の食につくのいそがしきにえて、路上に昏睡こんすいの病をうれう。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
病人は、がれいのように平たくなって、昏睡こんすいしていた。枕元には、せんぐすりも見えない。うす寒い空気と壁があるだけで、台所にも、一粒の米粒すらなさそうである。
治郎吉格子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
無自覚のような昏睡こんすいのうちに、竜之助は再び夢路の人となったのですが、その夢路もあんまり長い時間のことでなく、またしても、うつつにその夢をさわがすものがあることを
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「いま昏睡こんすい状態で、係り官が来るでしょう、お会いになってもわかりませんよ、ぼくは院長の大豊です、とよはゆたかという字です、表に看板が出ていますが、まあお掛けなさい」
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その時は、看守の重い足音や鉄鋲てつびょうの靴音や、その鍵鎖かぎくさりのがちゃつきや、かんぬきの太いきしりなどでは、私は昏睡こんすいからさめなくて、荒々しい声を耳にあびせられ、荒々しい手で腕をつかまれた。
死刑囚最後の日 (新字新仮名) / ヴィクトル・ユゴー(著)
医師は昏睡こんすいが来る度毎に何か非常の手段を用いようかと案じているらしかった。
小さき者へ (新字新仮名) / 有島武郎(著)
私の方が長いあいだ昏睡こんすいしてたいうのんは、光子さんは十一時ごろに朝昼兼帯の御飯たべはっておなか大きかったのんに、私は朝御飯もろくさまたべんと飛び出してえらい活動しましたさかい
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)