悠長ゆうちょう)” の例文
お高は、何という悠長ゆうちょうな人であろうと、まじめに応対するのが、莫迦ばか々々しくなった。しかし、返事をしないわけにはゆかないので
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
にわか雨でもきたように、あたりの商人たちも、ともどもあわてさわいだが、かの若者だけは、腰も立てずに悠長ゆうちょうな顔をしていた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お絹の湯上りがあんまり悠長ゆうちょうなのを気にして、二度までも湯殿へ来て見ましたけれど、そこにも姿を見ることができませんでしたから
手温てぬるい事だ。おれなら即席そくせきに寄宿生をことごとく退校してしまう。こんな悠長ゆうちょうな事をするから生徒が宿直員を馬鹿にするんだ。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
田舎はただのんきで人々すこぶる悠長ゆうちょうに生活しているようにばかり思っているらしいが、実際は都人士の想像しているようなものではない。
隣の嫁 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
間伸びのした悠長ゆうちょうはやしと一つに融けて聞えて来る中で、ついとろとろと好い心持に眠りこけては、又はっとして眼をさます。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
父親は早目にその日の旅籠はたごへつくと、伊勢いせ参宮でもした時のように悠長ゆうちょうに構え込んで酒や下物さかなを取って、ほしいままに飲んだり食ったりした。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「おらんだ人」と肩書きのある紅毛碧眼こうもうへきがんの異国人が蝙蝠傘こうもりがさをさした日本の遊女と腕を組んで、悠長ゆうちょうにそれを見物している。
場処ばしょは大抵は耕地の附近に、石を土台にしてまるい形に、稲の穂先ほさきを内側にして積み上げて置く、きわめて簡易且つ悠長ゆうちょうなる様式のものであるが
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
堅固で悠長ゆうちょうで壮大で、真実で、華麗で、油絵の組織の完備する点で、また油絵具の性状が完全に生かされている点において、私は油絵具のなさるべき
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
空には今日も浮雲うきぐも四抹しまつ、五抹。そして流行着のマネキンを乗せたロンドンがよいの飛行機が悠長ゆうちょうに飛んで行く。
巴里の秋 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
なんの戦国の戦争請け負い人が、そんな悠長ゆうちょうな考えで、異国の神なんか拝むものか。きゃつら金儲けをしたかったからさ。そうだよ神様をダシに使ってな。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
非常に苦しい時分にはなかなか悠長ゆうちょうな考えをして居る暇もない。幸いにある池の端でテントの四つある所へ指して着きました。例のごとく猛犬にお迎いをされたです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
もしも此方の行くを待って居るということならばあまり増長した了見なれど、まさかにそのような高慢気もいだすまじ、例ののっそりで悠長ゆうちょうに構えて居るだけのことならんが
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「船長オ? 弔詞イ? ——」あざけるように、「馬鹿! そんな悠長ゆうちょうなことしてれるか」
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
なんて悠長ゆうちょうな事を言うから困るよ。北洋艦隊ぺいやん相手の盲捉戯めくらおにごももうわが輩はあきあきだ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「そんな悠長ゆうちょうなことはいっていられない。私たちはこれから焼こうというのだ。飛んだものが飛び込んで仕事の邪魔をして困るじゃないか。おい。そろそろ仕事に掛かろうじゃないか」
その中を長いキセルでぽかりぽかりと悠長ゆうちょうな煙を吐きながら、変わり種の清正が美人の妓生とぬれ場をひとしきり演ずるというのですから、ずいぶんと人を食った清正というべきですが
言葉を選んで、少しも急がず、控え目な正しい口のきき方をしていた。性急なアマリアには、彼が言い終えるのを待つだけの忍耐がなかった。皆の者が、彼の悠長ゆうちょうさに怒鳴り声をたてた。
昔は大門から一歩でも踏み出すことを「江戸へ行く」と云ったそうで、また仲の町を通行することが既に「道中」であったが、しかし大正の私たちはそんな悠長ゆうちょうな真似はしていられなかった。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
こんな多忙な事務家にたいして、あたしの話し方はすこし悠長ゆうちょうすぎたかも知れません。あたしが、まだ半分も話さぬうちに、さっきこの窓にさしかけていた夕陽が、向う側の建物に移っていました。
キャラコさん:08 月光曲 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「昔はこれで戦ったんだから、戦争も悠長ゆうちょうなものだったに違いない」
恐竜島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そしてだんだんと赤味を帯びながら悠長ゆうちょうにたな引くのだった。
汽笛 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
恒川氏は、あまりに悠長ゆうちょうな明智の態度に、腹立たしく叫んだ。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
なんと言っても、まだまだ世の中には悠長ゆうちょうなところがあった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
愁眉しゅうびをひらいて、人々は、上水の川尻へ眼をやった。大曲おおまがりの方から、川端を、悠長ゆうちょうに練ってくる一列の提灯とかごとが、それらしく見える。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見るとひざを並べてかしこまっていた。馬鹿らしいと気がついて、胡坐あぐらに組み直して見た。しかし腹の中はけっして胡坐をかくほど悠長ゆうちょうではなかった。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
現代いまでも、田舎などではどうかすると見かけることがあるが、悠長ゆうちょうな江戸時代には、こんなことをばかにやかましく言って、厳重に守ったものだ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
姉はその知らせが余程うれしかったらしく、いつもの悠長ゆうちょうにも似ず、中一日置いて次のような速達便の返事を寄越した。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
で、悠長ゆうちょうな遊戯などにふけり、美的情操を養ったり、心を静めたりすることは、逆行的態度でございますよ。……去勢されてはいけませんなあ。うんと物欲を
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
胸中きょうちゅう深刻しんこくいたみをおぼえてから、気楽きらく悠長ゆうちょうな農民を相手あいてにして遊ぶにたえられなくなったのである。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
日本人は昔から怠惰なる国民ではなかったけれども、境遇と経験とが互いに似ていたゆえに、力を労せずして隣国の悠長ゆうちょう閑雅かんがの趣味を知り習うことを得たのである。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
歩みぶりが甚だ悠長ゆうちょうで、旅装たびよそおいは常習のことだから、五分もすきはないが、両腕を胸に組んで、うつらうつらと歩いて行く歩みぶりは、いくら月明の夜だからといって、案外な寛怠かんたいぶりであります。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それにどうもシナ人は私共はじめ悠長ゆうちょうな風があるけれども、あなたには悠長なところが余程欠けて居る。いわゆる寛大というような様子がなくって、ごく細かに立ち廻るというような風が見えて居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
本文も無論読んで見た。平生気の短かい時にはとても見出す事のできない悠長ゆうちょうな心をめでたく意識しながら読んで見た。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれど、まさかそこへ、監獄馬車がとびこんで、それから、見つかろうとは思わないから、悠長ゆうちょうに構えこんでいたものサ
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何しろ本家の連中は昔風で悠長ゆうちょうだものですから。………しかし僕にはあなたの御親切なお心持がよく分っていますので、今度のお話は大賛成なのです。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ちゃんと膳立てをしてお招きした、あっしの苦心は買ってくれず、待てば日和は悠長ゆうちょうですねえ。それもさ、他人のためじゃねえ、みんなあねごのためですのにね。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ところが昔の村の人たちなどは悠長ゆうちょうで、そう大して気にもかけずに子どもにはいいたいことをいわせて、おかしいことをいえばただ笑って、古い仕来しきたりの少しずつ変って行くのを
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「そうかい。じゃ、まあ、ついて行くことは行くけど、そんな悠長ゆうちょうなんじゃあないんだよ。食べるか食べないかのどたん場まできているんだからねえ。男なんか、もう、ふっふっ——」
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
歌はすこぶる悠長ゆうちょうなもので、夏分の水飴みずあめのように、だらしがないが、句切りをとるためにぼこぼんを入れるから、のべつのようでも拍子ひょうしは取れる。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ええ畜生。ま、万吉さん——そんな悠長ゆうちょうなことをしちゃいられない——今向うへ引きずられて行く姉弟ふたりは、ありゃ実の私の小さい妹弟きょうだいなんだよ……」
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いつまで悠長ゆうちょうなことを云っていてどうする気だろう、そんな風だから婚期に後れてしまうのではないか、ちと眼が覚めるようにしてやらなければ、と云う腹があるので
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
旅行は近世人もよくしているけれども、この人たちの旅行法はよほど行脚僧あんぎゃそうに近く、日限も旅程も至って悠長ゆうちょうで、且つかなりの困苦にえ、素朴な生活に親しんでいたらしいのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「何を? まだ用がある? 悠長ゆうちょうなことを言ってますぜ。どんな用ですい」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
僕はなぜ母が彼らの勧めるままに、人をく落ちついているのだろうと、鋭どくがれた自分の神経から推して、悠長ゆうちょう過ぎる彼女をはがゆく思った。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
悠長ゆうちょうなやつ、かような出先でさきにたって、なにを述懐じゅっかいめいたことをぬかしおるか。それがなんといたしたのだ」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いかにも悠長ゆうちょうらしくて云い出せず、大変結構な御縁だと思って只今ただいま先方様のことを本家の方で調べているところですから、あと一週間もたちましたら御挨拶に出られる積りです、と
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
以前は人がこの私の話のような、悠長なことを話すのをあざけって、そんな話は庚申の晩に聴こうなどという言い草のあったのを見ると、庚申の晩の話は、相応に悠長ゆうちょうなものだったのである。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
元来が優美な悠長ゆうちょうなものとばかり考えていた掛声は、まるで真剣勝負のそれのように自分の鼓膜こまくを動かした。自分のうたいはこの掛声で二三度波を打った。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)