悄々しおしお)” の例文
おきのは、悄々しおしおと、帰りかけた。彼女は、一番あとから、ぼつ/\行っている呉服屋の坊っちゃんに、息子のことを訊ねようと考えた。
電報 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
さすがに、能登守ほどのものが、そのお君の張り通した我儘に、一矢いっしを立てることができないで、悄々しおしおと引返すのは何事であろう。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
今さらのように、成政は、秀吉の真を知った心地に打たれながら、営所を退がって、前田家の陣所の前を、悄々しおしおと、退がって来た。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
重太郎はいさぎよくお葉を思い切ったのであろうか。彼はお葉から受取うけとった椿の枝を大事に抱えて、虎ヶ窟のかた悄々しおしお引返ひっかえした。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「へえ、それであんなに悄々しおしおとしているんですか、気の小さい子と見えますね。先生何とか云っておやんなすったんでしょう」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おはま (お登世と共に通る。荒川を境に忠太郎の足取りがぱッたり絶えているのを知り、悄々しおしおとして引返し来る)
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
元よりその間も平太夫の方は、やはり花橘の枝を肩にして、側目わきめもふらず悄々しおしおと歩いて参ったのでございます。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
肩を落とし、首を垂れ、悄々しおしおとして歩いて行く姿は、憐れに寂しく悲しそうであった。それにしてもどうして植木師などの中に、彼女、お八重はいるのであろう?
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
とにかく、来客——跣足はだしのまま、素袷すあわせのくたびれた裾を悄々しおしおとして、縁側へ——下まではびこる南瓜の蔓で、引拭ひきぬぐうても済もうけれど、淑女の客に、そうはなるまい。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今にしてむべきにあらざれば、彼はろうかるる罪人のごとく悄々しおしおしたがいゆきぬ、常にはほかに訪う人なかりし寡婦が住居の周囲に、今はほとんど人の山を築けり
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
年老としおった両親を東京へひきとったが、眼のうすい父親も、耳の遠くなった母親も、半年もたぬうちに田舎の土を恋しがりはじめ、それでもせがれのKに怒りつけられれば悄々しおしお
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
悄々しおしおと敵将の前へ身をなげ出すヴァンナの、あの幽雅なものごしと可憐さを、自分の生れた国の女性に現せないのだろう、異国の女性に扮するときはあれほど自信のある演出するのにと思った。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
しかし畜生ながらに賢いもので、その日の失敗しくじり口惜くちおしく思うものと見え、ただ悄々しおしおとして、首を垂れておりました。二重※ふたえまぶちの大な眼は紫色に潤んで来る。かすかもらす声は深い歎息ためいきのようにも聞える。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかし、看守にどなられて無理に引きはなされて悄々しおしおと出て行つた老母を思ひ出すと、まだ手加減をして扱つて貰つた丈けいゝとしなければならなかつた。控所まで来ると龍子は急いで石階を降りた。
監獄挿話 面会人控所 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
てついている氷の道を踏んで、もう元日ではあるが、まだ真っ暗な天地の中へ、毛をむしられた寒鳥かんどりのように、悄々しおしおと出て行った。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と与八がむせび上って、悄々しおしおと道場の真中へ戻って来たが、また飛び上って廊下伝いに、今度は母屋おもやへ向けて一目散に走りました。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それでも其の人はなんにも云わないで、おとなしく悄々しおしおと出て行きました。もっともお津賀さんにかかっちゃあ大抵の男はかなわないかも知れませんよ
半七捕物帳:17 三河万歳 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と優しい物越、悄々しおしおと出る後姿。主税は玄関へ見送って、身をおおいにして、そっとそのたもとの端をおさえた。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
でも、仕方がないと、あきらめたように、お次が悄々しおしおと立ち去ってゆくと、河原にいたお菰の岩公は、泥土の中へ、そろそろと入って行った。
下頭橋由来 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
弁信が悄々しおしおとして、それにつづいて来たけれど、伊太夫は、それを叱ることも、あわれむことも、なすいとまがなく
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それで悄々しおしお帰りますと、あくる日お津賀がわたくしの宿へ押し掛けて参りまして、後金を早くどうかしてくれなければ近所へ対して面目がないと強請せがみます。
半七捕物帳:17 三河万歳 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
寝衣ねまきに重ねる浴衣のような洗濯ものを一包、弁当をぶら下げて、素足に藁草履わらぞうり、ここらは、山家で——悄々しおしおと天幕を出た姿に、もう山の影が薄暗く隈を取って映りました。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
東助が出てみると、目明し万吉の女房のおきちであった。何か心配事がありそうに、悄々しおしおと通されて一八郎の前へ坐った。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ムク犬は悄々しおしおとしていて行きました。そのさま、あたかも主人の物狂わしい挙動を歎くかのようであります。
と引立てるようにされて、染次は悄々しおしおと次に出た。……組合の気脉きみゃくかよって、待合の女房も、抱主かかえぬし一張羅いっちょうらを着飾らせた、損を知って、そんなに手荒にするのであろう、ああ。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「つい十日ほど前よ、おれの前で、くどくど、説法めいた諫言だてをしてやまぬゆえ、出仕しゅっし止めを命じたのだ。まもなく、河内の奥へ悄々しおしおとして帰ったそうな」
悄々しおしおとして、熊の檻車のところまで戻って見れば、熊がキャッキャッと言っておどり上って米友を迎える。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そこの胡桃くるみの木の丘から、石舟斎のいる山荘の麓まで、城太郎を連れて、悄々しおしおと引っ返してゆく間に、沢庵たくあんからいろいろ問いただされて、お通がつつみ隠しなく
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
両刀を小腋こわきにして、憂鬱極まるおもてをうなだれて、悄々しおしおと縁側の方に歩んで行く姿を見ると、押せば倒れそうで、いかにも病み上りのような痛々しさで、さすがの米友が見てさえ
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
亀の前は、暇を告げるべく、室の外に手をつかえたが、ただすすり泣きのみして、悄々しおしおと去った。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
少しばかり歩き出した時に、悄々しおしおと歩いていたムク犬が後ろを見返りました。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
沢庵の後にいて悄々しおしおと歩く彼の足つきは、屠所としょひつじという形容をそのまま思わせる姿だった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ほどなく能登守は悄々しおしおとして、お君の部屋を出て帰りました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そして、彼女が、やがて悄々しおしおと、家路の方へ帰るのを、見届けると、ほっと胸をでて
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
悄々しおしおとしてそこを引上げたのであります。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
定相じょうそうが立って、暗い一間ひとまの中へ入って行った。やがて、恐縮そうに教順が出てきた。その後から、生信房は、ぬので巻いたひたいの傷口を抑えながら、悄々しおしおと出てきて、師のまえに坐った。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
沿道の人目を恥じてか、はすがさ眉深まぶかにふせて、悄々しおしおと列の中に交じった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
相手が、役人や番太郎では、彼女も悄々しおしおとして見せるより表情がない。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、舌を吐きながらも、表面はいと悄々しおしおと、恩を謝して退出した。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ご心配をかけました」お吉は、悄々しおしおと、そこから立ち去った。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて悄々しおしおとその場を退がると、智真長老から再度よばれて
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
両手で面をおおいながら、助光は悄々しおしお下屋しもやへ立ち去った。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ます女は、夜更けてから、悄々しおしおと出て行った。
田崎草雲とその子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
悄々しおしおと、立ち去った。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)