山陰やまかげ)” の例文
三間幅の大道路は、山陰やまかげ狭地きょうちも、渓流に荒された所も、駅々の町屋のなかも、また湖畔に沿うても、一路京都まで通じていた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山陰やまかげの佐藤清君、市原正君。自分の村の名と自分の名とを呼ばれた少年たちは云われたとおり列をはなれて前へ出た。
三月の第四日曜 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
おびただしく流れたるが、見ればはるか山陰やまかげに、一匹の大虎が、嘴に咬へて持て行くものこそ、まさしく月丸が死骸なきがらなれば
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
くも時雨しぐれ/\て、終日ひねもす終夜よもすがらつゞくこと二日ふつか三日みつか山陰やまかげちひさなあをつきかげ曉方あけがた、ぱら/\と初霰はつあられ
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
甲府からバスに乗って御坂峠みさかとうげを越え、河口湖の岸を通り、船津を過ぎると、下吉田町という細長い山陰やまかげの町に着く。この町はずれに、どっしりした古い旅籠はたごがある。
律子と貞子 (新字新仮名) / 太宰治(著)
が、くるしみはすこしもない。ただむねつめたくなると、一そうあたりがしんとしてしまつた。ああ、なんしづかさだらう。この山陰やまかげやぶそらには、小鳥ことりさえづりにない。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
文治元年九月ながつきの末に、かの寂光院へ入らせおはします。道すがらも四方よもこずゑの色々なるを、御覧じ過ごさせ給ふ程に、山陰やまかげなればにや、日もやうやう暮れかかりぬ。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
死したる人と物いうとは思われずして、悲しく情なくなりたれば足元あしもとを見てありし間に、男女は再び足早にそこを立ち退きて、小浦おうらへ行く道の山陰やまかげめぐり見えずなりたり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
はるさればくれ夕月夜ゆふづくよおぼつかなしも山陰やまかげにして 〔巻十・一八七五〕 作者不詳
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
こうした山陰やまかげに永久に朽ちさせてしまうのがあまりに心苦しゅうございましてね、なにも私と同じ道を取らずともよいはずであるとも考えられまして、ほかのほうのことも空想いたしますが
源氏物語:49 総角 (新字新仮名) / 紫式部(著)
山陰やまかげのせいか、直ぐ夕暮になった。どこで打つ鐘か、入相の鐘の音さえも、ひとしお淋しさをつのらせる。風が出てきて、木の葉がさやさやと音をたてて鹿の音ずれさえも聞えてくる山の中である。
山陰やまかげにカインはいねず、夢おぼろ
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
畑打や鳥さへ鳴かぬ山陰やまかげ
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
妻の登子とうこ、そう三名の分骨がおさまっている山陰やまかげの位牌堂へ行く——一けん、健吉さんが「書斎しょさいにいいなあ」と感嘆したほど、閑素で清潔な小堂だった。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あの死骸しがいつけたのは、わたしにちがひございません。わたしは今朝けさ何時いつものとほり、裏山うらやますぎりにまゐりました。すると山陰やまかげやぶなかに、あの死骸しがいがあつたのでございます。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
山陰やまかげのしづかなる野に二人ふたりゐて細く萌えたる蕨をぞ
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
山陰やまかげにカインはいねず、夢おぼろ
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
山陰やまかげに湖暗し五月雨さつきあめ 吟江
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
山陰やまかげゆきだ。』
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
一朶いちだの白雲が漂うかのような法然の眉、のどかな陽溜ひだまりを抱いている山陰やまかげのように、ひろくて風のないそのふところ。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あの死骸しがいを見つけたのは、わたしに違いございません。わたしは今朝けさいつもの通り、裏山の杉をりに参りました。すると山陰やまかげやぶの中に、あの死骸があったのでございます。
藪の中 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
山陰やまかげの道を出たとたんである。人々は愕然がくぜんとさけんで騒ぎ立った。これから帰ろうとするとりでのあたり、夕星ゆうずつの空をそめて、赤い火気がたちのぼっているではないか。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ胸が冷たくなると、一層あたりがしんとしてしまった。ああ、何と云う静かさだろう。この山陰やまかげの藪の空には、小鳥一羽さえずりに来ない。ただ杉や竹のうらに、寂しい日影がただよっている。
藪の中 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
赤松のこずえに、山藤の花が垂れていた。道はひくい山陰やまかげをめぐってゆく。ふと、官兵衛は馬をとめて
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しばらく行進を続けたのち、隊は石の多い山陰やまかげから、風当りの強い河原かわらへ出た。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
浅野又右衛門の弓隊は、そこの本陣からやや離れた山陰やまかげの腹にかたまっていた。弓之衆ゆみのしゅうの一隊ではあるが、今日の合戦に、矢交やまぜの戦いなどはないと見越して、みな槍を持っていた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
みち山陰やまかげに沿うていたから、隊形も今日は特別に、四列側面の行進だった。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
はッと、みんな大きな息をつくと、ほとんど誰もが一緒に、尻もちつくように山陰やまかげの草の中へ、腰を落した。藤吉郎は、湯気の立つ顔を、雑巾ぞうきんのような手拭で、ぐるぐるこすっていた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
間もなく、盆地の山陰やまかげを、遥かのほうから軍馬の気はいがして来た。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)