孤屋ひとつや)” の例文
自分は傘をさして、一番奧の、二三町離れた山の麓の孤屋ひとつやの蓼の湯にと、出かけた。机の上には、ゆうべの歌の紙は、もう見えなかつた。
湖畔手記 (旧字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
ふすまをともにせざるのみならず、一たびも来りてその妻を見しことあらざる、孤屋ひとつやに幽閉の番人として、この老夫おやじをばえらびたれ。
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
遙向うの青山街道にくるまきしおとがするのを見れば、先発の荷馬車が今まさに来つゝあるのであった。人と荷物は両花道りょうはなみちから草葺の孤屋ひとつやに乗り込んだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
大風おほかぜぎたるあと孤屋ひとつやの立てるが如く、わびしげに留守せるあるじの隆三はひとり碁盤に向ひて碁経きけいひらきゐたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
疑へば疑はしきものとこそ覚え侍れ、笑ひも恨みも、はた歓びも悲みも、夕に来てはあしたに去る旅路の人の野中なる孤屋ひとつや暫時しばし宿るに似て、我とぞ仮に名をぶなるものの中をば過ぐるのみ
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
見るに輕井澤まで二里餘とありあへぎ/\のぼりてやがて二里餘も來らんと思ふに輕井澤は見えず孤屋ひとつやばゝに聞けば是からまだ二里なりといふ一行落膽がつかりさては是程に草臥くたびれだけしか來らざりしかと泣かぬばかりに驚きたり是より道を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
……狂言きやうげんはまだないが、古寺ふるでら廣室ひろまあめ孤屋ひとつやきりのたそがれを舞臺ぶたいにして、ずらりとなりならんだら、ならんだだけで、おもしろからう。
くさびら (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
しかり親仁おやじのいいたるごとく、お通は今に一年間、幽閉されたるこの孤屋ひとつやに処して、涙に、口に、はた容儀、心中のその痛苦を語りしこと絶えてあらず。
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
急心せきごころに草をじた欣七郎は、歓喜天の御堂より先に、たとえば孤屋ひとつや縁外えんそとの欠けた手水鉢ちょうずばちに、ぐったりとあごをつけて、朽木の台にひざまずいて縋った、青ざめた幽霊を見た。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おそろしい、をとこつてほねかくす、とむらのものがなぶつたつけの……真個ほん孤屋ひとつやおにつて、狸婆たぬきばゞあが、もと色仕掛いろじかけでわし強請ゆすつて、いまではおあしにするでがすが、旦那だんななにはしつたか
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
此日このひ本線ほんせんがつして仙台せんだいをすぐるころから、まちはもとより、すゑの一軒家けんやふもと孤屋ひとつやのき背戸せどに、かき今年ことしたけ真青まつさをなのに、五しき短冊たんざく、七いろいとむすんでけたのを沁々しみ/″\ゆかしく
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
すぐわきに、空しき蘆簀張よしずばりの掛茶屋が、うもれた谷の下伏せの孤屋ひとつやに似て、御手洗みたらしがそれに続き、並んで二体の地蔵尊の、来迎らいごうの石におわするが、はて、このはの、と雪に顔を見合わせたまう。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まよつた深山路みやまぢ孤屋ひとつやともしびのやうにうれしかつた。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)