夜嵐よあらし)” の例文
秋の夜嵐よあらしに誘われて、バラバラと木の葉が輿を打つ。武士も輿舁こしかつぎも、輿の中の人も、咳一つしなかった。黙々と一行は歩いて行く。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ても角ても叶はぬ命ならば、御所のいしずゑまくらにして、魚山ぎよさん夜嵐よあらしかばねを吹かせてこそ、りてもかんばしき天晴あつぱれ名門めいもん末路まつろなれ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
すぐこのきざはしのもとへ、灯ともしのおきな一人、立出たちいづるが、その油差の上に差置く、燈心が、その燈心が、入相すぐる夜嵐よあらしの、やがて、さっと吹起るにさえ
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
残怨日高ざんえんひだか夜嵐よあらしといったようなおもむきを、夜の滄海そうかいの上で、不意に見せられた時には、獰猛どうもうなる海女あまといえども、怖れをなして逃げ去るのは当然でしょう。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
冬の夜嵐よあらし吹きすさぶころとなっても、がさがさと騒々しい音で幽遠の趣をかきみだしている。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
今夜こんやかえっておいでなさる。」と、おかあさんはしんじて、くらうみほうていられると、ふいに夜嵐よあらしまどきつけるように、幾羽いくわともなく、くろ海鳥かいちょうが、あおいランプのがけて
青いランプ (新字新仮名) / 小川未明(著)
「そうか。世の中は三日見ぬの桜ではない。桜を散らすとんだ夜嵐よあらし……。」
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その馬蹄ばていのひびきは、夜嵐よあらしのひゅうひゅう鳴る音にかきけされてしまった。
中稲なかても苅らねばならぬ。其内に晩稲おくても苅らねばならぬ。でも、夏の戦闘たたかいに比べては、何を云っても最早しめたものである。朝霜、夜嵐よあらし、昼は長閑のどかな小春日がつゞく。「小春日や田舎に廻る肴売さかなうり」。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
妹が手にかはるよろいそでまくら寝られぬ耳に聞くや夜嵐よあらし
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
夜嵐よあらしをおさへて廻る水雞かな 東推
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
しかりつけられて我知われしらずあとじさりする意氣地いくぢなさまだしもこほる夜嵐よあらし辻待つじまち提燈ちやうちんえかへるまであんじらるゝは二親ふたおやのことなりれぬ貧苦ひんくめらるゝと懷舊くわいきうじやうのやるかたなさとが老體らうたいどくになりてやなみだがちにおなじやうなわづらかたそれも御尤ごもつともなりわれさへ無念むねんはらわたをさまらぬものを
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
あくる日、雪になろうとてか、夜嵐よあらしの、じんと身にむのも、木曾川の瀬のすごいのも、ものの数ともせず、酒の血と、獣の皮とで、ほかほかして三階にぐっすり寝込んだ。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
古河黙阿弥ふるかはもくあみの著述に大蘇芳年たいそよしとしの絵を挿入さしいれた「霜夜鐘十時辻占しもよのかねじふじのつじうら」。伊藤橋塘いとうけいたうと云ふ人の書いた「花春時相政はなのはるときにあひまさ」といふ侠客伝けふかくでんもある。「高橋たかはしでん」や「夜嵐よあらしきぬ」のやうな流行の毒婦伝もある。
虫干 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「ああ、御苦労様——松明たいまつですか。」「えい、松明でゃ。」「途中、山路で日が暮れますか。」「何、帰りの支度でゃ、夜嵐よあらし提灯ちょうちんは持たねえもんだで。」中の河内までは、往還ゆきかえり六里余と聞く。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)