)” の例文
おせいのゐないベッドに横になり、富岡は、んやり、雨の音を聴いてゐた。窓は白く煙り、水滴が汚れた硝子戸ガラスどを洗ひ流してゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
そして肥つてけて、見る影もなく年をとつた乳母の喉から出るものにしては、思ひも寄らぬ哀れ深く美しい歌だつたのです。
やがて、ろい、けたやうな返事をしながら、房一の湯上りでよけい赤紅あかく輝く顔がのぞいた。彼はゆつくりと兵児帯をまきつけてゐた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
恐らくはこんなにヒドくけた父親ともこれが最後の別れであろうと思ったが、べつに悲しいなどという気も起らなかった。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
恐怖にさいなまれて黙ってるけた人々を——レンブラントが描いてるそのあわれむべき人類を、束縛された暗い魂の群れを。
まるでぷんぷん匂いでも放ちそうな晴れ着に色気のあるたすきをかけ、浮き浮きと弾んで美しく見える内地女の顔を近藤は羨しそうにんやりと眺め
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
他人の云うことも聞えないことの方が多かったりして、彼は我ながら、はあけて来たわえと思うことなどもあった。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そうして笠井さんは、自分ながら、どうも、はなはだ結構でないと思われるような小説を、どんどん書いて、全く文学を忘れてしまった。けてしまった。
八十八夜 (新字新仮名) / 太宰治(著)
久しぶりで文学作品を読むと流石さすがに面白くはあったが、南洋けして粗雑になった私の頭には、稍々やや微妙に過ぎ難解に感じられることが無いではなかった。
章魚木の下で (新字新仮名) / 中島敦(著)
と、突立つッたったまま、にがい顔、渋い顔、切ない顔、甘い顔、酔ってけた青い顔をしていた。が、頬へたらたらと垂れかかった酒のしずくを、横舐よこなめに、舌打して
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
血みどろにもがきながらも、頭ももうつろにけたここちである。やまいかというに、肉体にはかわりはない。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
プツリと言いきって、きつねつきのようにだまり込んでいる。背を丸く首をかしげた姿を見るとどんなに世の荒波がこの善人を顛動てんどうさせ、こうもけさせたかと痛ましかった。
今じゃもう警察のご厄介やっかいになって、おまけにけちまって、誰も見向きもしないけれども、ほんとにひどい奴で、先生の亡くなられたのも、つまりあの業突張ごうつくばりの為だわ。
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
ただ奥座敷に寝ているらしい伝六郎の寝言ねごととも歌とも附かぬグウダラなけ声が聞えている……その声を聞き聞き彼は真暗な中廊下を抜けて、玄関脇の薬局の扉を開いた。
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そのとけて無邪気を装う様子には何となく灰汁あくぬけした甘ったるいものがあって
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それとも眼病をわずらってでもいるのか、眼瞼まぶたれて垂れ下っているために始終眼をつぶっているような顔つきをした、従って表情の鈍い、けかかった老婆ろうばのような外貌がいぼうではあるけれども
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
山鹿の死骸も、田母沢源助のけて寝た体も、運び出す暇はなかった。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
そういって、その奇妙な案内人は、永い話に結末をつけると、感じ入って立ちけている伝さんへ、軽く会釈を残して、その日のお客を迎えるべく、到着した列車のほうへ馳け去って行くのであった。
三の字旅行会 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
「あ。お帰り」姑はなにかけているようなかおだった。
雪後 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
九時になっても、お茶を飲んでんやりしている。昔の日記を出したりして読む。妙に感心してみたり、妙にくだらなく思ったりする。
生活 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
それは間違いないのだ、けたのだ、けれども、——と言いかけて、あとは言わぬ。ただ、これだけは信じたまえ。「私は君を、裏切ることは無い。」
(新字新仮名) / 太宰治(著)
相手が彼に気づき警戒する様子を見せると、彼はますます鈍重なうとした面つきになる。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
この日は朝来より氷雨ひさめ降りそぼち、遠い峰々は黒い、重い山雲のなかにまったく姿を隠していた。僅かに近い山々が煙ったような水蒸気のなかにんやりと姿を現わしているのにすぎない。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
シャクも野に出たが、何か眼の光も鈍く、けたやうに見える。人々は、彼が最早物語をしなくなつたのに氣が付いた。強ひて話を求めても、以前したことのある話の蒸し返ししか出來ない。
狐憑 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
「それが大變なんで。目黒から本所へ越して、潮來いたこへ流れて行つたのを、漸く搜し當てたは宜いが、まだ四十六だといふのに、恐ろしいけやうで、自分の名前もろくに覺えちやゐませんよ」
「もしもし終点でございますよ」眼だけが空洞くうどうのようにんやりみひらいている僕の肩をたたいて車掌しゃしょうが気味悪そうに云った。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
ほんものの幻滅は、人間を全くけさせるか、それとも自殺させるか、おそろしい魔物である。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
シャクも野に出たが、何かの光もにぶく、けたように見える。人々は、彼がもはや物語をしなくなったのに気が付いた。いて話を求めても、以前したことのある話の蒸し返ししか出来ない。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)
規則正しい、高いトヨのひづめの音が、静かな部落に響きわたると、往来にんやりたたずんでいたお主婦かみさんや、野良のら径をせわしげにしていた百姓たちは、驚いたように径をゆずって馬上をふり仰ぐ。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
向う柳原、七まがりの路地の奧、洗ひ張り、御仕立物と、紙に書いて張つた戸袋の下に立つて、平次は二階に聲を掛けました。よく晴れた早春のある朝、何處かで、寢けた雄鷄をんどりが時をつくつて居ります。
鐘撞堂かねつきどうの後に、小さい旅館が沢山並んでいる。「あんた貫一さんはないのかい?」一人てんやり歩いている私に、旅館の番頭が声をかける。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
もがきあがいて、そのうちに、けてしまった。いまは、何も、わからない。いや、笠井さんの場合、何もわからないと、そう言ってしまっても、ウソなのである。ひとつ、わかっている。
八十八夜 (新字新仮名) / 太宰治(著)
五月頃になると、んやりした薄紅の花が房々と咲いて、色々な小鳥が、堰の横の小さい島になった土の上に飛んで来る。
落合町山川記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
作文の時間になると、手紙や見舞文は書かせないで、何でも、自由なものを書けと云って、森先生は日向ひなたぼっこをしてんやり眼をつぶっていた。
私の先生 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
その気持ちはどこへも持ってゆきようがないので、机の前に坐り、んやりしている。煙草たばこはバットを四、五本吸う。
生活 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
シャワーを浴びた富岡は、こざつぱりと服を替へて、階下の食堂へ降りて行くと、加野が、ヴ※ランダに向つて、木椅子にんやり腰をかけてゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
誰も自分達に対して、文句を云ふものはないのだと、富岡は二本目の酒を注文して、化粧をしてゐるゆき子の平べつたい顔をんやりみつめてゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
光った土の上へ飛白かすりのように落葉が乾いて散らかっていたが、啓吉は植木鉢を伏せたままんやりしていた。
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
母は父の鳴らす風琴の音を聞くとうつむいてシュンと鼻をかんだ。私はんやり油のついたてのひらめていた。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
インド人が二人、んやり沖を見ている。あおい四月の海は、西瓜すいかのような青い粉をふいて光っていた。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
私が所在なくしたように、小窓からんやりした花子の顔が、川一ツへだてた向うに見える。
落合町山川記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
寺の門を配した豪奢ごうしゃな別荘もある。廃寺の庭は広々とした芝生しばふで、少年が一人寝転んでんやり空を見ていた。白い雲が、疏水の水に影をおとして流れている。いい天気だった。
田舎がえり (新字新仮名) / 林芙美子(著)
私はくず折れた気持ちで、片づけているたい子さんの白い手をんやりながめていた。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
おじさんがひょいとまたをひろげると、おじさんの長靴ながぐつうしろ昨夜ゆうべの雨蛙がんやりした眼をしてきょとんとしています。より江は雨蛙をどこか水のあるところへ放してやろうとおもいました。
(新字新仮名) / 林芙美子(著)
早い朝の汽車のなかで、わたしはんやり色々のことを考えていました。
少々ばかりやけさせた思わせ振りを書き送ってやったのである。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
私はお神さんの話をんやり聞いているのだ。
貸家探し (新字新仮名) / 林芙美子(著)