別離わかれ)” の例文
このおやと子と突然に別離わかれを告げたのである。それも尋常一様の別離わかれでない。父は夢のように姿を隠して、夢のように死んだのである。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ういふ相談をして居るところへ、ひつぎが持運ばれた。た読経の声が起つた。人々は最後の別離わかれを告げる為に其棺の周囲まはりへ集つた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
と云って、別離わかれの会釈につむりを下げたが、そこに根をはやして、傍目わきめらず、黙っている先達に、気を引かれずには済まなかった。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
別離わかれを惜しんでいるのであった。二人の他には誰もいない。人を避けて二人ばかりで、酒を汲み交わせているのであった。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
別離わかれということについて、吉里が深く人生の無常を感じた今、善吉の口からその言葉の繰り返されたのは、妙に胸を刺されるような心持がした。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
おもえば去年の五月艦隊の演習におもむく時、逗子に立ち寄りて別れを告げしが一生の別離わかれとは知らざりき。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
別離わかれの時のお言葉は耳にとまって……抜き離せばこの凄いわざもの……発矢はっし、なみだの顔が映るわ。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
そんなところが、あのお伽噺とぎばなしのつらい夫婦ふうふ別離わかれという趣向しゅこうになったのでございましょう……。
うしろ見られぬうらみし別離わかれの様まで胸にうかびてせつなく、娘、ゆるしてくれ、今までそなたに苦労させたはわが誤り、もう是からは花もうらせぬ、襤褸つづれも着せぬ、荒き風をその身体からだにもあてさせぬ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
裏町の棟割長屋むねわりながやの一軒を——一軒といったって、たった二の汚ねえ汚ねえ家だったが、それでも小屋の親分から、別離わかれもらった二分か三分の銭があったので、そこを借りることは出来たのさ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「エ、でもね、どうせ女は家を出る時が別離わかれだと言ひますから……」
一家 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
たとえば浮世絵の巻物をひろげて見たように淡暗い硝子の窓に毎日毎日映って来た社会のあらゆる階級のさまざまな人たち、別離わかれと思えば恋も怨みも皆夢で、残るのはただなつかしい想念ばかりである。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
一二町にして友に別離わかれを告げんことを望む。友だくせず。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
別離わかれといふに微笑ほほゑむ君がゑまひ
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
まして、さま/″\な境涯を通過とほりこして、た逢ふ迄の長い別離わかれを告げる為に、互に可懐なつかしい顔と顔とを合せることが出来ようとは。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
それは何人なんぴと返答こたえくるしむ所であるが、にかくの物語はお葉と重太郎の最期を一段落として、読者と別離わかれを告げねばならぬ。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
義理から別離わかれ話になると、お蔦は、しかし二度芸者つとめをする気は無いから、幸いめ組の惣助そうすけの女房は、島田が名人の女髪結。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こんな多勢の人達が悉皆みんな出征なさる方に縁故のある人、別離わかれを惜しみに此処に集ってお居でなさるのかと思ったら、私は胸が一杯になりましたの。
昇降場 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
まだ三月に足らぬ契りも、過ぐる世より相知れるように親しめば、しばしの別離わかれもかれこれともに限りなき傷心の種子たねとはなりけるなり。さりながら浪子はなが別離わかれいたむ暇なかりき。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
今朝は言ふ、そのかはり明日の朝は何事なんにも言はない、そんなことを言つて、長いこと私達を側に坐らせて置いて、別離わかれの涙を流しました。
山椿の下では、お葉と重太郎との詩的な別離わかれがあった。窟の外では、重太郎と素性の知れぬ男との蛮的な格闘があった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
吉里は平田に再び会いがたいのを知りつつ別離わかれたのは、死ぬよりも辛い——死んでも別離わかれる気はなかッたのである。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
これ母親の死をかなし別離わかれに泣きし涙の今なお双頬そうきょうかかれるを光陰の手もぬぐい去るあたわざるなりけり。
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いずれも鳥打帽子をかぶり、小荷物をげ、仏蘭西の国歌を歌って、並木のかげに立つ婦子供おんなこども別離わかれの叫声を掛けては通過ぎた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
今朝の別離わかれの辛さに、平田の帯を押えて伏し沈んでいたのも見える。わる止めせずともと東雲しののめへやで二上り新内をうたッたのも、今耳に聞いているようである。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
それが今度の震災と共に、東京の人と悲しい別離わかれをつげて、架け橋はまったく断えてしまったらしい。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「さあ、一ツ遣ろう。どうだ、別離わかれの杯にするか。」
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
翌朝よくあさ早く嘉助は別離わかれを告げて発った。その朝露を踏んで出て行く甲斐々々かいがいしい後姿は、余計に寂しい思を三吉の胸に残した。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
やがて一同暇乞ひして、斯の父の永眠の地に別離わかれを告げて出掛けた。烏帽子、角間かくま四阿あづまや、白根の山々も、今は後に隠れる。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ここから三吉は曾根へ宛てて最後の別離わかれの手紙を書いた。「——あるいは、これを好しとみ給うの日もあるべきかと存じ候」
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
岸本が国を出る時、名古屋から一寸別離わかれを告げに来たと言って、神戸の旅館まで訪ねてくれた人に比べると、この兄も何となくけて見えた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その兄も、岸本が仏蘭西の旅に上ろうとした当時神戸の旅館で偶然落合って別離わかれの酒をみかわした頃の兄も、殆んど変りのないほどの人であった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
別離わかれを告げて出て行くような汽笛の音は港の空に高く響き渡った。お種の眼前めのまえには、青い、明るい海だけ残った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼は新しい白墨の一つを取り、その黒板に心覚えの詩の句を書きつけ、それに寄せて生徒に別離わかれを告げた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
口に出さないまでも、実にはそれが別離わかれの食事である。はしを執ってから、森彦も悪い顔は見せなかった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
炉辺には、お種をはじめ、お仙、幸作夫婦、薬方の衆まで集って、一緒に別離わかれの茶を飲んだ。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
聖書の朗読があり、讃美歌の合唱があり、別離わかれ祈祷きとうがあった。受持々々の学科の下に、先生方が各自めいめい署名して、花のような大きな学校の判を押したのが卒業の証書であった。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そんな風にして始まった二人の結び付きから、不幸な別離わかれに終ったまでのことが、三年前の悲しいも、八年前の嬉しいも、ほとんど一緒に成って、車の上にある大塚さんの胸に浮んだ。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
出発の日は、姉妹きょうだいから親戚の子供達まで多勢波止場に集って別離わかれを惜んだこと、妹のお福なぞは船まで見送って来て、漕ぎ別れて行くはしけの方からハンケチを振ったことなぞを話した。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
塾を卒業した生徒の一人が私の家の門口へ別離わかれを告げに来た。近在の村の青年だ。
突貫 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
東京の友人が戦地へ赴く前によこした別離わかれの手紙は私の心に強い刺戟を与へた。
突貫 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
小母さんの立話を聞けば、川上かはかみといふ辺鄙へんぴな村の方で、ある若い百姓が結婚したばかりに出征することゝ成つた。お嫁さんは野辺山のべやまはらまで夫を見送りにいて来て、泣いて別離わかれを惜んだ。
突貫 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
青木を訪ねたついでに捨吉は築地の菅の家へそれとなく別離わかれを告げに寄った。相変らず菅は静かな、平な心持で、ある西洋人の仕事の手伝いなぞをしながら、独りでコツコツ勉強を続けていた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
こぞに別離わかれを告げよかし
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
こぞに別離わかれを告げよかし
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)