ふいご)” の例文
仕事はしていないがふいごの囲いには赤い火が燃えさかっていた。そして、一人の女房が焔に背を向けて夜業よなべに布を打っているのだった。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見てゐるうちに、久米氏の顔は真青になつた。額からは汗がたら/\と流れた。鼻はふいごのやうに激しい息を吐いた。皆はうろたへ出した。
一本の竹でつくった縦の柄を握り、ふいごを使う時みたいに両手を左右に動かすと、蝶々のはねに似た形の扇が開いたり閉じたりする。
もとより異議のあろうはずはなく、仕掛から仕上げまで、大体三年と踏み、とりあえず久七がふいごを一座つくることになった。
藤九郎の島 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それ汝等の願ひの向ふ處にては、侶とわかてば分減ずるがゆゑに、嫉妬ねたみふいごを動かして汝等に大息といきをつかしむれども 四九—五一
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
こうしの冷肉を一皿とクワス一本をたいらげてから、広大無辺な我がロシア帝国の地方によっては、よく言い草にされている、いわゆる『ふいごのような大鼾おおいびき
商人は一声叫ぶなり坂を四谷よつやの方へ逃げあがった。あがったところに夜鷹蕎麦よたかそばの灯があった。商人はふいごのような呼吸いきと同時にその屋台へ飛びこんだ。
(新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
痛風の小さな老人はふいごみたいにぷつぷつ言った。包屍布を着ている女は例の鼻をぶらぶら動かした。木綿のズボンをはいている紳士は耳をぴくぴくさせた。
案の定一見鍛冶かじ屋のごとく、時計師の仕事場のごとく、無数のかざり職の道具、ふいご、小型の電気炉等々、夫人の居間鏡台の陰に作られた、ドラーゲ公爵家同様
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
すすだらけの化け物が茶色の紙の帽子をかぶって、ふいごのところでせっせと働いていたが、それもちょっと取っ手にもたれ、喘息ぜんそく病みの器械は長いめ息をつく。
駅馬車 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
一方の隅は鍛冶場かじばになっていて、巨大な漏斗じょうごをさかさまにしたような通気屋根の下にコークスの充満した炉の口が開き、奇妙な形の足踏みふいごが横わっている。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それでも金床やふいごや大小のやすりたがねやがいろ/\の材料と共に配置され、未完成の大きいやぐら時計が三つと、置時計の修繕物が三つ、部屋の隅に片寄せてあるのです。
その傍でぼんやりとふいごを吹かせている小僧は、この間ひどい目に遭った権太郎だと家主が教えてくれた。
半七捕物帳:06 半鐘の怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
すると其の鍛冶屋は、外で火をつけて、地面の上でふいごを動かし始めました。そして、大きな鉄のさじの中で其のランプを熔かして、それに少しばかり錫を加へました。
佐渡は従来、きつねたぬきも一頭もおらぬ。ただ鉱山があるので、昔はふいごに貉の皮を用うるために、わざわざ内地より貉をつれて来たり、これを山林に放ちて繁殖せしめた。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
到るところで錬金術師はふいごを吹いたりレトルトをあぶったりしましたが、ついに成功しませんでした。
科学が臍を曲げた話 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
真向まむかいの鍛冶かじ場で蹄鉄ていてつを鍛える音、鉄砧かなしきの上に落ちる金槌かなづちのとんちんかんな踊り、ふいごのふうふういう息使い、ひづめの焼かれるにおい、水辺にうずくまってる洗濯せんたく女のきね
呼吸するふいごであつたか? 真に事実が、如何に一層悲痛ではなかつたか? この時、獅子の脳漿よりしてさへ、かの一羽の蝶はまた、再び夙やく天の一方に飛翔し去る時!
測量船 (新字旧仮名) / 三好達治(著)
「蹈鞴」とはその字の示すごとく、ふいごによる送風装置が、特殊な形をした炉の両側についてゐるので、木炭をつかつて低温直接製鉄法によつて玉鋼をつくるのださうである。
出雲鉄と安来節 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
そのふっさりとしたる間へ火口ほくちに似た木の葉で拵えたものを入れてそれから日本の昔の流儀で燧火石ひうちいしを打って火を移すのです。そうして皮のふいごでぼつぼつと風を送るんです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
父親は煙管をくわへながらふいごをあをいでゐた。薄暗い土間に焔がゆらぎはじめた。
南風譜 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
ブーブーとふいごでコークスの火を燃やして、その中で真赤にした鉄を鉄床かなとこの中にはさみはさんで置いて、二人の男がトッテンカンとかわがわ鉄鎚てっついで叩いていた。叩く度にパッパッと火花が散った。
贋紙幣事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
仕事場のふいごまわりには三人の男が働いていた。鉄砧かなしきにあたる鉄槌かなづちの音が高く響くと疲れ果てた彼れの馬さえが耳を立てなおした。彼れはこの店先きに自分の馬を引張って来る時の事を思った。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
極めて原始的な玉鋼たまはがねと称する荒がねを小さなふいごで焼いては鍛え、焼いては鍛え、幾十遍も折り重ねて鍛え上げた鋼を刃に用いたもので、研ぎ上げて見ると、普通のもののように、ぴかぴかとか
小刀の味 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
けれど疾走して來た後なので、胸一ぱい口から肺へ空氣を吸ひ込まうとすると、彼は、右胸部の傷口から、破れたふいごを思はせるやうな、怖ろしい、微かな音を立てて、その空氣のはいるのを感じた。
すべてのふいご一齊に熔爐二十の上に吹き、 470
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
真雄は、ふいごの前へ馳け寄って、どっかと、むしろの上に坐ると、金火箸かなひばしって、真っ赤な溶鉄となった玉鋼を、火土ほどの中から引き出した。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
吉之丞は、もうだめだと思い、無我夢中で壺をかいぐりとり、水をって浮きあがると、ふいごのような音をたてて息を吸った。
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
火をおこす時にはふいごの役をする。日本人はスープが熱いと扇でさます。舞い姫は優美な姿勢でいろいろに扇を使う。
だが困つた事には身体からだが牛のやうに肥えてゐるので、お説教が興奮はづむと、ふいごのやうな苦しさうな息遣ひをする。
その一例は羽前うぜんの庄内の町にて、毎夜深更になると狸の腹鼓はらつづみの音がするとて、騒ぎ立てしことがあるに、よくよくただしてみれば、鍛冶かじ屋のふいごの音であったということじゃ。
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
寝床の中で彼の身体は、布片のようにぐったりほうり出されていた。身動きもできないほどだった。ただその胸だけが、ふいごのようにあえいでいた。頭は重苦しくて熱ばんでいた。
天井も床下も、座布團の中も、ふいごの中も、少しの手落ちもなくといふ註文です。
夫人は蒼白な顔をして荒々しい呼吸に全身をふいごのようにはずませていた。
十八時の音楽浴 (新字新仮名) / 海野十三(著)
我、今行きて諸の器具をふいごを收むべし。
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
そこで彼は、持て余すまい、よく生かそうと、自己の天性を自己の努力で錬冶れんやしている。ふいごの火みたいな熱意を不断にそれへかけている。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日ごろ、あまり物事に動じないその加十が、額際にビッショリと冷汗をかき、何やらひどく切迫した面持でふいごのような激しい息遣いをしている。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
これなん狸の腹鼓である、その正体を見届けんものと思い、その方角をたどって静かに歩み行くに、行けば行くほど遠くなる。だんだん近づいて見れば、鍛冶屋かじやふいごの音であった。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
ふいごは長い四角な箱で、その内にある四角い喞子ピストンを桿と柄とによって動かす。鍛冶屋は左足で柄をつかみ、その脚を前後に動かして鞴に風を吹き込むから、両手で鉄槌を使うことが出来る。
ふいごを使つて、羽目板を後ろにして居たんだ。どうしてその背中を突いた」
猛火にふいごさしむけて其働きを初めしむ。
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
そのうちに庄次郎は、肩から両腕、棒のような凝結こりに、刀の重さがこたえて来るし、口はふいごみたいに渇いた呼吸いきを大きくする。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今まで椅子の中に沈み込んでふいごのような息づかいをしていた外務大臣は、跳ねッ返るように椅子から立ち上り、ネクタイを引きむしってそれをテーブルの上に叩きつけ
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
山と睨めッこしている間は忘れていたが、ふとわれに返ると、彼はまた鍛冶のふいごの中に突ッこんでいるような足を持てあまし
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
威勢よく燃えあがった松薪の炎が、ふいごのような音をたてて吸いあげられていく。
肌色の月 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
と梅軒は思い出したように、仕事場の土間にまだ草鞋も解かず、ふいごの火にあたっている武蔵を見て、女房にいいつけた。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
十人の吹所棟梁が吹屋をひとつずつあずかり、薄ぐらい大ふいご仕立ての炉のそばで棟梁手伝いのさしずで、大勢の職人が褌ひとつになって、金をのばしたり打ちぬいたり、いそがしそうに働いている。
顎十郎捕物帳:07 紙凧 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
鍛冶、染物、皮革ひかくなどの職人のみが多く住んでいる裏町の一かくは、ふいごの赤い火や、つちの音や、働くもののわめきなどで、夜も日もあったものではない。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、破れたふいごのような声を出す。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その間に、邸内の物置小屋を、少しばかり改築して、ふいごをすえ、火土ほどを築き、鍛冶道具も窪田清音が備えてくれた。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)