階下した)” の例文
ちちりと眼を外らして、そのまま階下したに下りていった。彼も立ち上った。室の中を一廻りくるりと歩いて、それから母の所へ行った。
子を奪う (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
死骸を見付けたのは、階下したに寢てゐた息子の專之助さんで、父親がいつになく遲いので、中二階を覗いて見るとあの騷ぎでございます
階下したに居て二階の話声はそれほどよく聞えないまでも、二階に居て階下の話声は——殊に婆やの高い声なぞは手に取るように聞える。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と上り口で振返って、さわやか階下したへおりた。すぐ上って来るだろうと思うと、やがて格子戸が開いたのは、懐手で出て帰ったのである。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
佐伯氏は、あかねさんという、すごいような端麗たんれいな顔をした妹さんと二人で別棟べつむね離屋はなれを借り切って、二階と階下したに別れて住んでいる。
キャラコさん:03 蘆と木笛 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
いつも子供を預って貰う階下した小母おばさんに、それとない別れを告げたりするうちに、少しずつ事態が呑み込めるようになって来た。
動かぬ鯨群 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
アメリア嬢はふとっちょの背の低い婦人で、姉をひどく怖がっていました。彼女はセエラのしうちに吃驚びっくりして、階下したに降りて行きました。
うす暗い帳場のわきを通って階下したの食堂へ出る。高い窓から採光してあるだけなので、くもった日には昼でも電灯がともっている。
そうなったら憎いが先に立って、私は翌朝あくるあさ起きてからもお宮には口も利かなかった。それでも主婦おかみさん階下したからおぜんを運んで来た時
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
今宵となってはもう何の話も改まって無いように、人々はくつろいで、やがて、安兵衛の妻のお幸や小娘が階下したから運ぶ膳を前にして
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夏のはげしい日光が、八時前にもう東側の雨戸を暑くしている。浅田が階下したへ顔を洗いにゆくと、女中共が台所で、こそこそ話をしていた。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
階下したの家族は幸福だった。そこの主人あるじは昨日、ムッシュウ・カシュウの勤めている役所に大変いい口を見つけて採用されたということだ。
フェリシテ (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
そう言いながら、弟の深志は、階下したへ降りて行つた。と、入れ代りに、妹の多津が、速達が来たといつて、彼の手に一通の封書を渡した。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
しかし、二人はいつまでも階下したにおりようとはせず、机に頬杖をついたまま、からになった菓子鉢の底に、ぼんやりと眼をおとしていた。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
おまけに階下したが呉服の担ぎ屋とあってみれば、たとえ銘仙めいせんの一枚でも買ってやらねば義理が悪いのだが、我慢してひたすら貯金に努めた。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
お梅が帽子と外套を持ッて来た時、階下したから上ッて来た不寝番ねずばんの仲どんが、催促がましく人車くるまの久しく待ッていることを告げた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
さうかと云つて、砂を換へずに放つておくと、とても臭気が激しくなつて、しまひに階下したへまで匂つて来るので、妹夫婦が嫌な顔をする。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いってくるよといっしょに階下したへ下りようとしたのと、バタバタ真っ青な顔して女中の駈け上がってきたのとがいっしょだった。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
甘い、とろりとした杯をしずかに傾けながら、言葉少なく語り明していると、ふと、階下したで、又しても、荒々しく、戸を叩く音。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
階下したへ降りて、私の仕事場へ来ても、何一つ話をするでもなく、唯じっと、何時までも何時までも私の手元を視詰めているばかりであった。
私は外面何気無く粧い其の戯句を繰返し眺め乍ら、今迄階下したに居た眼鏡を懸けた丸髷の女も客をとるのか、と第一の質問を発して見ました。
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
暗い室内へ戻つて来たら、それでも与里の老いたる母は何時の間にやら駄夫のために階下したの六畳へ食膳の支度を調へておいた。
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
しかしこうなって見ると自分もうっかり階下したへは下りられぬ。お千代の顔を見るがいなやどうしてれよう、何と云ってやろう。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
間も無く兩人ふたり階下したに下りた。階下はまた非常に薄暗い。二階から下りて來ると、恰で穴の中へでも入ツたやうな心地がする。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
自分がまだ眠られないという弱味を階下したへ響かせるのが、勝利の報知として千代子の胸に伝わるのを恥辱と思ったからである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
『あんたまだ起きてたの、私は咽喉のどが渇いてめが覚めたんだけれど、あんたもお茶を飲みたかないか、いま階下したへいって持って来てあげよう』
彼は急いで起き上ると、階下したにゐる妻を呼んで、着物を着かへた。そしてもう晴々した顔付をし乍ら、階下したへ下りて行つた。
(新字旧仮名) / 久米正雄(著)
と、先刻さっきの蛇の目を忘れたことに気がついたらしく、階下したから「三造さん。傘! 傘!」と大きな声がした。彼は面喰めんくらった。
斗南先生 (新字新仮名) / 中島敦(著)
階下したではまだ子供が騷いで居る。そして姉の方が妹から追はれたと見えて、きやつ/\言ひ乍ら母を呼んで階子段はしごだんを逃げ登つて來ようとする。
一家 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
お光は二階へ上つて行く人、階下したに居る人の姿を眺めて、この人達が自分と小池との逢瀬を妨げたのだなア、と染々しみ/″\思つた。
兵隊の宿 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
青木、品川の両人は階下したに降りると、主婦への挨拶もそこそこに、大急ぎで表へ出た。云うまでもなく、もう一人の品川四郎を尾行する為だ。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
お増は階下したで着更えをすると、ほこりっぽい顔を洗ったり、袋から出した懐中鏡で、気持のわるい頭髪あたまに櫛を入れたりしていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
階下したには、ヂューヂャというのが通り名の、この家の主人フィリップ・イヷーノフ・カーシンが家族と一緒に住んでいる。
女房ども (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
またアパートに住んでいるとして、階上うえ又は階下したの部屋に、この恐るべき柱時計めが懸っていたとしたならどうであろう。
階下したでは、老父母としよりも才次夫婦も子供達も、彼方此方あちらこちらの部屋に早くから眠りに就いて、階子段はしごだんの下の行燈あんどんが、深い闇の中に微かな光を放つてゐた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
この大鍋の階下したの一室に宿泊していた、武州小金井の穀屋の番頭で初太郎というのが、なにかしらほとほとと雨戸を叩く音で眼を覚ました——。
半七は着物を着換えて、奥の下座敷へたずねて行こうとすると、階下したの降り口で宿の女中のうろうろしているのに逢った。
半七捕物帳:14 山祝いの夜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
二人は階下したに降りて行った。そこには一家の者が皆集まっていた。老人、その娘、婿のフォーゲル、クリストフより少し年下の男女の二人の孫。
階下したでも起きて話しているらしく、まだみんな異常な出来事の昂奮から落ちつきを取り戻していないらしい様子であった。
生不動 (新字新仮名) / 橘外男(著)
わっし共の階下したにいる役人のチョッキの修繕です。けれど、腹の中は煮えくり返るようで、胸はしくしくうずくのです。
多喜子はさつきも階下したの浴槽に行く長い廊下で、その昔の記憶を嗅ぐやうに、その身の理解することの出来なかつた父親の死の秘密を嗅ぐやうに
父親 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
目さめし時は東の窓に映る日影珍しくうららかなり、階下したにては母上の声す、続いて聞こゆる声はまさしく二郎が叔母なり
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「新子、起きたかい、起きているなら、ご飯たべたらどう。ここが、片づかないから。」と、母が階下したから声をかけた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
私は、大型のマンホールを横つ腹にひかへてゐる二階で、階下したへやまで、自動車が飛込んでさうなのを、病人のために、地震よりもびくびくした。
夏の夜 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
そのうちに、階下したの八角時計が九時を打った。それから三十分も経ったと思うころ、外から誰やら帰ってきた気勢けはい
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
穀蔵に広い二階だての物置小屋、——其階下したが土間になつてゐて、稲扱いねこきの日には、二十人近くの男女が口から出放題の戯談じようだんやら唄やらで賑つたものだ。
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「それに二階というものは、かなしいところなのね、階下したとは世界がちがうし、階下したのことが見えないじゃないの。」
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
階下したの七号に越して来た女ね、時計屋さんの妾だって、お上さんがとてもチヤホヤしていて憎らしいたら……。」
放浪記(初出) (新字新仮名) / 林芙美子(著)
廊下の方から、部屋部屋から、二階からも階下したからも、足音、悲鳴、呶声、罵しり声、物を投げる音、襖障子を開閉あけたてする音が、凄まじく聞こえて来た。
猿ヶ京片耳伝説 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
階下したよりほのかに足音の響きければ、やうやう泣顔隠して、わざとかしらを支へつつしつ中央まなかなる卓子テエブル周囲めぐりを歩みゐたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)