かが)” の例文
そして今迄縮みかがんでゐた力が一齊に地下上天、周圍に對して目ざましい程ずんずん伸び出した。自分は新しく生きる。新しく育つ。
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
幾分いくぶん明るい空をバックにしているんで割合に見えるし——夜道で道に迷ったらかがんで見ろ、というのはこの辺を指した言葉だよ……
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
道の上から掴みとった砂礫されきを即座の眼つぶしに使ったのだ。秀之進は予期したことのように身をかがめ、さっと相手の腰へ打を入れた。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そこからまだ半道も行かぬうちに二人は忽ち鶏卵中毒を起し、猛烈な腹痛と共に代る代る道傍にかがみ始めたので、道が一向にはかどらない。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
仙太が地上に散らばった金貨を拾おうとかがんだところを、二階からカンカン寅が消音しょうおんピストルを乱射らんしゃして殺してしまったのだった。
疑問の金塊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
屍体はちょうどかがんだような恰好かっこうになり、傷口も床の滴血の上へ垂直に降りて、流血の状態に不自然な現象は現われなかったのだ。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
この頃は眉がつり上ったきりになったような表情で、そこにかがんでいるまきに小皿をさし出した。まきは、音たかくその味噌汁を吸った。
小祝の一家 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
私はその目を避けるような恰好かっこうをしながら、彼女の上にかがみかけて、その額にそっと接吻した。私は心からはずかしかった。……
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
彼は惰力で前面の壁へ突きあたった。オルガは階段の下で廻転すると、参木の足元へぶっ倒れた。参木はオルガを起そうとして身をかがめた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
しかしそれにしてはかがむこともしない、足で砂を分けて見ることもしない。満月でずいぶん明るいのですけれど、火を点けて見る様子もない。
Kの昇天:或はKの溺死 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
ところどころに娘をみつけた父母がかがんでなにかを飲ませてい、枕もとのかなダライに梅干をうかべたうすい粥が、蠅のたまり場となっている。
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
「砂に居る」という言葉は多少不十分であるが、砂の上にかがんでいるとか、腰を下しているとか、とにかく極めて砂に親しい感じと思われる。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
兄はよく草履ばきでその石の上にかがんで、そこらを見ていられました。明治二十九年の句に、「亡父をおもふ」として
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
そして、新しい相手がどうかしたはずみにチョークを取り落して、それを拾うために身をかがめた。チョークは球台の暗い真下の方へ転んで行ったらしい。
撞球室の七人 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
腰をかがめて見物するところまでは、蒲鉾かまぼこは板にはり付いて泳いでいるもの、にしんは頭がなく乾いたままで生活するもの、鮭の塩引きは切り身のままで糸に
食べもの (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
百松は、万筋まんすじ単衣ひとえ端折はしょって、舞台の上にかがみました。蝋燭をかかげると、縛られたお村の顔よりは、自分の醜怪な顔の方が、あかりの真ん中へヌッと出ます。
石垣の石につかまりかがみながら一呼吸いれると、あれほど閉じていたやつが少量ではあったが、黒い土のうえをもっと黒く沁みこんで放出されることを知った。
船長はいかにも穏かな温顔の人で、先ずは無口に近い。やや前かがみでいつも黙々としてナイフとフオクとを使っている。それに向って事務長が末座に位置する。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
人と云っては只一人、宴会帰りの学生らしいのが、朴歯ほおばの下駄をカラコロ/\と引摺って、刑事のかがんでいる暗闇を薄気味悪そうに透して見て通ったきりだった。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
容貌は魁偉かいいでありながら色は生白かったり、新型の洋服を着ていながら猫背で腰をかがめていたり、鼻の下にひげをつけながら前垂れをかけていたり、これ等の人々は
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
菜の花のそれが眼に浮ぶ、菜の畑の中にかがんで、あぶのブンブンうなるのを聴きながら、本を読んだり
菜の花 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
おとなしいレオは、喜んでするに任せて居る——太陽に祝福された野面や、犬や、そこに身をかがめて居る働く農夫などを、彼はしばらく恍惚くわうこつとして眺めた。日は高い。
追っ手は遠くで鯨波をあげている。また近寄って来るらしいのだ。蜜柑の根もとにかがんで息を殺す、とたんに頭上でげらげらと笑う声がする。はっと見上げると佐柄木がいる。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
立ったりかがんだり、女どもは何かわめき散らしていた。輪を描くように、自分の一家族はお互いの身体を寄せあって、少くともそれだけは肌身のぬくもりをしっかり感じ合っていたかった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
そばに大きな石の手水鉢ちょうずばちがある、かがんで手を洗うように出来ていて、かけひ谿河たにがわの水を引くらしい……しょろ、しょろ、ちゃぶりと、これはね、座敷で枕にまで響いたんだが、風の声も聞こえない。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
岩蔭に身をかがめて暫くその浪と島と風とに見入って居ると、駿河湾を距てた遥かな空には沖かけての深い汐煙しおけぶりのなかに駿河路一帯の雪を帯びた山脈がほの白く浮んで見えて居る。富士は見えなかった。
みなかみ紀行 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
のっそりとかがんで
顎十郎捕物帳:01 捨公方 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
りゅうは歯をきだしたが、なにも云わなかった。栄二は向き直り、身をかがめて丸薪の一本を拾うと、右手で握って、義一に見せた。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼はかがんで、しばらくストーブの中をいろいろな角度から覗きこんでいたが、ややあって、ひどく愕いたような声をだした。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
三人が自動車に乗り込まれるとほとんど同時に夕暗にまぎれながら、スペヤ・タイヤの処へ飛付いて、小さくかがまりながら揺られて行きました。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
相当離れて半円形を作っていたが、独りレヴェズのみは、半円形の頂点に当るセレナ夫人の前面で、ややかがみ加減に座を占めていたのである。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それでも、注意深く、あたりに人気のないのを見澄ますと、こそこそと体をかがめながら、いまにも崩れそうに積上げられた座蒲団の隙間へ、潜り込んで行った。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
かげを持つ人は間もなく花桐の屋敷の土の塀を乗り越え、かがむようにして樹木のあいだをくぐって来た。
花桐 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
その台の方へ行ってしきりに二つのレシーバーを耳にめては、針を動かして見たり、かがんだり、透かしたりして見ていたが、それも諦めたように、耳のをはずして
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
ひろ子は、下駄をはいて、あんずの樹の陰から台所へまわった。小枝が、一方に柴木を積み上げた土間にかがんで、茶の間のやりとりに耳を傾けながら馬鈴薯の皮をむいていた。
播州平野 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
深みに続いた瀞の浅場の汀にかがんで、夏の夕方を涼んで居ると、最初水面をはやの子や、うぐいの子が跳ね上り、空中を弾道を描いて、ピョンピョンピョンと汀へ向って逃げて来る。
河鱸遡上一考 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
炎天の下にじっとかがんで見入ったような小さな世界が、この句に収められているのである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
「伴奏、伴奏。」と誰かが云うと、真紀子が再度ピアノの傍へ沖氏に引っ立てられたが、三島は突然真紀子の傍へよっていって、「靴、靴。」と云いながら裾の方へかがみ込んだ。
旅愁 (新字新仮名) / 横光利一(著)
母親は、片手の襦袢の袖口を袖に納め、ほっと一息入れた恰好をしていましたが、何に気が付いたか、今度はたちまち物凄い眼であたりをめ廻しまして、背をかがめて一層声を低め
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「だってあにいは」と云いながら、政は文次の脇へかがんだ、「いまあにいは、こんなところでぐずぐずしていちゃ危ねえんじゃあねえか」
あすなろう (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そしてかがんで、なにかゴソゴソやっていたが、なかなか立ち上ろうとしなかった。そのうちに、課長は不審そうな面持おももちで一同をジロリと眺めまわし
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その時にやっと気がついて振り返って見ますと、背広を着た人と、サアベルを引きずった巡査とが母の枕元にかがまって、何か調べているようでした。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
よく見ればいかにも女だ。しかし、すぐゆあみをするようにかがんだかと思うと、その姿が水中に消えてしまったのだ。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
他人を騙すように私はいまおしっこなぞしたくないのだとつぶやく、おしっこがしたい奴はべつに庭の中をうろついていて、犬のように昨日自分でしたところにかがんで
女生徒の体操の時間で、肋木ろくぼくにつかまった生徒達が、教師の号令で、かがんだり起きたりしています。二階の窓ぎわにいた景岡秀三郎が、フト、その一むれに、眼をやった時でした。
足の裏 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
畠の中の茄子なす唐黍とうもろこし、南瓜の実にとり包まれた別家の主婦は、そう云ってかがみ込んだ。背中に射した日光が秋の色で、浮雲がゆるく沼の上に流れている。一日一日と頭を垂れていく稲の穂。
穴の北側の壁の真中辺を掘っていた中学生が、オヤ、と叫んでシャベルの手を止め、井上さアーンと、もう一つの穴の中にかがんでいる若い男を呼ばわった。ちょっと! 何かあるらしいですよ。
昔の火事 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
声を揃え恐縮し、腰をかがめて恐る恐る七面鳥の傍らへ近寄っていった。
『七面鳥』と『忘れ褌』 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
頭の禿げ上った乳っぽい赤らづらの、眼の柔和な、農民風の五十男の露助ろすけが、何か羞恥はにかんだような驚きと親しさを見せながら、立ちあがると私たちへ笑いかけた。ペチカの前にでもかがんでいたのらしい。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
九月にはいって、夕刻になると風はもう肌に寒かったが、彼は木綿縞の色のせた半纒はんてん股引ももひき、古い草履ばきで、少し背中がかがんでいた。
榎物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)