ばつ)” の例文
それを知らぬ振りに取りつくろって、自分でもその夢に酔って、世とばつを合わせて行くことは、私にはだんだん堪えがたくなって来た。
蕪村は『鬼貫おにつら句選』のばつにて其角、嵐雪、素堂、去来、鬼貫を五子と称し、『春泥集』の序にて其角、嵐雪、素堂、鬼貫を四老と称す。
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
自分はちょっと何とか云わなければばつが悪かった。それで真面目まじめな顔をして、「どうも写真は大阪の方が東京より発達しているようですね」
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
臨海りんかい林佑りんゆう葉見泰しょうけんたい、潜渓の詩にばつして、又みな宋太史そうたいしの期望にむくいんことを孝孺に求む。孝孺は果して潜渓にそむかざりき。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
これが旦那方だと仔細しさいねえ。湯茶の無心も雑作はねえ。西行法師なら歌をよみかける処だが、山家めぐりの鋳掛屋じゃあ道を聞くのもばつが変だ。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この机の上を見ても知らるべし、物茂卿ぶつもきやうばつある唐詩選と襤褸ぼろになりたる三体詩一巻、これは何れも百年以上の長寿を保ちたる前世紀の遺物なり。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
森鴎外もりおうぐわい先生は確か馬琴日記抄のばつに「馬琴よ、君は幸福だつた。君はまだ先王せんわうの道に信頼することが出来た」とかなんとか書かれたやうに記憶してゐる。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
人間の死や家畜の死にはあまりに多くの前奏がある。本文なしのばつだけは考えられないようなものである。
ねずみと猫 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
たゞ、知人に捨てられるのが恐しさに、世間並に流行々々はやりはやりの進んだらしい思想にばつを合せたり、身内の者に對しては有り來りの人の道を守つてゐるばかりであつた。
仮面 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
堯はそう言われたとき自分の裡に起こった何故かばつの悪いような感情を想い出しながら考えた。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
失いましたたからが出て可愛い同志が夫婦に成るという是れがどのばつでも同じようでございます。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
□慶ごろの人清原某「神代巻ばつ」、松苗「十八史略序」、この二編小子しょうし深く心服つかまつる論なり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
ひげの伯父のばつによれば、死んだ伯父は「狷介けんかいニシテク罵リ、人ヲゆるあたハズ。人マタツテ之ヲ仮スコトナシ。大抵視テ以テ狂トナス。遂ニ自ラ号シテ斗南狂夫トイフ。」
斗南先生 (新字新仮名) / 中島敦(著)
阿部伊勢守正弘の家来伊沢磐安いさわばんあん黒田くろだ豊前守ぶぜんのかみ直静なおちかの家来堀川舟庵ほりかわしゅうあん、それから多紀楽真院らくしんいん門人森養竹もりようちくである。磐安は即ち柏軒で、舟庵は『経籍訪古志』のばつに見えている堀川せいである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
彰考館しょうこうかん総目録、それと光圀が自分で筆を入れた六国史とばつぐらいなもので——かれが胸中にもっている全体の構想からいえば、まだまだ、その下準備と、一部分の脱稿を見たというだけで
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
例の如く江戸時代の渋味を大切に、皺の間に保存しておくような顔でばつの足には大きな繻子しゅすの袋をせて、外見を防いでいる。見るから感じのおだやかなお婆さんである。三味線は清子である。
美音会 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
お留に引きあわされて、半七は徳蔵に挨拶したが、利兵衛は半七に挨拶していいか悪いか迷っているらしいので、半七の方から声をかけて、単に近所の知り合いのようにばつをあわせてしまった。
半七捕物帳:13 弁天娘 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そして、僕らが食べたやうな、汁の中にしよんぼりと入つた饅頭まんぢゆうを父も食べたのだらうとおもふと、何だか不思議な心持にもなるのであつた。これを「念珠集」のばつとする。(大正十五年二月記)
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
やがてその年の秋出版された『自覚に於ける直観と反省』という劃期かっき的な書物にばつとして収められたが、この本は「余の悪戦苦闘のドキュメント」であると、先生自身その序文の中で記されている。
西田先生のことども (新字新仮名) / 三木清(著)
これだけでも既に不思議な恩寵おんちょうなのに、さらにまた、その本のばつに、この支那文学の俊才が、かねてから私の下手へたな小説を好んで読まれていたらしい意外の事実が記されてあって、私は狼狽ろうばいし赤面し
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
『親灯余影』のばつを見るに、中洲は毅堂との交遊について
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
面倒になるからばつを合わせているのかと思った。
猫車 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ばつを合わせる。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
蕪村は鬼貫句選のばつにて其角、嵐雪、素堂、去来、鬼貫を五子ごしと称し、春泥集の序にて其角、嵐雪、素堂、鬼貫を四老しろうと称す。
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
津田はもとより表向の用事で、この室へ始終しじゅう出入しゅつにゅうすべき人ではなかった。ばつの悪そうな顔つきをした彼は答えた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と言ったのでありまするが、小宮山も人目のある前で枕を並べるのは、気が差してばつも悪うございますから
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いや、そればかりではない。芭蕉は「虚栗みなしぐり」(天和三年上梓)のばつの後に「芭蕉洞桃青」と署名してゐる。「芭蕉庵桃青」は必しも海彼岸の文学を聯想せしめる雅号ではない。
芭蕉雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
抽斎の校勘の業はこの頃着々進陟しんちょくしていたらしい。森枳園が明治十八年に書いた『経籍訪古志』のばつに、緑汀会りょくていかいの事をしるして、三十年前だといってある。緑汀とは多紀茝庭たきさいていが本所緑町の別荘である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
『松塘詩鈔』の巻尾につけた毅堂のばつを見るに
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
広州こうしゅうの太守葉南田しょうなんでんばつを得て世に行わる。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
石川は、さり気なく、ばつを合わせた。
牡丹 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「口説かれるのも下拙だし、気は利かないし、ばつは合わず、機会きっかけは知らず、言う事はまずし、意気地は無し、」
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ようやく発作ほっさの去ったお延は、叔父からこんな風に小供扱いにされる自分をどう取り扱って、ばつの悪いこの場面に、平静な一転化を与えたものだろうと考えた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのもくを挙ぐれば、煩悶異文弁はんもんいぶんべん仏説阿弥陀経碑ぶっせつあみだきょうひ、春秋外伝国語ばつ荘子注疏そうしちゅうそ跋、儀礼跋、八分書孝経はちふんしょこうきょう跋、橘録きつろく跋、冲虚至徳真経釈文ちゅうきょしとくしんきょうしゃくぶん跋、青帰せいき書目蔵書目録跋、活字板左伝さでん跋、宋本校正病源候論跋
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
或時僕が房州に行った時の紀行文を漢文で書いて其中に下らない詩などを入れて置いた、それを見せた事がある。処が大将頼みもしないのにばつを書いてよこした。
正岡子規 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私ならぐうのも出させやしないと、まあ、そう思ったもんだから、ちっとも言分は立たないし、ばつも悪しで、あっちゃアお仲さんにまかしておいて、お前さんを探して来たんだがね。
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
津田は揶揄からかい半分手をげて真事の背中を打とうとした。真事はばつの悪い真相を曝露ばくろされた大人おとなに近い表情をした。けれども大人のように言訳がましい事はまるで云わなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こつでなり、勘でなり、そこはばつも合わせようが、何の事は無い、松葉ヶやつの尼寺へ、振袖の若衆わかしゅが二人、という、てんで見当の着かないお客に、不意に二階から下りて坐られたんだから、ヤ
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
敬太郎の方でも、うしろから向うに突き当らない限りは先へ通り抜けなければばつが悪くなった。彼は二人の後戻りを恐れて、急にそばにあった菓子屋の店先へ寄り添うように自分を片づけた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
仕方なしに「ええ儲けたいものですね」といってばつを合せた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)