粛然しゅくぜん)” の例文
旧字:肅然
聴衆は一度に手をたたく。手をたたくのは必ずしも喝采の意と解すべからざる場合がある。ひとり高柳君のみは粛然しゅくぜんとしてえりを正した。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
読経どきょうと参拝をすまして、粛然しゅくぜんと、本堂を出て来た二十余名の浪士の一団があって、初めて、浅野家の百ヵ日らしいものが感じられた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それに対してとやかくと、申し上げようとは致しませぬ。と云うのは過ぎ去ったことだからで。ついては」と云うと粛然しゅくぜんとした。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
僕は即座に妻を呼んでX夫人が亡くなられた、と告げると妻も粛然しゅくぜんとして「何んて、いさぎよい方なのでしょう」と涙とともに感嘆した。
感傷主義:X君とX夫人 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
「はッ」参謀は、粛然しゅくぜんとして、挙手きょしゅの礼をした。(参謀長も、飛行隊の出動命令に、不満を持っていられるんじゃ)と思った。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼は、今さらのように、人間がめいめいの生活態度によって、いかに自分の人間としての価値を上下しているかを考え、粛然しゅくぜんとならざるを得なかった。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
そこには至誠堂病院の院長青木かんをはじめ、二三人の医師が粛然しゅくぜんとして立っていた。先輩の眼は院長に往った。
雨夜草紙 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
一方からは後閑武兵衛、これは羽織だけ脱いで、一刀を引抜き、逃げ路をふさいだまま、粛然しゅくぜんと立っております。
この、粛然しゅくぜん襟を正すべき名奉行の貴いもだえもしらずに、忠相の足もとに嬉々ききとしてたわむれる愛犬の黒犬。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
澗間たにま凹地おうちに引出された女どもの疳高かんだか号泣ごうきゅうがしばらくつづいた後、突然それが夜の沈黙にまれたようにフッと消えていくのを、軍幕の中の将士一同は粛然しゅくぜんたる思いで聞いた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
高坂は、悚然ぞっとして思わず手をげ、かつておんなが我にしたる如く伏拝ふしおがんで粛然しゅくぜんとした。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
皆、無言で毛虫の死骸しがい凝視みつめている、しばらくは粛然しゅくぜんたる沈黙。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
時に声あり内より聞ゆ、その調子の深遠なる永遠より響き来るがごとし、その威力ある宇宙の主宰の声なるがごとし、余の全身を震動せしめていわく、「正義は正義なり」と、しかしてのち粛然しゅくぜんたり。
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
「イイエ、どうしてそんなことを」倭文子は粛然しゅくぜんとしていった。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そして粛然しゅくぜんとした態度で言った。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
佐助どんも可哀かわいそうだし第一こいさんのためにならぬと女中の誰彼だれかれが見るに見かねて稽古の現場へ割って這入はいりとうさんまあ何という事でんの姫御前ひめごぜのあられもない男のにえらいことしやはりまんねんなあと止めだてでもすると春琴はかえって粛然しゅくぜんえり
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
扉は開かれたままとなり、室内と廊下にかけて、粛然しゅくぜんと無言の影が整列していた。すこし離れて、枕頭に立っている影は、谷将軍らしい。
日本名婦伝:谷干城夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その雪山の山腹からふもとの村まで一里あまりの、林や森や谷へかけて、数千に余る武士もののふが、乱杭逆茂木幔幕らんぐいさかもぎまんまくを張り、粛然しゅくぜんとして備えていた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
時刻は暮に近い頃だったから、日の色はかわらにもむねにも射さないで、まぼしい局部もなく、総体が粛然しゅくぜんかまびすしい十字のまちの上に超越していた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
両手を膝に重ねて、粛然しゅくぜんと端坐してお艶に対したまま、弥生は顔中を涙に濡らして嗚咽おえつしているのだ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
見ていないようでいて、やっぱり天は見ている。彼は粛然しゅくぜんとしておそれた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
彼は粛然しゅくぜんとして立っていた。仙人はせた手をあげて、彼を招いてから走っている群の方へ往けと云うようにして見せた。彼は仙人の群を追うて駈けだした。最後の仙人も彼のあとから駈けて来た。
仙術修業 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
つくえの上に差置きたる帽を片手に取るとひとしく、粛然しゅくぜんと身を起して
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
さっきの中国人が粛然しゅくぜんとして答えた。
人造人間殺害事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その頃、彼はもう城門内に駒を立て、家中の面々およそ二、三百人、徒歩かちもあり騎馬もあり、粛然しゅくぜんと、隊伍を作って待っていた。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼と机を一つへだてて静かなること林の如く粛然しゅくぜんと椅子に腰掛けているのは白衣を纏ったオースチン師で、この両人の対照はまことに一幅の画であった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
板敷きに手枕して鼻唄まじり、あれほど獄吏ごくりをてこずらせていると聞いた無宿者が、いま見れば閉房へいぼうの中央に粛然しゅくぜんと端坐して、何やら深い瞑想にふけっているようす。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そばにどんな人がいるか見向きもしなかった。いかなるものが外から入って来ても、全く注意しなかった。彼らは活きた彫刻のようにおのれを持して、火の気のないへや粛然しゅくぜんと坐っていた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と重々しくつ沈んだ調子で、男は粛然しゅくぜんとしていった。
木精(三尺角拾遺) (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
心から悲しまれているらしい様子なので、弟子たちは皆、粛然しゅくぜんえりを立てて、一人として、師の顔を仰ぎ見る者はなかった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宮家は仏壇に背を向けられ、庭をご覧になりながら、粛然しゅくぜんと端坐しておられたのであった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
主人は懐手ふところでのままぬっと立ちながら「また人をかつぐつもりだろう」と椽側えんがわへ出て何の気もつかずに客間へ這入はいり込んだ。すると六尺の床を正面に一個の老人が粛然しゅくぜん端坐たんざしてひかえている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何かしら、粛然しゅくぜんとして、皆うつ向いた。多感で、実篤じっとくな奥田孫太夫は、眼をしばたたいているし、堀部老人は、後ろを向いて、鼻紙を鳴らした。
べんがら炬燵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
神采奕々しんさいえきえきとでも形容しようか、その御方ただご一人が、そこに粛然しゅくぜんと立たせられたばかりに、周囲の自然——花木緑葉が、清浄にすがすがしく感じられる、そのことだけでもうなずかれた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
常の親しみでする目礼と目礼も、今宵はお互いが粛然しゅくぜんとした気持を受ける。あるじの弥兵衛にいて梯子段をのぼってゆくと、ここの二階は広かった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
りっぱな公卿はその言葉を聞くと、襟を正して粛然しゅくぜんとしたが
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
従う人々には、佐藤忠信ただのぶ、堀弥太郎やたろう伊勢いせ三郎など二百余騎の家人けにん、みな義経にならって拝をした。そして、粛然しゅくぜんと、ちりも散らさず、都を後に去った。
日本名婦伝:静御前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
欣ぶよりも、何かしら一同は粛然しゅくぜんとしてしまった。実篤じっとくな奥田孫太夫は、眼をしばたたいているし、弥兵衛老人は、うしろを向いて、鼻紙を鳴らしている。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、やがて続いて、その粛然しゅくぜんとした足なみの次に、馬蹄の音だの、大きな話声が乱れて来たので
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
信長が本曲輪ほんぐるわの広庭を、大玄関のほうへ迂回うかいして来ると、中門あたりからその辺まで、埴輪はにわ土器のような泥にまみれた武将とその部下が、暁天の下に、白い息をひげに凍らせて、粛然しゅくぜんと整列していた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
五郎大夫は粛然しゅくぜんと、大きくうなずいて見せた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
諸人もそれを聞いてみな粛然しゅくぜんと暗涙をのんだ。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこには家士一同が粛然しゅくぜんと頭を下げていた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)