真正面まとも)” の例文
旧字:眞正面
そう真正面まともにいわれた川島は、又あわてて笑いを浮べたのだが、それは片頬がわずかに顫えただけの、我れながら卑屈なものであった。
植物人間 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
手を振ったり、足をふんばったり、勝手なことをわめく艦長のために、水兵は何度も真正面まともから自分の顔に「唾」を吹きかけられた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
「あらッ!」とお宮は、入って来るからちょうど真正面まともにそっち向きに趺座あぐらをかいていた柳沢の顔を見てはしゃいだように笑いかかった。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
神伝流で言う水枕、溺死人引揚げの奥の手だ。藁をも掴むというくらいだから真正面まともに向っては抱き付かれて同伴みちづれにされる。
沢崎に対して始終左半面をさらすような角度になっており、まぶしいような初夏の庭の反射が、その顔の上に真正面まともに照っていた。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ひたと真正面まともに彼を見ながら、のろのろとあとずさりに隅の方へさがり出したが、叫ぼうにも空気が足りないように、声は少しも立てなかった。
西から真正面まともに吹き颪したのが、暫らくして北の方から落して来た。やがて、風は山を離れて、平野の方から、山に向つてひた吹きに吹きつけた。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
探偵と真正面まともに視線を触れ合わせずに、ペンを握ったその指先だけに眼を留めているということが、どんなに私の心をしてこの言いにくいことをも
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
わたし生命いのちがけの旅行に連れ出して行った男にソックリなんですもの……の高さと色が違うだけで、真正面まともから見ているとホントに兄弟かと思う位よ。
支那米の袋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「つまり心の何処どこかにちよつと忍ばせて置いた小つちやなことから大きな秘密が生れることにもなるのだわね。」と云つて今度は真正面まともに彼を凝視した。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
それは雪洞の灯を掻き立てようとしたのであろう、お筆は雛段の方に少しにじり寄っていて、半ば開いた口が、べにの灯を真正面まともにうけていたからだった。
絶景万国博覧会 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
向うから小さな人影が来た、生きて動いて、何か帽子に幽かな円光をてて。陽を真正面まともに受けたのであった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
子供は此方こっちへ振りむいた。今まで炉の前にしゃがんでいたのが、燈火あかり真正面まともにうけてひょいとちあがったところを見ると、それが背高のっぽうのジャッケに酷似そっくりではないか。
生さぬ児 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
烈しい日の光は真正面まともに射して、飛んで来る球のかたちすら仙太の目には見えなかつたのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
すると霊岸町れいがんちょうの手前で、田舎丸出しの十八、九の色のあおい娘が、突然小間物店こまものみせひろげて、避ける間もなく、私の外出着の一張羅いっちょうら真正面まともに浴せ懸けた。私はせんすべを失った。
深川の散歩 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いっそ馬鹿とか白痴たわけとか云われたのならば、清吉も左ほどには感じなかったかも知れないのですが、ふだんから自分も苦にんでいる自分の弱味を真正面まともから突かれたので
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
てれ隠しに恐々こは/″\それをも窺いてみると三畳位ゐで、而かも日が真正面まともに当つてゐる。
岬の端 (新字旧仮名) / 若山牧水(著)
あの白帆が、だんだんこちらへ風に追われて来て、真正面まともにこの村のみさきへ吹きつけられ、岩の上に打ちあげられて、そこに難破するのではなかろうかと為吉は自分で作った恐怖におそわれるのでした。
少年と海 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
昼の怖い小父おじさんの顔を、真正面まともに見たからである。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
庄三郎はその様子を真正面まともから見やったが
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
草履取の中間が真正面まともから賞め立てた。
仇討三態 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
何日いつであったか寝床を出て鉢前の処の雨戸を繰ると、あの真正面まともに北を受けた縁側に落葉交りの雨が顔をも出されないほど吹付けている。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
合理化の一つの条件として、例えば労働時間の延長を断行しようとする場合、それが職工たちの反感を真正面まともに買うことは分り切っている。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
そして、何気なく彼女がこちらに向けた顔と、レンズを透してばったり真正面まともに会った時、中野は思わず、低くはあったが
地図にない島 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
西から真正面まともに吹きおろしたのが、暫らくして北の方から落して来た。やがて、風は山を離れて、平野の方から、山に向ってひた吹きに吹きつけた。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
こんな話を聞かされて私たらずとも真正面まともに信じ得る人間が幾人あったであろうか? 気品が高いとか眼鼻が整っているとかいうのならばともかくも
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
けれどももし真正面まともに顔を合わせて、又悪魔と間違えられでもしては大変と思いましたから、そっと扉に隙間を作ってそこからそっと眼ばかり出して様子を見ておりました。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
初めは誰だってピストルを真正面まともに見る勇気もあるまいが、一度決心がつくと、おそらくそのピストルから眼が離せなくなって、魅せられたようにじっとそれを見つめるだろう。
ピストルの蠱惑 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
ちやうど真正面まともにその光線の方へ向つて走つてゐる庄造は、鋼鉄のやうにぴか/\光る舗装道路の眩しさを避けて、俯向き加減に、首を真横にしながら、森の公設市場前を過ぎ
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
この次郎左衛門に意趣遺恨があったら、どうぞ遠慮なしに真正面まともからぶつかって来て下さい。ようござんすか。なんでもまともから男らしく……薄っ暗い所で卑怯な真似をしないで
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
するとたちま河岸かしの方からさっとばかり真正面まともに吹きつけて来る川風の涼しさ。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
親分藤吉一流の手だ、こう真正面まともにどやしつけられては、江戸っ子の手前勘次と彦兵衛、即座に仏頂面ぶっちょうづらを忘れて、勇みに勇んで駈け出さざるを得ない。彦の合羽の裾をくわえて、甚右衛門が先に立った。
春はいま梅花の盛り七面鳥が風おこるたびに真正面まとも向きて来る
風隠集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
その入り込んだ蔭になっていたボートのともに、これこそ全く思いもかけなかった少女が独り、真正面まともにこちらを向いたまま腰をおろしているのである。
植物人間 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
しかも探偵はまだ凝乎と真正面まともに私と眼を見合ったままなかなか容易に口を開かぬのであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
ちやうど真正面まともにその光線の方へ向つて走つてゐる庄造は、鋼鉄のやうにぴか/\光る舗装道路の眩しさを避けて、俯向き加減に、首を真横にしながら、森の公設市場前を過ぎ
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
死人のような青い顔をして、私の寝台の前に突立った彼は、私の顔を真正面まともに見得ないらしく、ガックリと頭をれた。間もなく長い房々した髪毛かみのけの蔭からポタポタと涙をらし初めた。
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
すると、男はゆったりと女房の方へ向き直り、その眼の中を真正面まともに見すえて
生さぬ児 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
春まひる真正面まともの塔の照りしらむ廻縁ゆか高うしてしづかなる土
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
女あるじは真正面まともに私の顔を見て
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
途端にもし私が身をねじらなかったならば、私は風を切って飛んで来たその重い物体を真正面まともに身に受けて向うより先にこちらがけ反らなければならなかったであろう。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
ちょうど真正面まともにその光線の方へ向って走っている庄造は、鋼鉄のようにぴかぴか光る舗装道路のまぶしさを避けて、俯向うつむき加減に、首を真横にしながら、森の公設市場前を過ぎ
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
呉一郎は真正面まともに太陽に向けた顔をニッコリとさせながら、その玉を黒い兵児帯へこおびの中にクルクルと捲き込んだが、大急ぎで裾をからげて前にかがみながら、両手でザクザクと焼けた砂を掘返し初めた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
山は暮れぬましぐらにはしる自動車の真正面まともの空の宵の満月
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
確かに私と真正面まともに顔を合わせながら、懐かしむどころか! 涼しいひとみに、憤りともうらみとも付かぬ非難の色をうかべて、涙ぐみながら唇をみ締めて、じっとにらみ付けているのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
が、それきり声が聞えて来る様子がないので、書きさしの日記帳を卓の上に置き、立って病室に行ってみた。病人は静かに仰向いて、顔を真正面まともに天井に向けて寝ているようであった。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
事務員風の男は頭蓋骨をメチャメチャに砕かれていたが、その悽惨な死に顔は、真正面まともに眼を当てられない位であった。その枕元に突立った三人は、無表情に弛んだ真青な顔を見交すばかりであった。
オンチ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
げて伏戸に闖入ちんにゅうし鉄瓶の口を春琴の頭の上にかたむけて真正面まともに熱湯を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
真正面まともにカ氏の顔を眺めているにも忍びぬ気がしたのであった。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)