疲憊ひはい)” の例文
ボンバルダの家の前まで来ると、力つきて疲憊ひはいした馬は、もうそれ以上進もうとしなかった。そのためまわりに大勢の人が集まった。
そこを、空腹と、過労と、疲憊ひはいの極に達した彼等が、あてもなくふらついていた。靴は重く、寒気は腹の芯にまでしみ通って来た。……
(新字新仮名) / 黒島伝治(著)
が、次の歴史の時間になつたら、私の頭は疲憊ひはいし切つてゐた。それに一夜漬の諳記では迚も立派な答案が書ける譯はなかつた。
受験生の手記 (旧字旧仮名) / 久米正雄(著)
かかる疲憊ひはいした文明を、この瀕死ひんしの小さなギリシャを、一掃しつくすような大砲のとどろきが来るのを、クリストフは期待していたのである。
それを如何いかんというに、この時洋中ようちゅう風浪ふうろうあらくして、予がほかに伴いたる従者じゅうしゃは皆昏暈こんうん疲憊ひはいして、一人もつことあたわず。
とき女房にようばう非常ひじやう疲憊ひはいしてたが、我慢がまんをするからといつたばかりに卯平うへいはぐつとちかられてした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
性質なのだろうか、習慣なのだろうか、いや性質と習慣を分けることはできないだろうが、明らかな疲憊ひはいとその陽気さとのギャップはいささか異様でいたましかった。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
というのは親子夫婦共働きょうどうし、雪をんで家に帰れば身体すでに疲憊ひはいし、夕食を終ればたがいに物語るだけの元気もせ、わずかに拾ったたきぎに身をあたため、あんむさぼるがごときはい
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
大都市は、海にむかって漏泄ろうせつの道をひらいている。その大暗渠あんきょは、社会の穢粕かす疲憊ひはいとを吸いこんでゆく。その汚水は、都市の秘密、腐敗、醜悪を湛えてまんまんと海に吐きだす。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
弟子達の困憊こんぱい恐惶きょうこうとの間に在って孔子は独り気力少しもおとろえず、平生通り絃歌してまない。従者等の疲憊ひはいを見るに見かねた子路が、いささか色をして、絃歌する孔子のそばに行った。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
この有様と、友のおもに現われた疲憊ひはいの色とから、予は彼が前夜中寝床に就かずにいたのだと判断した。その室の構造と装飾とにおける明らかな意匠は、人を眩惑げんわくし驚倒させるということであった。
兵士と工人、これは同一運命を荷っている双生児ではないだろうか? 昼間の憔々いら/\しい労働は、二人を共に極度の疲憊ひはいへ追いこんでいた。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
病気になる前の異常な知的緊張は、今もなお彼を疲憊ひはいさしていたが、そういう緊張のあとにおいては、回復期の倦怠けんたいでさえ一つの休息であった。
極度の努力に彼は疲憊ひはいしつくしていた。今は身体に力がなくて、三、四歩進んでは息をつき、壁によりかかって休んだ。
兩方りやうはう疲憊ひはいしていきほひ消耗せうまうする季節きせつ變化へんくわるまではあらそひはむことがない。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
それは、松木ばかりではなかった。同年兵がことごとく、ふさぎこみ、疲憊ひはいしていた。そして、女のところへ行く。そのことだけにしか興味を持っていなかった。
渦巻ける烏の群 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
それとほとんど同時に両軍の疲憊ひはいを語る珍しい一致であるが、ネーもナポレオンに歩兵を求めてきた。
享楽的な疲憊ひはいした多くの小大家らが使徒だなどとあえて自称してるのは、実におかしなことだ。も少し混ざり物の少ない酒を民衆に注いでやったほうが、はるかによいのだ。
貧窮ひんきう生活せいくわつあひだから數年來すうねんらいやうやたくはへた衣類いるゐ數點すうてんすでの一ぺんをもとゞめないことをつてさうしてこゝろかなしんだ。あせがびつしりとかみ生際はえぎはひたして疲憊ひはいした身體からだをおつぎは少時しばし惘然ぼんやりにはてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
いにしえのパリーにおいては、下水道の中にあらゆる疲憊ひはいとあらゆる企図とが落ち合っていた。社会経済学はそこに一つの残滓ざんさいを見、社会哲学はそこに一つの糟粕そうはくを見る。
身をささげて尽瘁じんすいし、みずから自分の身を疲憊ひはいさし、四方から自分自身を焼きつくし、樹脂の炬火たいまつのようにしばらくのうちに燃えつくしているが、彼の友もその一人だった。
疲憊ひはいしきった白露兵は、銃声にも無関心だった。振りむきもしなかった。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
現代の芸術家らの力を疲憊ひはいさしてる、繊細な技巧などに気をもまないようにしたまえ。君は万人に話しかけるのだ。万人の言葉を用いたまえ。言葉には高尚も下等もないのだ。
彼はもはや悲哀の流れもれつくしたという状態に、疲憊ひはいの最後の一段にあった。悲しみも言わば凝結してしまっていた。人の魂についても、絶望の凝塊とでも言うべきものがある。
数世紀来必要上精力を消費してきて疲憊ひはいしつくし、不動心の境地を渇望しながらそれに到達し得ないでいるそれらの、東方から根こぎにされた人々のうちに、ただ一つのもののみが
疲憊ひはいの極にまたふと探りあてたその問題を、最後に今一度決定的に解決してみようと努めた。自首すべきか? 默しているべきか?——彼は何物をも明瞭めいりょうに認めることができなかった。
じっと椅子いすに腰をかけて、雨にれ頭は重く胸はあえぎながらも、自分と同じように疲憊ひはいしきった音楽の中に浸り込んだ。シューベルトの未完成交響曲の楽句が次々に聞こえてきた。
瀕死ひんしの彼は、あたかも何者かを認めたがように、恍惚こうこつとして身を震わしながら声高に、それらの最後の言葉を発した。言い終えた時に、彼の目は閉じた。努力のために疲憊ひはいしつくしたのであった。
彼らは熱情に欠けてると言ってはいけない。諸君とても、すぐに疲憊ひはいしてしまうではないか。……否、予が説くのは諸君の秩序をではない。予の秩序は諸君のそれと同様のものではない。
翌日、眼がめると眩暈めまいがしていた。飲酒のあとのように疲憊ひはいしていた。しかし心の底には、前夜彼を圧倒した陰惨強力な光明の反映が残っていた。彼はその光明をふたたび輝かせようとした。
けれども彼女は、全然の孤独の中に引きこもってばかりいたし、また不眠の数週間を過ごしたため、心身は疲憊ひはいし神経は荒立っていたので、きわめて不道理な恐怖をも想像しがちになっていた。
積もり積もった疲労にとらえられ、意志の門口で永久にうろついてる奇怪な妄想もうそうにとらえられるのである。クリストフはその未知の闇夜の中に埋もれ、焦慮し疲憊ひはいしながら眼を覚まそうと欲した。
精神はそれからそれへと飛び回って、疲憊ひはいしつくさんとする焦燥のうちに漂っていた。たえず形象が眼にちらついて、眩暈めまいがしていた。彼は初めそれを、過度の疲労と春の日の憔悴しょうすいとのせいにした。
姉よりもずっときれいで、はるかにそしてあまりに繊細すぎる貧血し疲憊ひはいした類型に属していて、父親に似寄っていた。彼は怜悧れいりで、悪い本能に富み、甘ったるい調子で、感情を外に現わさなかった。
沈黙に飢えてるそういう精神疲憊ひはいの状態にあっては