疎林そりん)” の例文
白馬は疎林そりんの細道を西北へ向ってまっしぐらに駆けて行った。秋風に舞う木の葉は、鞍上の劉備りゅうび芙蓉ふようの影を、征箭そやのようにかすめた。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
玉川に遊ぶ者は、みち世田が谷村をん。東京城の西、青山街道を行く里余りよ、平岡逶迤いいとして起伏し、碧蕪へきぶ疎林そりんその間を点綴てんていし、鶏犬の声相聞う。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
この淋れた町の、しかもはずれにあるその測候所の窓からは、人家は勿論耕地も見えず、ただ荒れた原野の向うに、落葉松の疎林そりんが見えただけであった。
ツンドラへの旅 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
斥候せっこうに出た時、小高い丘の疎林そりんの間から下を眺めると、其処そこには白い砂原が遠く連なり、その中程あたりを鈍い刃物色をした冬の川がさむざむと流れている。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
仏印の山林の何たるかも判らないで、何の予備知識もなく、軍の命令で遠征した富岡達は地図の上だけで、平地の松林のやうな疎林そりんを空想して出掛けてゐたのだ。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
そして私たちはまっ黒な林を通りぬけて、さっきのかしわ疎林そりんを通り古いポラーノの広場につきました。
ポラーノの広場 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ず初め、層々とそびえている峰巒ほうらんすがたが現れた。その山が尽きる辺から、落葉し尽くした疎林そりんが淡々と、浮かんでいる。疎林の間には一筋の小径こみちが、遥々はるばると遠く続いている。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
間もなく雀は力強い羽音をたて、澄みきった冬空にりのように静まりかえっているくぬぎ疎林そりんをぬけて、遠くに飛び去った。そして、すべてはまたもとの静寂にかえった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
それはしだいに盛り上って向うに島の中心をなす雄山おやまの柔かいふくらみが眼をきつける、そこら一帯のはんの木の疎林そりん、あたりの畑地にもいっせいに新芽をふきだしているのを見て
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
また辺り一帯には松の疎林そりんがあり、樹間をとおして広々とした田野がみえる。刈入れのすんだところは稲束が積みかさねられ、畔道あぜみちにはすすきが秋の微風をうけてゆるやかになびいている。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
だらだら坂を登り切ると、丘の頂上は喬木きょうぼく疎林そりんとなり、その間を縫うみちを通るとき、暑い午後の日射ひざしは私の額にそそぎ、汗が絶え間なくしたたった。林をぬけると、やや広闊こうかつな草原があった。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
うつくしく疎林そりんくまなく陽はてりぬここにをとこは首くくりせむ
小熊秀雄全集-01:短歌集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
チチ、チチ、と沢千禽さわちどりの声に、春はまだ、とうげはまだ、寒かった。木の芽頃の疎林そりんにすいて見える山々のひだには、あざやかに雪のが白い。
野槌の百 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし針葉樹の疎林そりん灌木かんぼくとの平坦な土地で、見渡す限り一面の湿地帯である。氷河の名残なごりである小さな沼が、この平らな湿地帯の中に、無数に散在している。
アラスカ通信 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
うように、身体を沈ませながら辿たどったが、其処そこに茂っている、夜の目には何とも付かない若い樹木の疎林そりんへまで、辿り付くと、もう最後の辛抱をし尽したように、疎林の中を縫うように
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
車中で、富岡が、ゆき子の手を握り、人目につかないかくしかたで、車窓に乗り出すやうなかつかうで、走り去る疎林そりんを指差し、あすこはベンベン、サオ、ヤウ、コンライ、バンバラと教へてくれた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
遠い疎林そりんの方から、飛鳥のような迅さの物が大庭をぎって、客殿の北端れにある水仕みずしたちの下屋しもやの軒下へさっと隠れこんだようだった。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どこかであぶらの濃い魚を夕餉ゆうげに焼いているとみえる。庭園の疎林そりん泉石せんせきは閑雅だが、立ち迷うけむりは、ひどく実生活を思わせる。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「彭玘の身でございますか。それなら彼の疎林そりんのうちに、きびしく番をつけて、どう暴れても、逃げることはないようにしておきました」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
呆然ぼうぜんと心にみる黒い霧が、三人の歓喜を、一瞬に、吹き荒した。と、その時、あなたの疎林そりんを一群の人が疾走してくる。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それを知ってか、茶堂の水屋にひそんでいた女の影は、さっと、野の生き物みたいに裏の疎林そりんのうちへ消えて行った。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
馬蹄をしのばせて、蕭殺しょうさつたる疎林そりんの中を、忍びやかに進んで行った。万樹すべて葉をふるい落し、はや冬めいた梢は白骨を植え並べたように白かった。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
樗門おうちもんの向うは、疎林そりんにかこまれた別院である。いちめん大地はち落葉で埋まって見え、せきとして、人声もない。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして疎林そりんのそばのささ流れへかがみ込むと、口のなかへ指を突ッこんで、がっと、宵からの酒を吐いていた。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
池の向う側にある疎林そりんの丘には、県立第一中の校舎が夜目にも見えた。自分が希望していてついに入れなかった学校である。その遠い白い壁が妙に気になった。
半兵衛は二人を従えて、疎林そりんの蔭の日なたへ行った。ほかほかと暖かいかやの枯れ草をしとねにして彼は坐った。ふたりの士はその前に泣いたままで平伏している。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「——この林には、家も見えぬが?」彼は疎林そりんの中へ入って行った。まだ葉を持たない痩せた雑木が、どこまで行っても、同じような密度と芝地の肌を見せてくる。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると、岳麓がくろく疎林そりんのほとりに、一廓の宏壮な土塀が見えた。玄徳らをいざないながら、張飛が
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小さな丘の上に、白山神社があり、附近には、疎林そりんが多いので、そうよばれている。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人心地もなく、迷いあるいて、ただ麓へ麓へと、うつろに道を捜していたが、気がつくと、いつか陽も暮れて、寒鴉かんがらすの群れ啼く疎林そりんのあたりに、宵月のはいがほのかにさしかけている。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ありがとう」と、愛想をいって、そこへ向う、疎林そりん小径こみちを歩いて行った。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すぐからめ手門内に入り、前と同じ奥庭の疎林そりんの蔭でまた勝入の前に平伏していた。勝入は、彼が桐油紙とうゆがみづつみから解いてさし出した血痕けっこん生々しい陣刀を受け取って、とつこうつあらためたうえ
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
作兵衛滝さくべえだきの水の音が、疎林そりんの裏あたりにどうとうと夜気をゆすって鳴る。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寺の裏に、疎林そりんがあった。樹の間の細道さえ、銀河の秋はほの明るい。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が——疎林そりんの内に残っていた射手の一隊が、夜明けと同時に発見して
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、薄刃金うすはがねの二ちょうおのをひッさげて、彼女の前へいどみかかった。しかし、かたわら疎林そりんのうちで、ザッと、風の通るような音がしただけで、一丈青の影は、もう李逵りきの目のとどく所にはいなかった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三日目の夕方、車につき添うた一行は、疎林そりんの中をすすんでいた。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やっといただきに近づいた。と見る、疎林そりんの中の杣道そまみちに、青い巨大な平石がある。武松は笠をぬいで仰向けに転がった。寝るつもりでもなかったが酔余すいよこころよさ、いつかすっかり寝こんでしまったものである。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)