渇仰かつごう)” の例文
珍らしい物、珍らしいことを、何よりも好んでいた江戸の人々は大作の放れ業を、大胆さを、渇仰かつごうして、超人のようにとなえ出した。
三人の相馬大作 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
かく日々に切なる渇仰かつごうの念は、ついに彼を駆って伯をしょうする詩を作ることを思い立たしめた。一気呵成、起句は先ず口をいて出た。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
それもカ氏のような黒い印度人の眼から見ればこそ渇仰かつごうに値するかも知れないが、私たちの眼からはやはりふだん見慣れている
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
到底今日の登山客を招致することも、また槍ヶ岳が自然崇拝者の、渇仰かつごうの標的となるようなことも、出来なかったであろう。
上高地風景保護論 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
一体人間の心は自分以上のものを、渇仰かつごうする根本的の要求を持っている、今日よりは明日に一部の望みを有するのである。
教育と文芸 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼等はそれをむさぼり好んで生きている、世間の馬鹿共が見ると、それが、大徳の、達観のと渇仰かつごうする、見方が違っているんだ
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
私は残念ながら、ネネを最後まで満足させることが出来なかったんです、ネネは大勢の人々に讃美渇仰かつごうされる為には、何物も惜しまぬ女ですからね。
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
厳正には万男——渇仰かつごうの的たるマアセルの私生活をこっそりお見せ申すのが、本計画の第一歩でありまするが、前もって特に御注意申し上げたい一事は
その翌る朝——朝のすがすがしい気持をもって、四郎高綱は、渇仰かつごうしていた親鸞に会った。もちろん、親鸞は
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女優として立とうと決心していたほど新代の芸術に対する渇仰かつごうもある婦人が、こういう惨事を引起すに至ったについては何か特別な理由がなくてはならない。
姑と嫁について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
従来僧侶そうりょでさえあれば善男善女に随喜渇仰かつごうされて、一生食うに困らず、葬礼、法事、会式えしきに専念して、作善さぜんの道を講ずるでもなく、転迷開悟を勧めるでもなく
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
の女王気取の狂女を、マリヤ様の再来と信じまして、随喜、渇仰かつごうの涙を流しているところで御座います。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「青春」のモデルに擬せられた氏は、今や小説の主人公も成し能はざることを成し、満天下の文学青年の渇仰かつごうを一身に集めて、空前の栄光を背負つて立つたのだ。
青春物語:02 青春物語 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
こんな清教徒ピュリタン渇仰かつごうを、もろもろの讃詞さんじと共に踏んで立った貞奴の得意さはどれほどであったろう。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
これに帰伏し渇仰かつごうした人の心、それを繋ぎ合わせた船車の新交通がなかったら、おそらくは今日の製炭伝習もなく講話もなく、はるかの国から炭焼さんも入ってこず
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
けれども、この失敗したということが、一層彼女の死に対する狂的な渇仰かつごうを燃え立たせたのである。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
一人の女性を渇仰かつごうする青年達が、類を以て集った、そのグループの中の一員として、おたがい嫉視しっしし乍ら近づき合ったということが、より重大な動機を為していたのだった。
恐ろしき錯誤 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
饀パンに対する渇仰かつごうもさることながら、僕はいま無性に恋愛をしたくなってきた。誰かその道の大家に手ほどきでも頼みたい気持だ。それも大派手なやつをやりたいのだ。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
働き顔に上人の高徳をべ説き聞かし富豪を慫慂すすめて喜捨せしむる信徒もあり、さなきだに平素ひごろより随喜渇仰かつごうの思いを運べるもの雲霞のごときにこの勢いをもってしたれば
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
このことが絶好の教訓いましめとなって、源空は仏道に精進し、そのため次第に位置も進み、やがて一箇寺の住職となり、老年となるや高僧として、諸人に渇仰かつごうされるようになったが
一枚絵の女 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
雨を得た市民が、白身に破法衣やれごろもした女優の芸の徳に対する新たなる渇仰かつごう光景ようすが見せたい。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
本尊の秘仏を厨子ずしに納めて、何人にも直接に拝むことを許さない例は幾らもある。おまえ方のうちに浅草観世音の御本体を見た者があるか、それでも諸人は渇仰かつごう参拝するではないか。
半七捕物帳:21 蝶合戦 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
呂律ろれつの廻らないシューマンに飽き飽きした我らが、コルトーの明皙めいせき鮮麗な演奏に接して、随喜し渇仰かつごうし、立ちどころにレコード万能主義者になったのもまたむを得ないことである。
その熱心な祈祷の中で彼が神に願ったのは、自分の惑いを解いてもらうことではなく、いつも神に対する賛美嘆称の後で、自分の魂を訪れた喜ばしい歓喜の情を渇仰かつごうしたばかりである。
もう大喜利おおぎりという幕間——今日の演技に魅惑しつくされて、新しい渇仰かつごうの熱を上げた男女が、雪之丞の楽屋に、山ほど使物つかいものをかつぎ込み、めいめい一ことでも、やさしい挨拶をうけたそうに
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
何につけても渇仰かつごうされ、ほめられる唯一のきずのないたまのような存在であり、善良な貴女きじょであったのであるから、たいした関係のない世間一般の人たちまでも今年の秋は虫の声にも、風の音にも
源氏物語:41 御法 (新字新仮名) / 紫式部(著)
その世界に何故渇仰かつごうの眼を向け出したか、クララ自身も分らなかったが、当時ペルジヤの町に対して勝利を得て独立と繁盛との誇りに賑やか立ったアッシジのつじを、豪奢ごうしゃの市民に立ち交りながら
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
献身者は全く新たな目標を向うに見つけて未知ののぼる。身心を挙げてすべてに当るより外はない。肉身といえばか弱い。心といってもたなごころに握り得るものでもない。ただあるものは渇仰かつごうである。
渇仰かつごうに似た欲望が、しずかに彼の体を充たして来た。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
「へえ、そうかも知れませんが、やはり芸術は人間の渇仰かつごうの極致を表わしたものだと思いますから、どうしてもこれを捨てる訳には参りません」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
玄蕃を見放した丹後守は、一方に鐘巻かねまき自斎の神技を渇仰かつごうして何とか自藩の指南番に召し抱えたいと思った。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
偶像的にまで渇仰かつごうされようとしているその御本人が、「おれは絵師だ……しかも田舎まわりの絵描きだ」
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一心に能を渇仰かつごうし、欣求ごんぐしつつある。……技巧から魂へ……魂から霊へ……霊から一如へ……。
能とは何か (新字新仮名) / 夢野久作(著)
雨を得た市民が、白身はくしん破法衣やれごろもした女優の芸の徳に対する新たなる渇仰かつごう光景ようすが見せたい。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
世界的なヴァイオリニストに接したことのない、その頃の聴衆は、ただ随喜し渇仰かつごうした。その時帝劇の特等は十五円、一等は十二円、二等でさえ八円であった(三等四円、四等二円)。
村の中央には明神みょうじんさまの御社おやしろと清い泉とがあって村の人の渇仰かつごうを集め、それに養われたと言われる無筆の歌人、漁夫磯丸いそまるの旧宅と石のほこらとは、ちょうど私の本を読む窓と相対あいたいしていた。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
けがれた物質的幸福をのみ渇仰かつごうしている、こういう連中のなかにも、せめて一人ぐらい、僕の老審問官のような人があったと想像してもいいじゃないか、彼は荒野で草の根を食いながら
若き母は、無論、夫であるこの青年の、はつらつたる主義思想を讃美渇仰かつごうしていた。彼女は悪事の助手を勤めることは勿論、夫の命令とあらば、貞操でも売る美しい犠牲的精神を持っていた。
江川蘭子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
この人が綾之助を三田党の随喜渇仰かつごうの的に推称したということである。
竹本綾之助 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
一点のけつ、一寸の曇りもなければ不安の揺ぎもない。真に凡庸ぼんようのありふれた達人使い手のたぐいではない——と心ひそかに重蔵は得知えしらぬ渇仰かつごうたれたのであった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ところが今日まで、今後もそうでしょうが、お雪ちゃんを渇仰かつごうするものはあるけれども、ついぞ手出しをしようとした奴が無い、そこにお雪ちゃんの潔白と、純粋から来るつよみがあるのです
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼を愛するの資格をわれに求むる事は露知らず、ただ愛せらるべき資格を、わが眼に、わがまゆに、わがくちびるに、さてはわが才に認めてひたすらに渇仰かつごうする。藤尾の恋は小野さんでなくてはならぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
拙者は大方の諸君が一日も早くこの宗旨に帰依して、九段の本山の大会に随喜渇仰かつごうの涙を以て臨んで、用いて尽きず施して足らざる事なき大歓喜の至楽をけられむ事を希望してまぬものである。
謡曲黒白談 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と浅からず渇仰かつごうして
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ああ黄蓋こうがいも人を知らずじゃ! こんな似非えせ英雄に渇仰かつごうして、とんでもないことをしてしまったものだ
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
法然はまず三論法相の深義を述べて次ぎに浄土一宗のこと、末代の凡夫出離の要法は、口称念仏くしょうねんぶつにしくものはない、ということを説いた処が二百余人の大衆よりはじめて随喜渇仰かつごう極まりなく
法然行伝 (新字新仮名) / 中里介山(著)
民衆はもとより生活の豊かと安心を渇仰かつごうしているが、といって、放恣ほうしな快楽とか安易な自由とか、そんなものにのみ甘やかされて歓んでいるほどなものでもあるまい。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
常に心のうちで渇仰かつごうし奉る聖徳太子のお救いかもわかりません——その髪一すじの危機に迫った時、忽然こつねんと、弁円のけて入った妻扉つまどから中へ躍りこんできた一頭の黒犬があったのです
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しばしなと、渇仰かつごうの情をのべさせて下さい。私の城へ来て
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)