毀損きそん)” の例文
布団にして敷かれずんば、布団はまさしくその名誉を毀損きそんせられたるもので、これを勧めたる主人もまた幾分か顔が立たない事になる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そういう発見が子供の魂を永久に毀損きそんしたのだ、もしくは生長さしたのだ。多くのものは自棄やけになってしまった。彼らはみずから言った。
ただに一人の兄弟を失ふのみならず社会は何程毀損きそんされるかも知れないと、——先生を殺すものは——必竟ひつきやう先生の愛心だ——アヽ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
他人の商品を毀損きそんしたようで何となく気持が悪い。店の者が横で睨附にらみつけていはしないかと思わず赤い顔をすることもある。
書物の倫理 (新字新仮名) / 三木清(著)
嫁側はいよ/\憤慨して医者の証明を添へ、貞操蹂躙じうりん、名誉毀損きそんで離婚と共に慰藉料請求の訴訟を提訴したものであつた。
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
さればこのうちの一を改むればたちまち全体を毀損きそんするに終る。俳優にして江戸演劇のかつらをつけ西洋近世風の背景中に立つが如きは最もわらふべき事とす。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この一小事のみで既に私を終生、かりに一つ二つの幸福が胸に入つた瞬間でも、立所にそれを毀損きそんするに十分であつた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
此の方面に於ける成功は、人格毀損きそん以外の如何なる結果をももたらさない、とさえ思う。…………私の政治的関心(この島に於ける)が減った訳ではない。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
今はこの画の毀損きそん剥落はくらくした個所によって妨げられることなしにこの画を鑑賞している。しかしこの毀損し剥落した個所が眼にうつらないのではない。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
そうしたってプロテスタント教がその教義史と寺院史とで毀損きそんせられないと同じ事で、祖先崇拝の教義や機関も、特にそのために危害を受けるはずはない。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
学者や芸術家がその純粋の自我を毀損きそんしないで現代の紛々たる俗争の間に立ち得るとはどうしても想われない。
鏡心灯語 抄 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
これを商人にたとえていえば、物品をやすく買ってたかく売りたいというのがその希望であろうが、時に相場が下がったり、品物が毀損きそんしたりしてうまく行かぬ事がある。
予は「奉教人の死」に於て、発表の必要上、多少の文飾をあへてしたり。もし原文の平易雅馴なる筆致にして、甚しく毀損きそんせらるる事なからんか、予の幸甚とする所なりと云爾しかいふ
奉教人の死 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
いま彼は自分の名誉を毀損きそんされるというような安易な不幸に陥ろうとしているのではない。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
名誉毀損きそん、結婚詐欺さぎ、財産横領、器物破壊、家宅侵入、損害賠償、暴力行為、傷害、印鑑・私文書偽造、貞操蹂躙じゅうりん——あらゆる罪名が、にぎやかに、金五郎のうえにつけられた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
私の公の名誉を毀損きそんし、特に銀行で私の地位をぐらつかせることになっていたのです。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
憐愍れんびんから発した峻厳しゅんげん毀損きそん、個人性の承認、絶対的裁断の消滅、永劫定罪の消滅、法律の目における涙の可能、人間に依存する正義とは反対の方向を取る一種の神に依存する正義。
人間はいかほどに卑しくつたなくありとも、天地至妙の調和は、之によりて毀損きそんせらるゝことなきなり。あはれ、この至妙の調和より、万物皆な或一種の声を放ちつゝあるにあらずや。
万物の声と詩人 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
要するに、対伊丹城策は、なるべく味方の兵力を毀損きそんせぬことを前提とし、時日は要しても、まず彼の羽翼うよくぐに全力をかけ、荒木村重をして孤立化せしめる——そういう方針であった。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もちろん標識柱に対しては、それを毀損きそんしたんだから、彼は加害者だけれど
狂い凧 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
まへには此横穴このよこあなまへまで、參詣人さんけいにんせたのであるが、それでは線香せんかうくすべたり、賽錢さいせん投付なげつけたりするので、横穴よこあな原形げんけい毀損きそんするおそれがために、博士はかせ取調上とりしらべじやう必用ひつようから、先日せんじつ警察けいさつ交渉かうしよう
その都度、旧藩士と称する者が太夫元に面会を申し込み、たとえ政岡という烈婦が実在していたとしても、この芝居全体の仕組みは、どうも伊達家の名誉を毀損きそんするように出来ている、撤回せよ
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
今で言ふ屍體毀損きそん、——昔は併しそんな罪名もなかつたのです。
だから女なら女なり、馬鹿なら馬鹿なりに、その体面を維持いじして行きたいと思うんです。もしそれを毀損きそんされると……
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
たとえ西洋文明を模倣するにしても今日の如く故国の風景と建築とを毀損きそんせずに済んだであろうと思っている。
どうもこれは毀損きそんしやすい名画の取り扱い方ではない、大事にしようとする気が足りなさ過ぎるなどと思う。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
今王政一新、四海属目しよくもく之時に当りて、如此かくのごとき大奸要路によこたはり、朝典を敗壊し、朝権を毀損きそんし、朝土を惑乱し、堂々たる我神州をして犬羊にひとしき醜夷の属国たらしめんとす。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
彼は世評を無視し得るほどの強者ではなかった。彼は自分の運命を毀損きそんしただけにとどまらなかった。どこにも仕事を見出さなかった。何事も彼には閉ざされてしまった。
風姿はいさゝか毀損きそんするところなけれど、おのづから痩弱にして顔色も光沢を欠けり。
国民と思想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
内供の自尊心は、妻帯と云うような結果的な事実に左右されるためには、余りにデリケイトに出来ていたのである。そこで内供は、積極的にも消極的にも、この自尊心の毀損きそん恢復かいふくしようと試みた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
何だか、構えている向うの体面を、わざと此方こっちから毀損きそんする様な気がしたからである。その上金の事に付いては平岡からはまだ一言いちげんの相談も受けた事もない。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
孜々ししとして東京市の風景を毀損きそんする事に勉めているが、幸にも雑草なるものあって焼野の如く木一本もない閑地にも緑柔き毛氈もうせんべ、月の光あってその上に露のたま刺繍ぬいとりをする。
もっとも卑怯ひきょうな者こそ、もっとも激しく自殺を卑怯な行ないだと非難する。自殺者が人生からのがれながら、おまけに彼らの利益と復讐ふくしゅう心とを毀損きそんするときには、彼らは狂人のようになる。
本県の中学は昔時せきじより善良温順の気風をもって全国の羨望せんぼうするところなりしが、軽薄けいはくなる二豎子じゅしのために吾校わがこうの特権を毀損きそんせられて、この不面目を全市に受けたる以上は
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「イヤ、彼奴あいつはもうめだ。君も知っているような始末で、ああ見さかいなしに誰でも御座れじゃ、全く名誉毀損きそんだからな。すこし相談したい事があるんだ。とにかくぶらぶら出かけよう。」
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「僕の毀損きそんされた名誉が、回復出来る様な手段が、世の中にあり得ると、君は思っているのか」
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)