しづか)” の例文
アンドレイ、エヒミチはせつなる同情どうじやうことばと、其上そのうへなみだをさへほゝらしてゐる郵便局長いうびんきよくちやうかほとをて、ひど感動かんどうしてしづかくちひらいた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
緑の枝を手折りて、車の上に揷し、農夫はその下に眠りたるに、馬は車の片側にり下げたる一束のまぐさを食ひつゝ、ひとりしづかに歩みゆけり。
直道はと振仰ぐとともに両手を胸に組合せて、居長高ゐたけだかになりけるが、父のおもてを見し目を伏せて、さてしづかに口を開きぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
おくみはやがてそれを銀色の盆へ載せてしづかに持つて上つた。平つたい壜にはお酒は余り沢山も残つてゐなかつた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
廿年つとめられ只今以て三人扶持ふちづつ參る故しづか消光くらすのが望みなりとて馬喰町馬場に隱居して居給ふと委細ゐさいはなしけるを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
汝この事をもて常に足の鉛とし、汝の見ざるしかいなとにむかひては疲れし人の如くしづかに進め 一一二—一一四
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
汝ここを去らずして一三二しづかに此の句のこころをもとむべし。意解けぬるときは、おのづから一三三本来の仏心に会ふなるはと、一三四念頃ねんごろに教へて山を下り給ふ。
茶山は女姪ぢよてつ井上氏を以て霞亭にめあはせ、しづか菅三万年くわんさんまんねんの長ずるを待たうとした。即ち「中継」である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
二人は遠眼にそれを見ていよ/\焦躁あせり渡らうとするを、長者はしづかに制しながら、洪水おほみづの時にても根こぎになつたるらしき棕櫚の樹の一尋余りなを架渡して橋として与つたに
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
此方こなたして近づく人の跫音あしおとに、横笛手早く文ををさめ、涙を拭ふひまもなく、忍びやかに、『横笛樣、まだ御寢ぎよしんならずや』と言ひつゝ部屋へやの障子しづかに開きて入り來りしは、冷泉れいぜいと呼ぶ老女なりけり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
ドユパンはこの詞の後の半分を小声でゆつくり言つて、しづかに立つて戸口に往つてぢやうを卸して、鍵を隠しに入れた。それから内隠しに手を入れて拳銃を出して、落ち着き払つてそれを卓の上に置いた。
われは二あし三あし進み入りぬ。されど谺響こだまにひゞく足音あのとおそろしければ、しづかに歩を運びたり。先の方には焚火する人あり。三人の形明に見ゆ。
かれ書見しよけんは、イワン、デミトリチのやうに神經的しんけいてきに、迅速じんそくむのではなく、しづかとほして、つたところ了解れうかいところは、とゞまり/\しながらんでく。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
やがて帰来かへりきにける貫一は二人の在らざるを怪みてあるじたづねぬ。彼はしづかに長き髯をでて片笑みつつ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
一日あるひ侯は急に榛軒を召した。榛軒は涎衣ぜんいを脱することを忘れて侯の前に進み出た。上下しやうか皆笑つた。榛軒わづかに悟つてしづかに涎衣を解いて懐にし、てんたる面目があつた。是が二つである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
おくみはしづかに玄関を開けて自分の下駄を履いて、表の門を開けに行つた。その辺もすつかり掃いて敷石に水まで打つてある。郵便受けに手を入れて見たがまだ新聞も来てゐなかつた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
言葉そゞろに勧むれば十兵衞つひに絶体絶命、下げたる頭をしづかに上げつぶらの眼を剥き出して、一ツの仕事を二人でするは、よしや十兵衞心になつても副になつても、厭なりや何しても出来ませぬ
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
ピアツツア、コロンナに伶人の群あり。非常を戒めんと、しづかにねりゆく兵隊の間をさへ、學士ドツトレ、牧婦などにいでたちたるもの踊りくるひて通れり。
彼は長きひげせはしみては、又おとがひあたりよりしづか撫下なでおろして、まづ打出うちいださんことばを案じたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
しづかに女の手を払ひて、御仏の御前にらうがはしや、これは世を捨てたる痩法師なり、捉へて何をか歎き玉ふ、心を安らかにして語り玉へ、昔は昔、今は今、繰言な露宣ひそ、何事も御仏を頼み玉へ
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
になるとかれしづか厨房くりやちかづいて咳拂せきばらひをしてふ。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
柏軒は「何故」と云つて其男を顧みて、又しづかに歩を移した。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
おくみは上へ上つてしづかに寝床を畳んで置いた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)