呼息いき)” の例文
この機を待ち澄ます呼息いきだった。鼓を打つにも「間」は計る、あらゆる芸能にも「間」は必要という。兵法の妙機も「間」にあった。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
静かな小路こうぢうちに、自分の足音あしおと丈が高くひゞいた。代助はけながら猶恐ろしくなつた。あしゆるめた時は、非常に呼息いきくるしくなつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
融川は俯向き首垂うなだれていた。膝からかけて駕籠一面飛び散った血で紅斑々こうはんはん呼息いきを刻む肩の揺れ、腹はたった今切ったと見える。
北斎と幽霊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
波形をなした線、柔らかな呼息いき、そうして丸い形と、高まった頂きを見せた固い乳房が、左枝を焦だたしいまでにそそりはじめた。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
また折々は風の呼息いき、吹くとしもなく辻卷つじまきて
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
そして、自分たちの眼を疑うように、廻廊の上に小次郎を見あげ、声を出すのはおろか、呼息いきも止まったように、身をこわめ合っている。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
静かな小路こうじの中に、自分の足音だけが高く響いた。代助は馳けながら猶恐ろしくなった。足をゆるめた時は、非常に呼息いきが苦しくなった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
呼息いきを肺臓一杯に満たして不安定な感覚を除いてからでないと、意志を実行に移すことが不可能だと云うことなんだ。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
やまうどは何をかもとむ、呼息いきづかひ
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
老公は、楽屋に入って天冠てんかんをとらせ、上の古代紗こだいしゃ舞衣まいごろもをぬぐと、ややしばし、床几しょうぎに寄ったまま、大きな呼息いきをついていた。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
丁寧に礼を述べて穴倉をがつて、人の通る所へ出て見ると世のなかはまだかん/\してゐる。あついけれども深い呼息いきをした。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
それから少し経って、呼息いきが白い煙のように見え始めて来ると、今度はルキーンの服装に気がついた。帽子外套からズボンまですべて護謨ゴム引きの防水着で固め、しかも全身ずぶぬれである。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
呼息いきづまるあたりのけはひ。
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
産婆さんばほそ硝子がらすくだやうなものをつて、さいくちなかつよ呼息いきをしきりにんだが、効目きゝめまるでなかつた。うまれたものは肉丈にくだけであつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
一刀を払って、斬りが、こう刀を衆に示して、据物すえものに向うと、観衆も斬り人の呼息いきと一つになって、しいっとなった。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
の伊佐奈呼息いきたえてぬ。
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
彼のてのひらには細君の鼻の穴から出る生暖かい呼息いきが微かに感ぜられた。その呼息は規則正しかった。また穏やかだった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まだ多少の呼息いきをしているらしく、唇から白い泡が煮えていた。介は、思わず眼をそらした。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いかならむ呼息いきはかよひて
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
産婆は細い硝子ガラスの管のようなものを取って、さい口のなかへ強い呼息いきをしきりに吹き込んだが、効目ききめはまるでなかった。生れたものは肉だけであった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ところが、まだその四人のうちには、薄傷うすでの程度で、多少呼息いきのある者があったとみえ、牡丹色の武者羽織が、ハッと振向くと、そこの死骸から、人魂のように、血まみれな一箇が
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
呼息いきよりほか現實げんじつ世界せかい交通かうつうのないやうおもはれるふかねむりあさとほりであつた。すべてが今朝けさ出掛でがけあたまなかをさめてつた光景くわうけいすこしもかはつてゐなかつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
肥っていて呼息いきが短いので、坂をのぼるときおかしいほど苦しがる彼は、まるで帰りを忘れたような事を云った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうして苦しそうに呼息いきをはずませていました。私は兄さんを連れて、またそろそろ宿の方へ引き返しました。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私はそれを村の男が植木か何かを載せて縁日えんにちへでも出掛けるものと想像した。先生はその音を聞くと、急に瞑想めいそうから呼息いきを吹き返した人のように立ち上がった。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その内細君の御腹おなかが段々大きくなって来た。起居たちいに重苦しそうな呼息いきをし始めた。気分もく変化した。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼らは楽しそうに見えた。お互の呼息いきに酔っ払った彼らは、少しめかけると、すぐ眼を転じて誰かの顔を眺めた。そうしてすぐそこに陶然たる或物を認めた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
思うに教授の呼息いきを引き取ったのは、おそらく余の命が、せこけた手頸てくびに、有るとも無いとも片付かない脈を打たして、看護の人をはらはらさせていた日であろう。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれども呼息いきをするたびに春のにおいみゃくの中に流れ込む快よさを忘れるほど自分は老いていなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
兄さんのはひとを待ち合せるのではありません。自分が呼息いきを切らしてやむをえずにたおれるのです。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
頭を床の間の方へ向けて、左の頬と芥子からしを貼った襟元えりもとが少し見えるところも朝と同じであった。呼息いきよりほかに現実世界と交通のないように思われる深いねむりも朝見た通りであった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
外を歩くと自分の踏む足の下から、熱におかされた病人の呼息いきのようなものが、下駄げたの歯に蹴返けかえされるごとに、行く人の眼鼻口を悩ますべく、風のために吹き上げられる気色けしきに見えた。
三山居士 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いくら鵜呑うのみにしたって咽喉に傷のできっこはあるまいが、その代り咽喉がいっぱいにふさがって、芋が食道を通り越すまでは呼息いきの詰る恐れがある。それを小僧はいっこう苦にしない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
山の中に山があって、その山の中にまた山があるんだから馬鹿馬鹿しいほど奥へ這入はいる訳になる。この模様では銅山どうざんのある所は、定めし淋しいだろう。呼息いきいて登りながらも心細かった。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
呼息いきが切れる。凸凹はますますはげしくなる。耳ががあんと鳴って来た。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
口へてのひらを当てがっても、呼息いきの通う音はしなかった。母は呼吸こきゅうつまったような苦しい声を出して、下女に濡手拭ぬれてぬぐいを持って来さした。それを宵子の額にせた時、「みゃくはあって」と千代子に聞いた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
われらはただ二つのっている。そうしてその二つの眼は二つながら、昼夜ちゅうやともに前を望んでいる。そうして足の眼に及ばざるを恨みとして、焦慮あせり焦慮あせって、汗を流したり呼息いきを切らしたりする。