匕首あいくち)” の例文
真新しい紅白の鈴の緒で縛り上げられた中年者の男が、二た突き三突き、匕首あいくちで刺されて、見るも無慙むざんな死にようをしているのです。
ちょう役人連名で訴えて出ると、すぐに検視の役人が来た。お寅の傷口は鋭い匕首あいくちのようなもので深くえぐられていることが発見された。
半七捕物帳:02 石灯籠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その、美少女の左の胸のふくらみの下には、何時いつ刺されたのか、白い𣠽つかのついた匕首あいくちが一本、無気味な刃をちぬらして突刺っているのだ。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
「いざ、介錯かいしゃく下されい、御配慮によって、万事心残りなく取り置きました」といいながら、左の腹に静かに匕首あいくちの切っ先を含ませた。
恩を返す話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
大刀どすと、棒と、匕首あいくちとが、挟撃きょうげきしてわめき立った。庄次郎は眼の中へ流れこむ汗をこらえて善戦したが、相手の数は少しも減らなかった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
で、匕首あいくちは振り上げたが、敵を切る前に自分の手を、切りそうで切りそうで見ていられない。——と云ったようなあぶなさがある。
前記天満焼 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
むっくり起きあがった源三郎、相変わらず、匕首あいくちのような、長い蒼白い顔に、もの言うたびに白い歯が、燭台の灯にちかちかする。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
登はなんのことかわからなかったが、しばらくして、ゆうべ持っていた匕首あいくちだなと気づいた。角三はそれっきりなにも云わなかった。
書記は仰臥あおむけに倒れて手足を突張り、のどには匕首あいくちが突刺さって、顔色は紫色に変っていた。そして口からは一線の生血がタラタラと流れて
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
「ところが、おおちがいなんだ。殺されたんですよ。殺されたんですよ。どいつかに匕首あいくちでね、ぐさりとやられているんですよ」
右門捕物帖:23 幽霊水 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
次第に扮装ふんそううまくなり、大胆にもなって、物好きな聯想れんそうかもさせる為めに、匕首あいくちだの麻酔薬だのを、帯の間へはさんでは外出した。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いずれも、遊人体あそびにんていで、時間とともに、人数が増える。懐中に、匕首あいくちか、日本刀かを隠してでもいるように、妙な恰好をしている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
かつて学生のころ、重吉は水戸出身の同級生と争って、白鞘しらざや匕首あいくちでおどかされた事があってから、非常に水戸の人を恐れているのである。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
お初、もとより雪之丞の、真の手腕を知っているわけがない——おどして、追っぱらおうとしたが、例の、帯の間の匕首あいくちを、キラリと抜くと
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
匕首あいくちかなんかで一突きにえぐられ、あッと叫ぶ間もなくこときれたのにちがいない。このおだやかな死顔を見ると、その辺の消息が察しられるのである。
お銀様の応対は、いつも懐中に匕首あいくちを蓄えていて、いざと言えば、自分の咽喉元へブッツリとそれが飛んで来るようで、危なくてたまらない。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
二人とも何やら浮かぬ顔色で今までの談話はなしが途切れたような体であッたが、しばらくして老女はきッと思いついた体で傍の匕首あいくちを手に取り上げ
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
戦いが恥ずべきものとなり、剣が匕首あいくちとなるのは、ただ、権利と進歩と道理と文明と真理とを刺す時においてのみである。
私にはなんの匕首あいくちもなく、かの人のパッション疑わず、遠くから微笑ほほえみかけているのに、かなしく思うことございます。
創生記 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そこには銃や、匕首あいくちなどが掛けてあったのです。わたしはまだ一度も使ったことのない、鋭利なダマスク製の曲った匕首をとって、鞘を払いました。
……それは云い知れぬ思いに燃え立つ妖火のような頬の輝やき、眼の光り……と見るうちに懐中ふところ匕首あいくち、抜く手も見せず、平馬の喉元へ突きかかった。
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
いゝ悪党なれば、う云う時の為に懐にどすといって一本匕首あいくちをのんで居るが、それ程商売人の泥的どろてきではありませんから、用意をいたしておりません。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
暗中匕首あいくちを探ぐってぐっと横腹を突くように、栖方は腰のズボンの時計を素早く計る手つきを示して梶に云った。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
地べたにくっつけるお辞儀の繁文褥礼はんぶんじょくれいだ! そんなお辞儀は先刻承知の助だよ! 『唇に接吻、胸に匕首あいくち』とシルレルの『群盗』の中にもありまさあね。
太子は斉から帰ると、側臣の戯陽速ぎようそくを呼んで事をはかった。翌日、太子が南子夫人に挨拶に出た時、戯陽速は既に匕首あいくちを呑んで室の一隅の幕の陰に隠れていた。
盈虚 (新字新仮名) / 中島敦(著)
おれの短銃ピストル匕首あいくちも持って行ってくれ。おれの武器はそれでたくさんだ。おまえも同じように武装して行け。
突然匕首あいくちのような悲しみが彼に触れた。次から次へ愛するものを失っていった母の、ときどきするとぼけたような表情を思い浮かべると、彼は静かに泣きはじめた。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
匕首あいくちが彼の懐で蛇のように鎌首を擡げた。が、彼の姿は、すっかり眠りほうけているように見えた。
乳色の靄 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
瀬川は打懸うちかけを引きながら入ってきたが、その客の前へきて、すらりと脱捨てると、右手に閃く匕首あいくち
傾城買虎之巻 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
これだけは工夫した女優の所作で、手には白金プラチナ匕首あいくちのごとく輝いて、凄艶せいえん比類なき風情であった。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
忠太郎 (紙片を持って、七五郎の懐中から匕首あいくちを抜き取り、それで立木に刺し止めにと起つ)
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
然し毫も屈しないで運動を続け、或時は暴力団に包囲されて、鉄拳で乱打されたり、時には無頼漢に匕首あいくちを擬して追われたりした、真に死生の間を潜り抜けた勇烈の士だった。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
藤三は壁に寄り掛ったままだらりと両手をれた。勇の匕首あいくちが彼の脇腹をえぐったのだ。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
寸分の暇も緩めず理智の匕首あいくち、自我の剪尖きっさきをもって自身の胸元につきつけ/\して自身を急き立て励ますことに慣れて来た私は、いまは木から落ちた猿同様な気持になりました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
あの晩、てめえは何処で何をしていやあがったんだ。お由の胸へ匕首あいくちを差し附けて……
白蛇の死 (新字新仮名) / 海野十三(著)
サントブーヴは古今独歩の評論家であるが巴里パリ大学で講義をした時は非常に不評判で、彼は学生の攻撃に応ずるため外出の際必ず匕首あいくちそでの下に持って防禦ぼうぎょの具となした事がある。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし貴方が三たびスライスつかえて、それ以後の韻律を失ってしまったのは、けっして偶然の事故ではないのですよ。その一語には、少なくとも匕首あいくちくらいの心理的効果があるからなんです。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
懐中ふところに呑んでいた匕首あいくちで、魂限こんかぎり立ち向ったんですが、とてもかないませんでしてね。三人とも半殺しの目に遭わされました。それが原因で逆ずり金蔵は二月ばかり患って死んでしまいました。
怪異暗闇祭 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
けただれた匕首あいくちがわたしの心臓に突き透るように感じる時もあった。
そして一、二の侍は隠し持っていた刀や、匕首あいくちに手をかけた。
火になり、水になり、匕首あいくちになり、毒になる。
囲みは自然に解けて、五六人の荒くれ男、手拭や風呂敷で面体を包んだのが、棍棒、匕首あいくちひらめかして、三方から競いかかりました。
十字架観音 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
小野寺幸右衛門の顔へ向って、匕首あいくちを、抛り投げた。そして、怖ろしい迅さで、近くの露地から何かのやしろの森へ駈けこんでしまった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、その声が呼んだかのように、土蔵の口へ現われたのは、顔に醜い薄痘痕あばたのある、蔵番らしい男であったが、手に匕首あいくちを握っている。
前記天満焼 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼女はその匕首あいくちを身辺から離さないで、最後の最後の用意としていた。そうした最後の用意が、如何いかなる場合にも、彼女を勇気付けた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
六蔵の手は匕首あいくちを握ったままで早縄にかかってしまった。蒼くなってすくんでいる良次郎を見かえって、半七はしずかに立った。
半七捕物帳:20 向島の寮 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
『いや、それにしても……成るほど、あそこに寝るまで手に何も持っていなかったですね……匕首あいくちが落ちていたんじゃないかな』
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
白木綿しろもめんの腹巻の間に、手をさし込んで、匕首あいくちの柄を握りしめながら、じっと、追って来る捕り方たちの様子を覗う闇太郎だ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
匕首あいくちをな。届けたら、けさになって豊太が刺し殺されていたんだ。どれもこれも、おかしなことばかりじゃねえかよ。
彼は直ちに匕首あいくちが自分の咽喉元のどもとへ突き刺さるだろうと観念していると、曲者は一方の腕で何処までも頸をやくしたまゝ、一方の手で二度も三度も顔の上を