頬被ほおかぶ)” の例文
頬被ほおかぶりもよせ。この世の中に生きて行くためには。ところで、めくら草紙だが、晦渋かいじゅうではあるけれども、一つの頂点、傑作の相貌を具えていた。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
女は髪を櫛巻くしまきにして、洗いざらした手拭てぬぐい頬被ほおかぶり、紺飛白こんがすり半纏はんてんのようなものを着て、白い湯文字がまる出しだ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もう一人、あわせ引解ひっときらしい、汚れたしま単衣ひとえものに、綟れの三尺で、頬被ほおかぶりした、ずんぐりふとった赤ら顔の兄哥あにいが一人、のっそり腕組をしてまじる……
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そしてはるかに遠く武蔵一国が我が脚下あしもとに開けているのを見ながら、蓬々ほうほうと吹くそらの風が頬被ほおかぶりした手拭に当るのを味った時は、おどあがり躍り上って悦んだ。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
これは手拭で頬被ほおかぶりをしていましたけれど、その挙動によってもわかる通り、さいぜんからこの辺に忍んで、何か様子を探っていたものらしくあります。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
阿能十は、頬被ほおかぶりをいて、ぽんと払って、顔にかぶり直しながら、長い刀にりを打たせて立ち上がった。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
海向いの村へ通う渡船は、四五人の客を乗せていたが、四角な荷物を背負せおうた草鞋脚絆わらじきゃはんの商人が駈けてきて飛乗ると、頬被ほおかぶりした船頭は水棹みさおで岸を突いて船をすべらせた。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
「ハイハイハイッ。お邪魔でがあすよ。ハイハイハイッ」と馬上なる六十あまりの老爺おやじ頬被ほおかぶりをとりながら、怪しげに二人ふたりのようすを見かえり見かえり行き過ぎたり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
黒足袋くろたびを往来へ並べて、頬被ほおかぶりに懐手ふところでをしたのがある。あれでも足袋は売れるかしらん。今川焼は一銭に三つで婆さんの自製にかかる。六銭五厘の万年筆まんねんふでは安過ぎると思う。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
る年の春、容貌ようぼう見にくからぬ手下五人に命じて熊の毛皮をぬがせ頬被ほおかぶりを禁じて紋服を着せ仙台平せんだいひらはかまをはかせ、これを引連れて都にのぼり
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
田舎いなかの娘であらう。縞柄しまがらも分らない筒袖つつっぽ古浴衣ふるゆかたに、煮染にしめたやうな手拭てぬぐい頬被ほおかぶりして、水の中に立つたのは。
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
頬被ほおかぶりをした強盗らしい男は、いきなり手にした短刀の刃で、美しい妻女の頬を、ピタピタと叩き始めた。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
他のやつは皆へたくそなりとののしり、また、頬被ほおかぶりして壁塗り踊りと称するへんてつも無い踊りを、だれも見ていないのに
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
初阪はつざかものの赤毛布あかげっと、というところを、十月の半ば過ぎ、小春凪こはるなぎで、ちと逆上のぼせるほどな暖かさに、下着さえかさねて重し、野暮なしまも隠されず、頬被ほおかぶりがわりの鳥打帽で
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
黒っぽいあわせの裾を高々とはしおり、毛むくじゃらの素足を丸出しにした四十前後と見える大男が、黒布ですっぽりと頬被ほおかぶりをして、右手にドキドキ光る九寸五分を持ち
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
時に、さすがに、娘気むすめぎ慇懃心いんぎんごころか、あらためて呼ばれたので、頬被ほおかぶりした手拭てぬぐいを取つて、うつむいた。
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
このように寒くては、墨染の衣一枚ではとてもしのぎがたく、墨染の衣の上にどてらをひっかけ、犬の毛皮を首に巻き、坊主頭もひやひやしますので寝ても起きても頬被ほおかぶりして居ります。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
折からあなたの池のあたりに、マッチの火のぱっと燃えたる影に、頬被ほおかぶりせる男の顔は赤くあらわれぬ。黒き影法師も両三箇ふたつみつそのかたわらに見えたりき。因果娘は偸視すかしみ
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
祖父が頬被ほおかぶりとったら、その顔に見とれて、傘かた手に、はっと掛声かけて、また祖父を見おろし、するする渡りかけては、すとんすとんと墜落するので、一座のかしらから苦情が出て
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
このおなじ店が、むしろ三枚、三軒ぶり。かさた女が二人並んで、片端に頬被ほおかぶりした馬士まごのような親仁おやじが一人。で、一方のはじの所に、くだんの杢若が、縄に蜘蛛の巣を懸けて罷出まかりいでた。
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
薄汚れて、広袖どてらかと思う、袖口もほころびて下ったが、巌乗がんじょうづくりの、ずんと脊の高い、目深に頬被ほおかぶりした、草鞋穿わらじばきで、裾を端折らぬ、風体の変な男があって、懐手で俯向うつむいて
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ここへ来た時……前途むこう山の下から、頬被ほおかぶりした脊の高い草鞋わらじばきの親仁おやじが、柄の長い鎌を片手に、水だか酒だか、縄からげの一升罎いっしょうびんをぶら下げたのが、てくりてくりと、畷を伝い
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ながれ案山子かかしは、……ざぶりと、手をめた。が、少しは気取りでもする事か、棒杭ぼうぐいひっかゝつた菜葉なっぱの如く、たくしあげたすその上へ、据腰すえごしざるを構へて、頬被ほおかぶりのおもてを向けた。目鼻立めはなだちは美しい。
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)