阿母おふくろ)” の例文
まして現在の阿母おふくろ様の身になったら、その不釣合も愈よ眼に立つことであろう。若いお内儀さんも可哀そうに思われることであろう。
黄八丈の小袖 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私も、その頃阿母おふくろに別れました。今じゃ父親おやじらんのですが、しかしまあ、墓所はかしょを知っているだけでも、あなたよりましかも知れん。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「お前も亮三郎も、日本におらんけえ、送ってやることもできんかったのだ。こうして実は、阿母おふくろさまの形身分けも、取ってある……」
仁王門 (新字新仮名) / 橘外男(著)
阿母おふくろなんかどうだつていいさ。おれにとつてはお前が阿母おふくろでもあれば、親父おやぢでもあり、この世の中にある限りの大事なものだもの。
そのぼんやりし過ぎた事を言つたのはタゴールの賢い所以ゆゑんで、彼は日本の阿父おやぢ阿母おふくろが余り理想的で無い事をよく知つてゐるのだ。
「退院したらすぐ手紙寄越よこさうぞ、待つとるぞ、阿母おふくろにも上手に言うてな。忘れるな。」と注意を与へてから、残り惜しさうに
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
「家鴨馴知灘勢急、相喚相呼不離湾」何処どこぞへ往ってしまいたいと口癖くちぐせの様に云う二番目息子の稲公いねこうを、阿母おふくろ懸念けねんするのも無理は無い。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
阿母おふくろや女房に向つてはそんな口吻を洩してゐるさうですが、私に向つては、「お父さんダツデヰー」のやうになるよ——なんてからかふんですからな。
夏ちかきころ (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
そうした二つ目としての生活条件だけでもいい加減苦しいところへ、いまの圓朝は阿母おふくろ一人かかえて食べさせていかなければならなかった。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
しかし、男にとって何が辛いと云って、阿母おふくろと細君とにいがみ合われるほど辛いことはないものだ。あれは鋸の歯の間で寝ているようなものだよ。
「俺が酒に酔って帰って来ると、ツベコベいやがって面倒めんどくさいから、蔵ン中へたたきこんで大戸を閉めちゃったら、阿母おふくろまで締めこんでしまって——」
しかし、私と兵さんがうちへかえった時は、四郎次のおっかあが来ていた。そして背の低いけちんぼうの四郎次の阿母おふくろは、兵さんと私を見るとニヤリとした。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
親仁おやじは郵便局の配達か何かで、大酒呑で、阿母おふくろはお引摺ひきずりと来ているから、いつ鍵裂かぎざきだらけの着物を着て、かかとの切れた冷飯草履ひやめしぞうりを突掛け、片手に貧乏徳利を提げ
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そのうちに兵右衛門さまは御病死、後は金三郎様が矢張謡曲と手習の師匠、阿母おふくろ様の鶴江様が琴曲の師匠。
備前天一坊 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
勿論僕は快く彼にそれを与えた上、さらに、恰度持ち合せていた阿母おふくろの片見の金側時計、古風な厚ぼったい唐草の浮彫のしてある両蓋の金側時計を副えて贈りました。
象牙の牌 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
今朝郷里の阿母おふくろから少年の処に『五円』小為替がついた。阿母おふくろが郷里の繩工場で手を冷めたくして稼いで送つてくれた金だ。それがいま懐中にない少年は走り出した。
小熊秀雄全集-15:小説 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
『だから、どうしたつて止す氣にやなれない。年によつては八百フラン取ることもあるし、千二百法取ることもあるが、漁から歸つて貰ふ金は、すつかり阿母おふくろに渡してしまふんです』
これで行く度に阿母おふくろさんが出て来て、色々打ちけた話をしちゃ、御馳走をして帰す。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
するとシュエスターが立って行って、頭をパタパタとたたいて向こうむきにすわらせる。そのうちに一人の子が、群集の中から阿母おふくろの顔を見つけて、急に恋しくなって泣き出した。
先生への通信 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ま、はい殘の人さな。俺の阿母おふくろも然うだツたが、家の母娘おやこだツて然うよ。昔は何うの此うのと蟲の好い熱を吹いてゐるうちに、文明の皮を被てゐる田舎者に征服せいふくされて、體も心も腐らして了ふんだ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
と私は聞きましたが、阿母おふくろは急には口もきけずに私の顔を上の空で眺めながら、何かまじまじと考え込んでいるのでございます。
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
桑の実の小母おばさんとこへ、ねえさんを連れて行ってお上げ、ぼうやは知ってるね、と云って、阿母おふくろは横抱に、しっかり私を胸へ抱いて
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
宵夜中よいよなか小使銭こづかい貸せの破落戸漢ならずものに踏み込まれたり、苦労にとしよりもけた岩公の阿母おふくろが、孫の赤坊を負って、草履をはいて小走りに送って来る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
と、いふのは、「阿父おやぢのやうにあれ」とか、「阿母おふくろのやうにあれ」とか、いふのとは違つて、少しぼんやりし過ぎてゐる。
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
四つ少し前に林之助は帰ったが、阿母おふくろはそれまで帰って来なかった。今夜も林之助は幾らか包んで置いて帰った。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私はこわくてうち這入はいれなかった。四郎次の阿母おふくろが帰って行くと同時に、私と兵さんとは、井戸端の柿の樹に、縛りつけられて、散々にひっぱたかれた。私はひいひい声を出して泣いた。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
親父と二人の阿母おふくろとに、地獄の呪いあれ!……私は堪え難い悲嘆にすっかりおしつぶされてしまって、あげくの果に、声をしのんで嗚咽するのであった、私は寧ろ死んでしまいたかった。
可哀相な姉 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
「それに私は、今夜は中野の阿母おふくろのところへ行つて泊りたいんですから……」
露路の友 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
萬朝はじめ弟子たちが湯へいってしまったあと、八つ下りの夕日の傾きそめたすみだ川の景色を父圓太郎の死後こっちへいっしょになっている阿母おふくろと二人、炬燵に入りながらのんきに眺めていた。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
旁々かたがたお邸を出るとなると、力業ちからわざは出来ず、そうかと云って、その時分はまだ達者だった、阿母おふくろを一人養わなければならないもんですから
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
せっかくのお望みでございますから、私の存じておりますことだけは申し上げましたが、どうぞ阿母おふくろのところはこの辺で御勘弁下さいまし。
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
と言ふのは「阿父おやぢのやうにあれ」とか「阿母おふくろのやうにあれ」とか言ふのとは違つて、少しぼんやりし過ぎてゐる。
その時までは阿母おふくろも別に変った様子もなかった。胸が少しせつないようだと言っていたが、やはりいつものように火鉢の前で襤褸ぼろとじくりなどをしていた。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
下田の金さんとこでは、去年は兄貴あにきが抽籤でのがれたが、今年は稲公があの体格たいかくで、砲兵にとられることになった。当人はいさんで居るが、阿母おふくろが今からしおれて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
阿母おふくろ! といふと僕が何んにも云へなくなつてしまふというふことを、阿母自身が知つてゐるんだ。あの男は前には僕の親父に雇はれてゐたんだが、此頃は阿母を主人にしたものと見える。
村のストア派 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
母はめていた。しかし父はめなかった。私は泣きながら、これは四郎次の阿母おふくろが言い付けたから、家主の手前こんなひどいことを父がするのだと思った。私は心から四郎次と四郎次の母が憎かった。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
けちなことをお言いなさんな、お民さん、阿母おふくろ行火あんかだというのに、押入には葛籠つづらへ入って、まだ蚊帳かやがあるという騒ぎだ。」
女客 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いつかのあの血だらけになった女の人の話を阿母おふくろにもう一度聞いてみようみようと思いながら、つい取りまぎれてそれなりだったのでございます。
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
小児こどもの時から人も通わぬの窟を天地として、人間らしい(?)のは阿母おふくろ一人で、昔物語に聞く山姥やまうばと金太郎とをのままに、山𤢖や猿や鹿や蝙蝠かわほりを友としつつ
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
何故といつて、彼にはイヴの阿母おふくろといふものが居て絶えず口うるさく世話を焼く心配が無かつたから。
「向方を見ろ! 阿母おふくろと女房がやつて来る! 俺の様子を見に来るんだ!」
夏ちかきころ (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
先刻さっきもいう通り、私の死んでしまった方が阿母おふくろのために都合よく、人が世話をしようと思ったほどで、またそれに違いはなかったんですもの。
女客 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
、受け継ぐ時世でもなえし、阿母おふくろさまも、お亡なりなさったで……ちょうどお前は帰って来たし、ええ機会おりじゃから、そういうたんだが。民法も、変っとるでなア
仁王門 (新字新仮名) / 橘外男(著)
おやじが死ぬと間もなく、阿母おふくろはどこへか行ってしまって、兄貴と自分とは孤児みなしご同様に取り残されたのであると云った時には、いたずら小僧の声も少し沈んできこえた。
半七捕物帳:06 半鐘の怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「うむ……それは、ちつとも気がつかなかつたけれど、相変らず阿母おふくろとの間が面白くなくつて——僕は、何時でも玄関には錠を降し放しにして置くんだよ。で、百合さんは、何時帰つて来たの?」
南風譜 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
阿母おふくろが死んだあとで、段々馬場も寂れて、一斉いっときに二ひき斃死おちた馬を売って、自暴やけ酒を飲んだのが、もう飲仕舞で。米も買えなくなる、かゆも薄くなる。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おみよは今年十八で、おちかという阿母おふくろと二人で、この裏長屋にしもたや暮しをしていた。
半七捕物帳:08 帯取りの池 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その方をどのくらい阿母おふくろさまも、お喜びなさるかわかんねえ。……そうせえ、そうせえ
仁王門 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「さうすると物干台見たいなところで親父が顔を剃つてゐるんだ。阿母おふくろは阿母で未だ机の前に坐つてゐるんだ、天井がない襖の蔭なんだね、どつちも斜めに見降せるんだ、恰度土佐絵のやうに。」
鶴がゐた家 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
その妹だね、可いかい、私の阿母おふくろが、振袖の年頃を、困る処へ附込んで、小金こがねを溜めた按摩めが、ちとばかりの貸をかせに、妾にしよう、と追い廻わす。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)