逢瀬おうせ)” の例文
おくみ『ほんにたまさか逢瀬おうせの一夜。その上なにか胸騒ぎがしてすこしでも長くあなたに引添うて、離れとうもござりませぬ』
取返し物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
こうした深刻な関係でなくても、これに類したあぶない逢瀬おうせを作る恋人たちは別れが苦しいものであるから、まして源氏にここは離れがたい。
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
其夜の夢に逢瀬おうせ平常いつもより嬉しく、胸ありケの口説くぜつこまやかに、恋しらざりし珠運を煩悩ぼんのう深水ふかみへ導きし笑窪えくぼ憎しと云えば、可愛かわゆがられて喜ぶは浅し
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
僧三 一つの逢瀬おうせでも、一つの別れでもなかなかつくろうとしてつくれるものではありませんね。人の世のかなしさ、うれしさは深い宿世すくせの約束事でございます。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
はかない恋の逢瀬おうせに世を忘れて、唯もう慕い慕われて、酔いこがるるより外には何も御存じなく、何も御気の付かないような御様子。私は眼前めのまえ白日ひるの夢を見ました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ねえ、わたしをあわれと思って、乳母と二人力をあわせ、何ともして、逢瀬おうせをつくってはたもるまいか?
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
日暮里にっぽり諏訪神社すわじんじゃの境内や、太田おおたが原の真菰まこもの池のそばで、はかない逢瀬おうせを続けていたのでございます
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ただ折々人目を忍んで逢瀬おうせをたのしむくらいにとどめて置くつもりであったが、女の方が非常にまじめで、事件が案外重大になってしまったので、どうするわけにも行かず
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「あのお方様のご保護がなくば、仇敵かたき同志のこの二人の、こういう逢瀬おうせは思いも寄らぬ……や!」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
久々の逢瀬おうせに語りつきせぬ其のを明しまして、一日二日と過ぎます内にはや三月の花見時、向島の引ける頃、混雑の人を掻退かきのけ/\一人の婦人が立花屋へ駈付けてまいりまして
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「ただの一夜を七夕たなばたさまが、それも雨ふりゃ逢わずに帰る。何と逢瀬おうせがあわれやら——」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
もどかしき垣を中なる逢瀬おうせのそれさえも随意ままならで、ともすれば意地悪き人の妨ぐる。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
恋人との逢瀬おうせから帰って来たのは、その日の午後三時頃、丁度格太郎が長持の中で、執念深くも最後の望みを捨て兼ねて、最早や虫の息で、断末魔だんまつまの苦しみをもがいている時だった。
お勢登場 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
浜松にてつか逢瀬おうせ、何処やらにれこみ、志を少し紙にひねつて、彼にも知らさずその袖に投げこんだを、あとで何と言ひしやら聞きたし。大垣の宿屋、家は小さけれど間は奇麗なり。
(新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そのおことば冥加みょうがにあまりて、このがんかならずかなうようと、百日のあいだ人にも知らさず、窟へ日参いたせしに、女夫の桂のしるしありて、ゆくえも知れぬ川水も、うれしき逢瀬おうせにながれ合い
修禅寺物語 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
鈴江は自分のれている岡安と情人じょうじんたる春江とのよい仲に極度きょくど嫉妬しっとをおこし、二人の逢瀬おうせ度々たびたび屋根裏の物置で行われているのを知ったもので、とうとうたまりかねて、春江を殺す決心をした。
電気看板の神経 (新字新仮名) / 海野十三(著)
兵馬はそれを聞いて甚だあきたらない。慊らないのみならず、いまさら浅ましさを感ぜずにはおられません。人の力で自由にされたものに、そっと忍んで逢瀬おうせを楽しむというような気にはなれません。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そうしてその翁は一番の夜明け星となり、二番の夜明け星には飼犬の黒がなったという結末になっていて、これはまだ織女牽牛の、年に一度の逢瀬おうせということとは、結び付けられていないのである。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
でも同じ家に住みながら、何というはかない逢瀬おうせでしょう……。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
いずくとも知らぬ逢瀬おうせ藻塩草もしおぐさ
これはいっそ、そっとこのままにしておいて時のさばきを待つよりしかたがないと、思い諦めて、楽しいようなはかないような逢瀬おうせを続けています。
鯉魚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
初の逢瀬おうせよろこびを、また繰返すことのためには、いまは命も、たましいもと打込んで、はたで眺める母の眼にさえあまる程の、うつけごころとなりおわるのでした。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
なつかしい逢瀬おうせの、互いにねぎらう挨拶を交わす時にも、兄妹ともしあわせな心地につつまれました。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
またの逢瀬おうせの約束やら、これからほかの座敷へ行くつらさやら、とにかく寸鉄すんてつ人を殺すべき片言隻語へんげんせきごは、かえって自在に有力に、この忙しい手芸の間に乱発されやすいのである。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
王命婦がどんな方法をとったのか与えられた無理なわずかな逢瀬おうせの中にいる時も、幸福が現実の幸福とは思えないで夢としか思われないのが、源氏はみずから残念であった。
源氏物語:05 若紫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
朧気おぼろげながら逢瀬おうせうれしき通路かよいじとりめを夢の名残の本意ほいなさに憎らしゅう存じそろなどかいてまだ足らず、再書かえすがき濃々こまごまと、色好み深き都の若佼わこうど幾人いくたりか迷わせ玉うらん御標致ごきりょうの美しさ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
この辺の心理は可也かなり不思議なものだが、併し、昔の物の本などによく例がある、つまり、それは、何人なんぴととも分らぬ男との、夜毎よごと逢瀬おうせは、恐らく、彼女にとって、一つのお伽噺とぎばなしであったのであろうか。
一人二役 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
春江と電気看板の点滅てんめつを合図に逢瀬おうせを楽しんでいたことが忘れられず、今は鈴江と仲のよくなった今日も、毎晩のように十三丁も遠方えんぽうから、あの桃色のネオン・サインをうっとり見詰みつめていたそうで
電気看板の神経 (新字新仮名) / 海野十三(著)
二人の今夜の逢瀬おうせは、それで絶えて、それからの雪之丞は、心の中で、この世の鬼畜の頭目かしらと呪う三斎から、聴きたくもないほめ言葉を受けにゆく外はないのであった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
願わくば神様が私を守り下さいまして私にこのたのしき逢瀬おうせを恵み給わんことを祈ります。あなたも祈りつつ待っていて下さいまし。私は小一里の道を歩行できるようになりました。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
恋人と自分の間に子が生まれてくるということに若い源氏は昂奮こうふんして、以前にもまして言葉を尽くして逢瀬おうせを望むことになったが、王命婦おうみょうぶも宮の御懐妊になって以来、以前に自身が
源氏物語:05 若紫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
それから五日の間、私達はこの不自由な逢瀬おうせを続けた。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
たちまち、恋しい雪之丞に、一目逢わせてくれることがあろうし、さもなくとも、どのような手立てを講じてでも、彼に消息を交わして、逢瀬おうせをたのしむことが出来るであろう——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ここでうれしい逢瀬おうせが得られたと申すものでございます
源氏物語:22 玉鬘 (新字新仮名) / 紫式部(著)