蚊遣かや)” の例文
軒下の竹台に釘抜のように曲った両脚を投げ出した目明し藤吉、蚊遣かやりの煙を団扇うちわで追いながら、先刻さっきから、それとなく聴耳を立てている。
庭の芝生へ毛氈もうせんを敷き、月見の飾り物を前に酒肴しゅこうぜんを置いた。雪洞ぼんぼりをその左右に、蚊遣かやりをかせ、正四郎もふさも浴衣にくつろいで坐った。
その木戸を通って (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
大分もう薄暗くなっていましたそうで……土用どようあけからは、目に立って日がつまりますところへ、一度は一度と、散歩のお帰りが遅くなって、蚊遣かやりでも我慢が出来ず
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
立ち迷うている間にふと縁先の蚊遣かやりの燃え残っているのが眼についた。彼女は蚊遣りのうつわを持って
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二、里見さとみ君の「蚊遣かやり」もまた十月小説中の白眉はくびなり。唯いささ末段まつだんに至つて落筆匇匇そうそううらみあらん。他は人情的か何か知らねど、不相変あひかはらず巧手かうしゆの名にそむかずと言ふべし。
病牀雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
蚊はもう夕暮れには軒に音を立てるほど集まって来て、夜は蚊遣かやり火のけむりが家々からなびいた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
月はだんだん光を増して行って、電灯にもともっていた。目の先に見える屋根の間からは、炊煙だか、蚊遣かやだかがうっすらと水のように澄みわたった空に消えて行く。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それは梅雨つゆもカラリと上った七月の中旬のこと、日も既に暮れてこの比野の家々には燭力しょくりょくの弱い電灯がつき、開かれた戸口からは、昔ながらの蚊遣かやりの煙が濛々もうもうとふきだしていた。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
蚊遣かやりが出る。月がさしこんでくる。あかりがつく。端近はしじかにいると空も見える。風はまったくげて静かな夜となった。熱くもあり蚊もいるが、夜はさすがにあらそわれない秋の色だ。
廃める (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
老人は上田つむぎ万筋まんすじ単衣ひとえの下に夏せのした膝頭ひざがしらをそろえて、団扇うちわ蚊遣かやりの煙を追いながら、思いなしか眼ぶたをしばだたいているのは、除虫菊にむせんだのかも知れない。………
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
うり浸して食いつゝ歯牙香しがこうと詩人の洒落しゃれる川原の夕涼み快きをも余所よそになし、いたずらにかきをからみし夕顔の暮れ残るを見ながら白檀びゃくだんの切りくず蚊遣かやりにきて是も余徳とありがたかるこそおかしけれ。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そのなかには肌脱ぎになった人がいたり、柱時計が鳴っていたり、味気ない生活が蚊遣かやりをいぶしたりしていた。そのうえ、軒燈にはきまったようにやもりがとまっていて彼を気味悪がらせた。
ある崖上の感情 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
あれを刈りに行くものは、腰に火縄ひなわげ、それを蚊遣かやりの代わりとし、襲い来る無数の藪蚊やぶかと戦いながら、高いがけの上にえているのを下から刈り取って来るという。あれは熊笹くまざさというやつか。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
物いはねば狭きいゑうちも何となくうら淋しく、くれゆく空のたどたどしきに裏屋はまして薄暗く、燈火あかりをつけて蚊遣かやりふすべて、お初は心細く戸の外をながむれば、いそいそと帰り来る太吉郎の姿
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
おすえも側に付きっきりで、蚊遣かやりをいたり、汗になった栄二を団扇うちわであおいだり、手拭を水で絞って来たりした。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ものいはねばせまいゑうちなんとなくうらさびしく、くれゆくそらのたど/\しきに裏屋うらやはまして薄暗うすくらく、燈火あかりをつけて蚊遣かやりふすべて、おはつ心細こゝろぼそそとをながむれば、いそ/\とかへ太吉郎たきちらう姿すがた
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
三人の弟子は、縁先で、かやの枯れ木を蚊遣かやりにいていたのである。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あたしも汗をながそう」とおみやは云った、「新さん済まないけれど蚊遣かやりをいてちょうだい、わかるでしょ」
母屋に煙る蚊遣かやりを眺めながら、小次郎は部屋の中に寝そべった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その夜は蚊遣かやりを焚きつぎながら、狭いところへごたごたと寝て、明くる朝は日蔭のあるうちにと早くでかけた。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
銀母屋ぎんほや蚊遣かやからのぼるその燻煙くんえんがその姿を巻いている。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おくみは行燈を明るくし、蚊遣かやりをき、庭に面した障子をあけてから、茶の支度をしに去った。
蚊遣かやりの側から腰をかしかけると、槍組がしらの湯浅五助が
大谷刑部 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
成信はいつもの癖で、蚊遣かやり火をきながら、燈火をひき寄せて夜半すぎまで本を読んだ。
泥棒と若殿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
蚊遣かやりのいてある縁側で涼をいれていると、野口重四郎が廊下づたいにやって来た——道場に附属したこの住居すまいは、十畳と八畳の客間が並び、ほかに居間、寝所、納戸という広い間取で
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「ひどい蚊ではないか」と岡安が下役人に云った、「蚊遣かやりをいてやれ」
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)