脈搏みゃくはく)” の例文
医者が姫君を診察するとき、心臓の鼓動をかたどるチンパニの音、脈搏みゃくはくを擬する弦楽器のピッチカットもそんなにわざとらしくない。
またふとんの中へ手を入れて、泰二君のしばられている手首にさわってみても、脈搏みゃくはくもふだんと変わりはないことがわかりました。
妖怪博士 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いいかえれば、ロマンチシズムのリズムは、彼等の脈搏みゃくはくであり、甘美なる幻想は、彼等の身体を包む雰囲気に他ならないのです。
時代・児童・作品 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その七つの曲線は、彼の健康を評価する七つの条件を示していた。脈搏みゃくはくの数と正常さ、呼吸数、体温、血圧、その他いくつかの反応だった。
断層顔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
生きた人間と死んだ人間とをくらべてみると、生きた人間は身体が温かく、よく運動し、呼吸もすれば、脈搏みゃくはくもあり、また事物を識別する。
我らの哲学 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
脈搏みゃくはくガ微弱デ、一分間ニ九十以上百近クモ打ッテイル。僕ハ裸体ニナッテ浴槽ニハイリ、妻ヲかかエテ浴室ノ板ノ間ニカシタ。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
呼吸、脈搏みゃくはくなど生理的現象でも、すべて生命の法則は一進一退の動きでありますが、霊的生命の活動もまた著しく律動的です。
裏山のがけの下の方には、岸へ押し寄せ押し寄せする潮が全世界をめぐる生命の脈搏みゃくはくのように、をおいては響き砕けていた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
やはり、この和子の五体には、義家からの母御の血——義経よしつね、頼朝と同じな、源家の武士の脈搏みゃくはくがつよくっているらしい。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
獣医は黙ったまま、こんどはメリーの後肢の内股のあたりを握って、懐中時計のおもてを見つめ、メリーの脈搏みゃくはくを数えた。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
「おお、やっと生きかえったかな。わしの大手術の成功じゃ」怪老人は、陳君の屍骸の手を執って、脈搏みゃくはくを数えはじめた。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
若し医家の用語を借りれば、いやしくも文芸を講ずるには臨床的でなければならぬはずである。しかも彼等はいまかつて人生の脈搏みゃくはくに触れたことはない。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし彼女はこの時既に自分の胎内にうごめき掛けていた生の脈搏みゃくはくを感じ始めたので、その微動を同情のある夫の指頭しとうに伝えようとしたのである。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
医者は母に向って食慾の有無とまた咳嗽せきが出るか否かを簡単にきいたばかりで、脈搏みゃくはくも見ず体温も計らず、また患者の胸に聴診器を当てても見なかった。
寐顔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
シナにおいてそれが国民文化の脈搏みゃくはくであったと同じく、日本においてもまたそれは国民文化の脈搏であった。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
脈搏みゃくはくはほとんど感じられないくらいに弱かった。時とするとまったく止まってしまって、ブラウンは一時、心臓の鼓動がやんだのではないかと思って心配した。
笹村は潅腸をやったり、体温や脈搏みゃくはくなどをとりに来る看護婦に、時々いろいろなむずかしいことを訊いた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
すると、やが慄然ぞっとしてねむたいやうな氣持きもち血管中けっくわんぢゅう行渡ゆきわたり、脈搏みゃくはくいつものやうではなうて、まったみ、きてをるとはおもはれぬほど呼吸こきふとまり、體温ぬくみする。
脈搏みゃくはくはやんでいた。三日間その身体は埋葬されずに保存されたが、そのあいだに石のように硬くなった。
きのうの脈搏みゃくはく不整からきょうの結滞。浮腫ふしゅ、チアノーゼ。力弱く数の少い呼吸が見てるうちにときどきとまる。看護婦さんが軽く胸をたたく。と、息を吹きかえす。
母の死 (新字新仮名) / 中勘助(著)
私の脈を見るのにしては、それは少しへんてこな握り方だった。それだのに私は、自分の脈搏みゃくはくの急に高くなったのを彼に気づかれはしまいかと、そればかり心配していた……
燃ゆる頬 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そして、脈へ手を当てると、脈搏みゃくはくは、急であった。自分でも、感じるくらいに、呼吸が烈しく、肩が、自然に動き出した。然し、胃は、それ以上に、熱くなって来なかった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
その後は医者が病人の脈搏みゃくはくの速さを測るのに、かような振子をつかった脈搏計みゃくはくけいというものをつくって、それを使ったそうで、これはなかなかおもしろい事がらだと思われます。
ガリレオ・ガリレイ (新字新仮名) / 石原純(著)
青臭い草の匂がむんむんして、暑い。ミモザの花。羊歯しだ類の触手。身体中を脈搏みゃくはくが烈しく打つ。途端に何か音がしたように思って耳をすます。確かに水車の廻るような音がした。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そのやわらかさ、その温かさ、その弾力、その脈搏みゃくはく! 広太郎の情熱をそそっている。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
もうお脈搏みゃくはくがおりおりとぎれるのだそうだ。いつ落ち入りあそばすかも知れない。無病で高齢のかたの御最後は皆そのようなふうのものだから、たのみにはならないとおっしゃった。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
己はラシイヌを手に持って、当てもなく上野の山をあちこち歩き廻っているうちに、不安の念が次第に増長して来て、脈搏みゃくはくの急になるのを感じた。丁度酒のえいめぐって来るようであった。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そして、いつもそんな時には、額から瞼の上にかけて、重い幕のようなものに包まれてしまって、膝は鉛のように気懶けだるくなり、ホラこんな具合に、眼の中から脈搏みゃくはくの音が聴えてくるのです。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
彼女の心の希望は消えさり、人生の魅力はなくなる。快い運動は心をたのしませ、脈搏みゃくはくを早くし、生命の潮を健康な流れにして血管に送りこむのだが、彼女は一切そういうことをしなくなる。
傷心 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
とまるで象でも見物するような気持でしきりに大きな胸幅やたくましい腕に見惚みとれているのであった。医者は何と言ってると聞くから、熱もないし脈搏みゃくはくも普通だしどこも何ともないと言ってると答えたら
葛根湯 (新字新仮名) / 橘外男(著)
彼の脈搏みゃくはくは毎日熱い血潮で波打っていた。
胎児の蝋細工模型ろうざいくもけいでも、手術中に脈搏みゃくはくが絶えたりするのでも、少なくも感じの上では「死の舞踊」と同じ感じのもののように思われる。
映画雑感(Ⅱ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
僕は大声をあげて博士を抱き起してみたのであるが、博士の身体はグッタリと前にのめるばかりで、もう脈搏みゃくはくも感じなかった。
階段 (新字新仮名) / 海野十三(著)
まず脈搏みゃくはくからして検査しなくてはならん。しかし脈には変りはないようだ。頭は熱いかしらん。これも別に逆上の気味でもない。しかしどうも心配だ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私のからだ中に瀰漫びまんして居る血管の脈搏みゃくはくは、さながら強烈なアルコールの刺戟を受けた時の如く、一挙に脳天へ向って奔騰し始め、冷汗がだくだくと肌に湧いて
恐怖 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
離散した歌劇団の歌手たちにからんだ、頽廃的たいはいてきな浅草の雰囲気ふんいきを濃い絵具で塗り立てた作品の、呼吸の荒々しさと脈搏みゃくはくの強さには、庸三もすっかり参ってしまった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
自分を発露することが幸福であり、自分のうちに普遍的な生命の脈搏みゃくはくを感ずるのが幸福であった。
「今思えば、たしかにあのときすでに日向守の容体には、ただならぬ脈搏みゃくはくがあらわれておった」
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
静かな脈搏みゃくはくをして眠入っている哲丸が、死ぬとは思えなかったが、これまで亡くなった人々のことを思い出すと、夜に入ってからの——この幼い子供が死と闘う悲惨な努力
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
苦痛も熱も呼吸の数もすこしへったが脈搏みゃくはくが九十六にふえた。野菜スープは格別の印象も残らない。林檎りんごの汁は錆色さびいろに濁るのが難である。しかしその栄養価にふさわしい?コクのある複雑な味がする。
胆石 (新字新仮名) / 中勘助(著)
明智はそのそばにひざまずいて、一郎の呼吸と脈搏みゃくはくを調べた。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そうしてまくらもとの時計のチクタクだけが高く響く、あるいは枕に押しつけた耳に響く脈搏みゃくはくを思わせる雑音を聞かせるのもいいかもしれない。
耳と目 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そして誰よりも先に、倒れている婦人の脈搏みゃくはくしらべた。——指先には脈が全然触れない。つづいて、眼瞼まぶたを開いてみたが……もう絶望だった。
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
僕は実際彼女に対して、そんなに熱烈な愛を脈搏みゃくはくの上に感じていなかったからである。すると僕は人より二倍も三倍も嫉妬深しっとぶかい訳になるが、あるいはそうかも知れない。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その感情を彼女は正面まともにながめることを避けたが、しかしそれはいかなる考えにも打ち消されずに、ちょうど顳顬こめかみの重苦しい脈搏みゃくはくのように、いつまでも頭から去らなかった。
汗や涙を拭き取った顔からは血の気が一時に退いて、微弱な脈搏みゃくはくが辛うじて通っていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
振り子のごとき週期的の運動に対する触感と自分の脈搏みゃくはくとを比較して振動の等時性というような事を考え時計を組み立てる事は可能であるかもしれぬ。
物理学と感覚 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
一方、前記要保護人は、収容後十時間をるも未だ覚醒かくせいせず、体温三十五度五分、脈搏みゃくはく五十六、呼吸十四。その他著しき異状を見ず。引続き監視中なり。——”
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それはガーゼを詰め込んだ創口きずぐちの周囲にある筋肉が一時に収縮するために起る特殊な心持に過ぎなかったけれども、いったん始まったが最後、あたかも呼吸か脈搏みゃくはくのように
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ああ、そうだったか。イネ国滅亡の日か。すると、われわれの脈搏みゃくはくにも、今日ばかりはなにかしら、人間くさい涙が、胸の底からこみあげてくるというわけだね」
二、〇〇〇年戦争 (新字新仮名) / 海野十三(著)