糠袋ぬかぶくろ)” の例文
八のふかくしながら、せたまつろう眼先めさきを、ちらとかすめたのは、うぐいすふんをいれて使つかうという、近頃ちかごろはやりの紅色べにいろ糠袋ぬかぶくろだった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
娘は糠袋ぬかぶくろくびから胸、腹からももへと洗いながら、また湯を汲みに立ったりして、前後左右いろいろな角度と姿勢をこちらへ見せた。
追いついた夢 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
鏡台の抽斗ひきだしにしまっておいた糠袋ぬかぶくろなどを取り出し、縁づいてからお袋が見立てて拵えてくれた細い矢羽根の置型おきがた浴衣ゆかたに着かえた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
犬公方いぬくぼうと民間では別名のある五代将軍の綱吉は、ひのきの流れる湯の床に、女性みたいな肌をして、糠袋ぬかぶくろをあてていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山がって段々縫い縮めたから幅が狭く成って居りまする、其の上にお召縮緬めしちりめんの小弁慶の半纒を引掛ひっかけ、手拭糠袋ぬかぶくろを持って豆腐屋の前を通りかゝると
嗚呼悲歌慷慨の政客何ぞ独り排日問題をのみ口にしてジャムを口にせざるや。模造石鹸を棄ててうぐいすの糞か糠袋ぬかぶくろで顔を洗って出直すも誰か亦遅しと言わん。
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「あははは、………年を取ると誰しもみんなああなるんですよ。そう云えばさっき風呂場にあったんで思い出したんだが、相変らず糠袋ぬかぶくろを使うんですね」
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
さなごれたる糠袋ぬかぶくろにみがきあげいづればさら化粧げしようしらぎく、れも今更いまさらやめられぬやうなになりぬ。
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
紺縮こんちぢみ単物ひとえものに、黒襦子くろじゅすと茶献上との腹合せの帯を締めて、ほそい左の手に手拭てぬぐいやら石鹸箱シャボンばこやら糠袋ぬかぶくろやら海綿やらを、細かに編んだ竹のかごに入れたのをだるげに持って
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
傍医師そばいしゃが心得て、……これだけの薬だもの、念のため、生肝を、しょうのもので見せてからと、御前ごぜんで壺を開けるとな。……血肝ちぎもと思った真赤まっかなのが、糠袋ぬかぶくろよ、なあ。
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一つずつかぞえたら、つめかずは、百ちかくもあるであろう。春重はるしげは、もう一糠袋ぬかぶくろにぎりしめて、薄気味悪うすきみわるくにやりとわらった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「新さん」とおみやが勝手から云った、「お使いだてして済まないけれど、そこに糠袋ぬかぶくろがあるから取ってちょうだいな」
黒助稲荷いなりの朝湯には、きまって、露八の大声が聞こえる。夜ごとの酒の脂肪あぶら糠袋ぬかぶくろでこすりたてた露八の顔を見ると、顔に顔がうつるといって、仲之町の芸妓おんなたちが面白がった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と昔は種々いろ/\のものを持って往ったもので、小さい軽石が有りまして朴木炭ほうのきずみ糠袋ぬかぶくろの大きいのが一つ、小さいのが一つ、其の中に昔はうぐいすふん、また烏瓜からすうりなどを入れたものでございます。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
撫肩なでがたの懐手、すらりと襟をすべらした、くれない襦袢じゅばんの袖に片手を包んだおとがい深く、清らか耳許みみもとすっきりと、湯上りの紅絹もみ糠袋ぬかぶくろ皚歯しらはんだ趣して、頬も白々と差俯向さしうつむいた、黒繻子くろじゅす冷たき雪なすうなじ
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
要はお久のそんな言葉を想い出しながら、柱にかけてある糠袋ぬかぶくろを見た。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「なんだって八つぁん、おめえゆめてるんじゃねえか。つめだの糠袋ぬかぶくろだの、とそんなことァ、おれにゃァてんでつうじねえよ」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
年紀としごろで勿論もちろんお手玉ではない、糠袋ぬかぶくろか何ぞせっせとっていた。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
めし平生着ふだんぎに桃色のまきつけ帯、衣紋えもんゆるやかにぞろりとして、中ぐりの駒下駄、高いのでせいもすらりと見え、洗髪あらいがみで、濡手拭ぬれてぬぐい紅絹もみ糠袋ぬかぶくろを口にくわえて、びんの毛を掻上かきあげながら、滝の湯とある
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)