筆太ふでぶと)” の例文
まず普通の病死らしく見えるのですが、唯ひとつ不思議なのは、そのひたいのまん中に『犬』という字が筆太ふでぶとに書いてあるのでした。
半七捕物帳:59 蟹のお角 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
とこ掛軸かけじく筆太ふでぶとに書かれた「平常心」の三字も、今のかれにとっては、あまりにもへだたりのある心の消息でしかなかったのである。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
笠の四方にそう筆太ふでぶとに記してある文字が、だんだん小さく読めないようになる。お久がしきりに杖をかざして帽子に答えているのが見える。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
大方草稿を書きおろ序開じょびらきとして妙な声を発するのだろうと注目していると、ややしばらくして筆太ふでぶとに「香一炷こういっしゅ」とかいた。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
品川堀が西へ曲るとこに来た。丸太を組んだ高櫓たかやぐらが畑中に突立って居る。上には紅白の幕を張って、回向院の太鼓櫓たいこやぐらを見るようだ。北表面きたおもてまわると、墨黒々と筆太ふでぶと
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
小川町辺をがはまちへん御邸おやしきまへ通行つうかうすると、御門ごもん潜戸くゞりど西にしうち貼札はりふださがつてあつて、筆太ふでぶとに「此内このうち汁粉しるこあり」としたゝめてあり、ヒラリ/\と風であほつてつたから
士族の商法 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
葉書一杯いっぱい筆太ふでぶとの字は男の手らしく、高飛車たかびしゃな文調はいずれは一代を自由にしていた男に違いない。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
勿論もちろん此樣こん絶島ぜつたうことだから、けつして立派りつぱ建築たてものではない、けれどなり巨大おほき板家いたやで、もんには海軍かいぐんいへ筆太ふでぶとしるされ、ながき、不恰好ぶかくかうへや何個いくつならんでへるのは
大看板には「南洋軒力水りきすい」と筆太ふでぶとにしるしてある。当時、江戸で有名な講釈師といわず、その下っぱにいたるまで、お角は名前を知っているし、また親しく会ってもいる。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
腰高の油障子に、内部なかの灯がうつって、筆太ふでぶとの一行が瞬いて読める——「御石場番所」
そうして、金箔がぴかぴかして、帳面には大福帳とか大宝恵帳だいほうえちょうなぞと縁喜えんぎよい字で胡粉ごふんの白い所へ、筆太ふでぶとに出し、千両函は杢目もくめや金物は彩色をし、墨汁で威勢よく金千両と書くのです。
辰馬へはたゞ短かく、「余は活き得る途ありと信ず。」と筆太ふでぶとに大きく書いた。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
出立し大坂さしおもむき日ならず渡邊橋向のまうけの旅館へぞちやくしたり伊賀亮が差※さしづにて旅館の玄關げんくわん紫縮緬むらさきちりめんあふひの御紋を染出せしまく張渡はりわたひのきの大板の表札へうさつには筆太ふでぶとに徳川天一坊旅館の七字を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
と、ひときわ筆太ふでぶとに署名されてある。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どの茶屋も軒には新しい花暖簾はなのれんをかけて、さるやとか菊岡きくおかとか梅林ばいりんとかいう家号を筆太ふでぶとにしるした提灯がかけつらねてある。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と云いながら文治郎の二の腕へ筆太ふでぶとに「母」と云う字を書きまして、針でズブ/\突き、刺青ほりものを初めましたが、素人彫りで無闇に突きますから痛いの痛くないのって
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その頃、神田の帯屋小路おびやこうじに、「喧嘩渡世」という不思議な看板かんばんを上げた、いきな構えの家があった。喧嘩渡世と筆太ふでぶとに書いた看板の横には、小さく一行に「よろづ喧嘩買い入れ申し候」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
阪を上って放牧場の埒外らちそとを南へ下り、ニタトロマップの細流さいりゅうを渡り、斗満殖民地入口と筆太ふでぶとに書いた棒杭ぼうぐいを右に見て、上利別かみとしべつ原野げんやに来た。野中のなかおかに、ぽつり/\小屋が見える。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
上に「大岡政談」と筆太ふでぶとに書いて、下に何かゴテゴテと書きつらねてあります。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
小屋のなかでは鉦や太鼓をさわがしく叩き立てていた。和藤内わとうないの虎狩が今や始まっているのである。看板にも国姓爺こくせんや合戦と筆太ふでぶとにしるしてあった。
半七捕物帳:54 唐人飴 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
筆太ふでぶとに書いた紙を馬のくつわに結びつけて、そのまま足曳あしびきを手ばなした作爺さんは、放心状態のお美夜ちゃんとお蓮様の手を引いて……それをとり巻く左膳、源三郎、萩乃、お藤、チョビ安
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
八里半と筆太ふでぶとにかいた行燈の灯がぼんやりとともされるようになると、湯屋の白い煙りが今更のように眼について
半七捕物帳:06 半鐘の怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
わたしがいつでも通される横六畳の座敷には、そこに少しく不釣合いだと思われるような大きい立派ながくがかけられて、額には草書そうしょで『報恩額』と筆太ふでぶとにしるしてあった。
半七捕物帳:35 半七先生 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)