さき)” の例文
「そんじゃ、めしでもって、一休みして、はじめるかの」と、一人は体を起して両手をさきさがりにうんとひろげながら背のびをした。
岩魚の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
私はその女のかんざしを揷した髪の上から鼠色の頭巾を冠つた形がさきの尖つた擬宝珠ぎぼうしゆによく似て居たことを覚えて居る。
(新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
分子はしばらくく。天下は箸のさきにかかるのみならず、一たび掛け得れば、いつでも胃の中に収まるべきものである。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
秋月は富彌の顔を見ながら、水飴を箸のさきへ段々と巻揚まきあげるのを膝へ手を置いて御舎弟紋之丞殿が見詰めて居りましたが、口の処へ持って来るから。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
姉のお恵が、物差しで自分の背中をかきながら、——「そのさきなくなってしまえば、ええんだ。」と、ひやかした。
不在地主 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
ト呼ばれて出て来た者を見れば例の日の丸の紋を染抜いた首の持主で、空嘯そらうそぶいた鼻のさきへ突出された汚穢物よごれものを受取り、振栄ふりばえのあるおいどを振立てて却退ひきさがる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
一寸医刀のさきさわると身体を動かす。動かないようにと言っても、子供だから聞分けがない。動くと切りますよって驚かしたら、泣き出して尚お動いた。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
神戸女学院といへば人も知つてゐる通り、亜米利加生れの女伝道師がたんとゐるところで、その日もつまむだやうなはなさきに眼鏡をかけた女伝道師が三四人、生徒にまじつて聴いてゐた。
心の底浅くして鼻のさきのみ賢き人々、多くは右の二つの諺を引きて、其諺の理に協へるや協はざるやをも考へで、筆を択み道具を論ずるなど重〻しげに事を做すものを嘲るは、世の常の習ひながら
鼠頭魚釣り (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
さてその翌朝になると、番人夫婦が甲斐甲斐かいがいしく立働たちはたらいて、朝飯の卓子テーブルにも種々いろいろの御馳走が出る、その際、昨夜ゆうべの一件をはなし出そうかと、幾たびか口のさきまで出かかったが、フト私の胸にうかんだのは
画工と幽霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
おもしろ半分にまつわるを、白糸は鼻のさきあしらいて
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「今晩あたり来ようものなら、ひと打ちだ」と、台所のすみで鼻のさきを赤くして、おしきせの酒をちびりちびりとやるげなんもあった。
女賊記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
こちらの壁にぴったり食っついて、棒をくうにぶら下げたように、のぞくとさきが見えかねる。どこまで続いてるんだか、どこでしばりつけてあるんだか、まるで分らない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
煮立つたばかりの赤味噌のにほひがうまさうに鼻のさきへ来るのであつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
手をやって払いけようとしたが、そのひょうしに手のさきに生物の温味あたたかみを感じたので、力を入れて握り締めた。
狼の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そのあたりにとびとびにえたベンチには、腰をかけている人の細ぼそと話す声もしていた。中には蛍火ほたるびのような煙草の火で鼻のさきを赤く見せている者もあった。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
お高はその平吉の厚子あつしの下から露出している蒼白あおじろい足さきのちらちらするのを見ていた。そして、その蒼白い足端が見えなくなったところで、ごとごとと云う音がした。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
登は茶の盆をすこし左の方に押しやってから、コップの乗った盆を引き寄せ、それを持ってすこし舌のさきに乗せてみた。それは麝香じゃこうのようなにおいのある強烈な酒であった。
雑木林の中 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「しまった。しっぽのさきに大きな毛があったのを、まだ抜かなかったから、げて往ったのだ」
劉海石 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
太郎左衛門は呼吸いきを殺してその寝顔を見ていたが、やがて、隻手を出して女の右の肩さきにかけ、しずかに揺り起そうとしたところで、その手が不意にしびれて動かなくなった。
切支丹転び (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その時ふふうと云うような何物かが鼻のさきで息をするようなけはいがした。彼はびっくりして右側へ眼をやった。そこには長い長いけだものの顔が二つ三つうっすらと見えていた。
馬の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
伊右衛門初め一家の者が集まって涼んでいると、縁のさきにお岩のような女が姿をあらわして
四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
学生らしい二人の客が出て、扉がちょと締りかけてから、また一人の女が出て来た。出た拍子に扉を引っかけたのか、女の頭から黒い光のあるくしが落ちて、私の靴のさきかすかな音をさした。
妖影 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
藤棚には藤の花房はなぶさがさがって、その花が微暗うすぐらを受けて白く見えていた。両側の欄干には二三人ずつの人が背をもたせるようにして立ちながら、鼻のさきを通って往く人の顔をすかしていた。
女の首 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
公主は白い腕をべ、さきの尖ったくつをはいて、軽く燕の飛ぶように空を蹴って、雲の上までからだを飛ばしていたが、間もなくやめて侍女達にたすけられて下におりた。侍女達は口ぐちに言った。
西湖主 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
塚の背後うしろに天狗杉のあることを思い出した。彼はまた塚を斜に除けて背後うしろの方へ往って手を拡げて探ってみた。大きな樹の幹に其の指さきが冷たく触れた。……たしかに天狗杉だと彼は思った。
魔王物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼はその蛍を見ながら足を止めてステッキのさきを蘆の葉に軽く触れてみた。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
客もその後を受けて石をおろしたが、その指さきは慄えていた。彼はその時二十六歳であった。そのうちに碁が終ってしまった。彼は客と石の吟味をした後に、じぶんの石を碁笥ごけに入れて盤の上に置いた。
八人みさきの話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「枴のさきでもあたったろうよ」
放生津物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)