硬張こわば)” の例文
石川孫三郎の顔は硬張こわばりました。何と言おうと、どう誤魔化ごまかそうと、この悪戯いたずらは、屋敷内に住んでいる者の仕業でなければなりません。
始めからあたまの中に硬張こわばつた道徳を据ゑ付けて、其道徳から逆に社会的事実を発展させ様とする程、本末を誤つた話はないと信じてゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
疳癪の強そうな縁のただれ気味な赤い目をぱちぱち屡瞬しばたたきながら、獣の皮のように硬張こわばった手で時々目やにを拭いて、茶の間の端に坐っていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
達二はどこまでも夢中むちゅうで追いかけました。そのうちに、足が何だか硬張こわばってきて、自分で走っているのかどうかわからなくなってしまいました。
種山ヶ原 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
地雪のおもてが氷のように硬張こわばって、しかも、いつそれが「醜い姉妹アグリイ・シスタア」と呼ばれる次ぎの種類に急変しないとも限らない。
踊る地平線:11 白い謝肉祭 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
それにもかかわらず、私の口から出て来るものは妙に気持が硬張こわばって、まるで喧嘩口調の詰問です。これでは兄の怒るのも、無理はありません。
仁王門 (新字新仮名) / 橘外男(著)
知らずらず手に汗を握り、固唾かたずみ、体じゅうを硬張こわばらせつゝ異様にかゞやきを増して来る彼のひとみの中へ吸い込まれたようになっていると
そして、血の気の失せた顔を硬張こわばらせて、しばらく黙念にふけっていたが、やがて立ち上ると、悲壮な決意をうかべて云った。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
からだ中の血潮ちしおが、ドキドキと逆流ぎゃくりゅうするようだ。とてもジッとしていられない。が、さりとて、妙に体が硬張こわばって、声を立てることも、動くことも出来ない。
香水紳士 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
ぼんやり中腰ちゅうごしになってお由の白い顔を眺めていた土岐健助は、初めて愕然がくぜんと声をあげた。そして、おずおずとお由の硬張こわばった腕を持ったが、勿論もちろんみゃくは切れていた。
白蛇の死 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彦兵衛もいつの間にか乗り出して、細い身体を硬張こわばらせて凝視みつめていた。まったく、力業師として、ちょっとこの右に出る者はあるまいと思われる大石武右衛門だった。
釘抜藤吉捕物覚書:11 影人形 (新字新仮名) / 林不忘(著)
這入って来るなり寝台の上の兄の死体の方に目を馳せたが、その顔は恐怖のあまりひどく硬張こわばっていた。私はなぜか、二郎の姿を見ると急に動悸どうきがはげしくなって来た。
火縄銃 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかし、それだけで正勝はなにかしらひどく硬張こわばって、あとを続けることができなかった。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
松岡は始めてそう謝まるような声音で独り言をしたが、からだが硬張こわばって動かれなかった。
三階の家 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
そして思想のれ目毎に見える彼はもとのように静かで動かない。彼女はそのうちに異常な侮辱を感じて来た。そして硬張こわばった神経の疲労のために泥のように寝入ってしまったのである。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
これをむずかしく言いますと、定義を下せばその定義のために定義を下されたものがピタリと糊細工のりざいくのように硬張こわばってしまう。
現代日本の開化 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「御心配をかけて、どうも済みません」お島はそう言ってお叩頭じぎをしようとしたが、筋肉が硬張こわばったようで首も下らなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
恐ろしい失望とも屈辱ともつかぬ感情が、三人の顔を硬張こわばらせます。定吉にうまうまと担がれた馬鹿馬鹿しさを、つくづく感じ入ったのでしょう。
云い終ると、伸子の全身を硬張こわばらせていた靱帯じんたいが急に弛緩しかんしたように見え、その顔にグッタリとした疲労の色が現われた。そこへ、法水は和やかな声で訊ねた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
毒薬でもあおるような恰好で、そのくせ喉を鳴らして舌めずりしながら流し込んだ強烈なアルコオルの一、二杯がこの男の硬張こわばっていた舌を滑らかにさせたのであろうか
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
折り目から切れて行きそうな地のしっかりした八反のあわせのうえに、これも相当に硬張こわばったものらしく袈裟けさのようにざくざくする帯を、云われないうちに締め直しにかかっていたお久は
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
草加屋伊兵衛は胸に一本の折矢を立てて、板のように硬張こわばって死んでいた。
始めから頭の中に硬張こわばった道徳を据え付けて、その道徳から逆に社会的事実を発展させようとする程、本末を誤った話はないと信じていた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いつも気のそわそわしているお今は、今朝は筋肉などの硬張こわばった顔に、活き活きした表情の影さえ見られず、お増などに対する口も重かった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
平次はいろいろ手を尽して問い試みました、娘のお絹も見るに見兼ねて口を添えますが、一色道庵の顔は困惑に硬張こわばるだけで何の役にも立ちません。
二人はお春の硬張こわばった顔つきを見るなり、黙って応接間へ引き入れて聞いた。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
みしりと音がするほど、関節が窮屈に硬張こわばって、動きたがらない。じっとして、布団の中に膝頭ひざがしらを横たえていると、倦怠だるいのを通り越して重い。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
振り上げた権次の顔は、妙に突き詰めた真剣さに硬張こわばって稀代の醜怪グロティスク潮吹ひょっとこも、もう笑える人相ではありません。
黄金を浴びる女 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
庸三はまだ全くは眠りからめないような気分で、顔のれぼったさと、顔面神経の硬張こわばりとを感じながら、とにかく居住いを正して煙草たばこかしていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
硬張こわばって動けしませんし、眼エあくことすら出来でけしませんので、エエ、腹立つ、どないしてやろ思てる間アにまたいつやらうとうとしてしもて、……そいでも話声まだ長いこと聞えてて
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
月の光のせいか、可愛らしい顔が妙に硬張こわばって、表情にも、調子にも、少年らしさなどはもう微塵もありません。
大江戸黄金狂 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
しで一年どうですね。」などと、お婆さんはお増の顔を見ると、筋肉の硬張こわばったような顔をして言った。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
自然のになろうか、又意志の人になろうかと代助は迷った。彼は彼の主義として、弾力性のない硬張こわばった方針の下に、寒暑にさえすぐ反応を呈する自己を、器械の様に束縛するの愚をんだ。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
有馬屋へ行ってみると、店中の空気はなんとなく硬張こわばって、奉公人達の顔も、恐ろしく取澄ましております。
やがてドクトルはのり硬張こわばった診察着でやって来て、ベッドの傍にひざをついて聴診器をつかいはじめた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
自然の児にならうか、又意志のひとにならうかと代助はまよつた。かれかれの主義として、弾力性のない硬張こわばつた方針のもとに、寒暑にさへすぐ反応を呈する自己を、器械の様に束縛そくばくするの愚を忌んだ。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
平次は砕けた調子でそう言って、ひどく硬張こわばっている相手の女の表情をほぐしてやろうとするのでした。
レコオドをかけたり、瑠美子を踊らせたり、いつもにぎやかな談笑に花が咲いていた。そう聞くと、庸三も自分に対するひところの彼女の硬張こわばった気持もわかるのであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
恐怖と疑惑に打ちひしがれたお勢は、美しい顔を硬張こわばらせてこう言うより外にはなかったのです。
一里半ばかり、鼻のもげるような吹曝ふきさらしの寒い田圃道たんぼみちを、腕車くるまでノロノロやって来たので、梶棒かじぼうと一緒に店頭みせさきへ降されたとき、ちょっとは歩けないくらい足が硬張こわばっていた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
平次の調子が改まったので、主人峰右衛門も思わず引入れられるように、硬張こわばった表情をします。
母親はお島の前では、初めて来た婿にも、愛相あいそらしいことばをかけることもできぬ程、お互に神経が硬張こわばったようであったが、鶴さんと二人きりになると、そんなでもなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
パデレフスキーの指は硬張こわばらないにしても、その思想はもう昔のパデレフスキーではなかった。
顔の筋肉などの硬張こわばったお増は、適当のことばも見つからずに、淋しい笑顔えがお外方そっぽへ向けたきりであったが、その目は細君の方へ鋭く働いていた。そして細君が何を言い出すかを注意していた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
悲しく挙げた顔は塑像そぞうのように硬張こわばって、蒼白い頬は涙のあともなく乾き切っておりました。これは満足しきった人の顔です。しかも、この世の人とも思えぬ美しい顔だったのです。
昨日の晩から頭顱あたまが痛いといってお島はその日一日充血したような目をして寝ていた。髪が総毛立ったようになって、荒い顔の皮膚が巖骨いわっころのように硬張こわばっていた。そして時々うんうんうなり声をたてた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と寝室のドアを叩く音に驚いて、寝巻パジャマ姿の讃之助が飛出すと、廊下の絨毯じゅうたんの上に崩折くずおれた家庭教師の道子は、その不思議に刻みの深い顔を硬張こわばらせて、涙も無く泣きじゃくって居りました。
葬送行進曲 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
少し不養生らしい蒼い顔が、憤怒と月の光に、物凄く硬張こわばって居りました。
裸身の女仙 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
枝の上の余吾之介は、ホッとした心持で、硬張こわばった四肢を伸ばしました。
十字架観音 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
姉に似ぬ美しい顔を硬張こわばらせて、そのつぶらな眼をしばたたくのです。