つか)” の例文
と咄嗟に、私にも蒼空の下には飛び出せない我身の永劫えいごふのがれられぬ手械足枷てかせあしかせが感じられ、堅い塊りが込み上げて来て咽喉のどもとがつかへた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
その十七文字を、上から読んだり、下から読んだり、ドッ、ドッと笑い崩れながら、胸一杯につかえた溜飲を下げて居るのでした。
礫心中 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
その眼でジロリと見られた途端に、滋幹は体がすくんで、口もとに出かゝっていたお父さま、と云う声が、咽喉のどの奥につかえた。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「然うとでも思って諦める外仕方がない。しかし厭なものだぜ。損をするのは。胸に鉛か何かつかえているような心持がする」
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
胸につかへの病は癪にあらねどそも/\床に就きたる時、田町の高利かしより三月しばりとて十圓かりし、一圓五拾錢は天利とて手に入りしは八圓半
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「先づしめたもんだ、わにの口の方でお逃げなすツたといふ奴よ。これで、俺様の天下さ。どれ、穴を出て、久しぶりでのどつかえぬ飯を喰ふとしやうか。」
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
胸がつかえて、この人とも口がけぬ。飛び乗るとスグにアクセルを踏んで、セーゲルフォス丘に向って走らせた。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
五分刈ごぶがりは向き直って「あの声は胸がすくよだが、惚れたら胸はつかえるだろ。惚れぬ事。惚れぬ事……。どうも脚気らしい」と拇指おやゆび向脛むこうずね力穴ちからあなをあけて見る。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
胸さきに、生唾なまつばつかえさせていた武士たちも、その図に乗って、いちどきに、わッと凱歌をあげて引揚げた。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まる咽喉のどほねでもつかへてゐるやうだ』とつてグリフォンは、其背中そのせなかゆすつたりいたりしはじめました。つひ海龜うみがめこゑなほりましたが、なみだほゝつたはつて——
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
そのじろりと視た眼付が眼の底に染付しみついて忘れようとしても忘れられない。胸はつかえた。気は結ぼれる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「わたくし、戸田さまを、お暇になりましてから」なつはのどつかえるような声で、どもり吃り云った
山だち問答 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
小言をきくは覚悟の前で、今日はなんといって言訳をしようか、たゞ厭とばかりは申すことが出来ない、何ういい抜けをしてのがれようかと心配しますれば、胸もつかえて一杯でございます。
供は一人いたが気のうとい間抜けらしく、風摩の死体を駕に乗せ、なにもいわずに三島のほうへ下って行ったということで、やれやれと胸を撫でおろしたが、いちどつかえたおびえは去らず
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「内海さんでもお訪ねしたのかい。」と、母親は馬越の姿を見ると、胸のつかへをおろして云つた。「寢てばかりゐたのに、急に羽織も着ないで出歩いたりしちや身體からだにさはるだらうに。」
仮面 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
今日は万事を御意のまま、さうさへすれば敵が取れると。胸のつかえはおろしても、またさしかかる思ひの種子。かうした様に、こんな身が。おお怖わや、恐ろしや、もうもう重ねては思ふまいと。
したゆく水 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
私はむねにつかえているものが一度に下りた気がした。
こらえに怺えた涙が胸につかえて
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
むねつかへのやまひしやくにあらねどそも/\とこつききたるとき田町たまち高利こうりかしより三月みつきしばりとて十ゑんかりし、一ゑん五拾せん天利てんりとてりしは八ゑんはん
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それで電話をかけるにしても階下の内儀かみさんを裝つて欲しいと千登世に其意を仄めかした時の慘酷さ辛さが新にひしと胸につかへて、食物が咽喉を通らなかつた。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
「冷えてるのはいいが、硬過こわすぎてね。——阿爺おとっさんのように年を取ると、どうもこわいのは胸につかえていけないよ」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それは恐らくは姉ばかりでなく、義兄としても余程胸につかえているに違いなく、邪推をすればそんなことなども、義兄が法事を億劫おっくうがる理由の一つになっているのかも知れないと思えた。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
苦労はかけまじと思へど見す見す大晦日おほみそかに迫りたる家の難義、胸につかへの病はしやくにあらねどそもそも床に就きたる時、田町の高利かしより三月しばりとて十円かりし
大つごもり (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
痛む事おびただしい。此度こんどは仕方がないからにゃーにゃーと二返ばかり鳴いて起こそうとしたが、どう云うものかこの時ばかりは咽喉のどに物がつかえて思うような声が出ない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今日は蛍狩に興じればよいのだ。………こう云う時にくよくよしないのが幸子の癖で、ぐそんな風に気分転換を心がけるのであったが、それでも何も知らずにいる雪子を見ると、胸がつかえた。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
清子の事をく目的で話し始めた津田は、ここへ来て急につかえた。彼は気がさした。彼女の名前を口にするに堪えなかった。その上あとで面倒でも起ると悪いとも思い返した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
同藩どうばん澤木さわぎ言葉ことばのいとゑをたがへぬるとも、此約束このやくそくけつしてたがへぬ、堪忍かんにんせよと謝罪あやまつておあそばしたるとき氣味きみのよさとては、月頃つきごろつかへがりて、むねのすくほとうれしうおもひしに
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
胸につかえているせいでもあった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
自分はこの時始めて、人の海におぼれた事を自覚した。この海はどこまで広がっているか分らない。しかし広い割には極めて静かな海である。ただ出る事ができない。右を向いてもつかえている。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
咽喉のどつかえている鉛のたまが下りたような気持ちがする。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一つはこれが胸につかえていたからであった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「先生はそれで……」と云つたが急につかへた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)