みな)” の例文
実生活の圧迫を逃れたわが心が、本来の自由にね返って、むっちりとした余裕を得た時、油然ゆうぜんみなぎり浮かんだ天来てんらい彩紋さいもんである。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いつでも勢力がみなぎッている天地だ。太陽がいびきをかいてたためしはない。月も星も山も川もなんでも動いていないものはない。
ねじくり博士 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
空には今日も青光りが一杯いっぱいみなぎり、白いまばゆい雲が大きなになって、しずかにめぐるばかりです。みんなは又叫びました。
風野又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
わか血潮ちしほみなぎりに、私は微醺びくんでもびた時のやうにノンビリした心地こゝちになツた。友はそんなことは氣がかぬといふふう
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
言うに言われぬ恐怖おそろしさが身内にみなぎってどうしてもそのまま眠ることが出来ないので、思い切って起上たちあがった。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
さっぱりと眼が覚めて、初秋の未明の爽やかさが身に浸み入るようだ、云いようのないちからが体じゅうにみなぎり満ちて、気持も常になく溌溂はつらつとしている。
恋の伝七郎 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
私は廊下にみなぎる輝かしい光線の為めに、眼球の表面を刺激された挙句あげく、網膜にまだらが出来たような不快な感じを抱いて、再びラオチャンドの室へと這入って行った。
ラ氏の笛 (新字新仮名) / 松永延造(著)
私はこの渋谷町の高台からはるかに下町の空に、炎々とみなぎる白煙を見、足許には道玄坂を上へ上へと逃れて来る足袋はだしに、泥々の衣物を着た避難者の群を見た時には
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
小川が滑るように流れそのせせらぎは人を眠りにいざない、ときたまうずらが鳴いたり、啄木鳥きつつきの木をたたく音が聞えるが、あたりにみなぎる静寂を破る響はそれくらいのものだ。
ものさびしいうちに一種の興味を感じつつもその愉快な感じのうちには、何となしはかなく悲しく、わが生の煙にひとしき何もかも夢という思念が、うしおみなぎりくるを感ずるのである。
紅黄録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
河身を見れば濁水巨巌きょがん咆哮ほうこうしてまさしく天にみなぎるの有様、方等般若ほうとうはんにゃの滝もあったものにあらず、濁り水が汚なく絶壁を落つるに過ぎない。中の茶屋で昼食ちゅうじき。出かけるとまたもや烈風強雨。
何時いつともなくウトウトして居たらしい八五郎は、コトリといふ音に眼を覺したのです。何とも言へない不氣味さが、部屋の中一パイにみなぎつて、頭の上へ何やらノシかゝつて來るやうな心持がします。
乗客は——なり込んで、中には、登山服に身を固めて、アルペンシュトックに頬杖ついたいかめしいのも交じっていたが、——一斉に左の窓にかたまって、あーっと驚きの声が、室の中にみなぎった。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
生命いのちの気みなぎるあした
しやうりの歌 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
そうして明るい家のうちに陰気な空気をみなぎらした。母はまゆをひそめて、「また一郎の病気が始まったよ」と自分に時々私語ささやいた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ハッと思って細川は躊躇ためろうたが、一言ひとことも発し得ない、とどまることも出来ないでそのまま先生の居間に入った。何とも知れない一種の戦慄せんりつが身うちにみなぎって、坐った時には彼の顔は真蒼まっさおになっていた。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
身体からだに活気をみなぎらせようにも、とうてい自己が自己以上に沈着してしまって、一寸いっすんもあがきが取れなかったのである。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その時自分は顛覆返ひっくりかえった炬燵こたつを想像していた。げた蒲団ふとんを想像していた。みなぎる煙と、燃えるたたみとを想像していた。ところが開けて見ると、洋灯ランプは例のごとくともっている。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
刈り込んだひげに交る白髪しらがが、忘るべからざる彼の特徴のごとくに余の眼を射た。ただ血のみなぎらない両頬の蒼褪あおざめた色が、冷たそうな無常の感じを余の胸にきざんだだけである。
三山居士 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
甲野さんは真廂まびさしあおって坂の下から真一文字に坂の尽きるいただきを見上げた。坂の尽きた頂きから、淡きうちに限りなき春の色をみなぎらしたるはてもなき空を見上げた。甲野さんはこの時
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
敬太郎はまた例のはかま穿きながら、今度こそ様子が好さそうだと思った。それからこの間買ったばかりの中折なかおれを帽子掛から取ると、未来に富んだ顔に生気をみなぎらして快豁かいかつに表へ出た。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
実を云うとこの日は朝から食慾がきざさなかったので、吸飲の中に、動く事のできぬほど濁った白い色のみなぎる様を見せられた時は、すぐと重苦しく舌の先にたまるしつい乳の味を予想して
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
みなぎり渡る湯煙りの、やわらかな光線を一分子ぶんしごとに含んで、薄紅うすくれないの暖かに見える奥に、ただよわす黒髪を雲とながして、あらん限りの背丈せたけを、すらりとした女の姿を見た時は、礼儀の、作法さほう
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
神のを空に鳴く金鶏きんけいの、つばさ五百里なるを一時にはばたきして、みなぎる雲を下界にひらく大虚の真中まんなかに、ほがらかに浮き出す万古ばんこの雪は、末広になだれて、八州のを圧する勢を、左右に展開しつつ、蒼茫そうぼううち
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ありがとう」と云う女の眼のうちには憂をこめて笑の光がみなぎる。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)