漠々ばくばく)” の例文
梁山泊りょうざんぱくの賊将、林冲りんちゅう、花栄、秦明しんめい李俊りしゅん孫立そんりゅう鄧飛とうひ馬麟ばりんなど……およそ三千余りが、漠々ばくばくと、これへ近づきつつあります」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
漠々ばくばくたる大虚の中に散乱せる物質は一団また一団相集合して、ついに無数の天体を形造るに至り、我が太陽生れそれに附随する数百の遊星現われ
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
それを合図のように、飛行機は、又漠々ばくばくたるプロペラの響をあげ、呆気あっけにとられている「ウルフ」の一団を尻目に、悠々と空中へ舞い上っていった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
灰色に乾いた漠々ばくばくたる風景の中に、その姿がしだいに小さくなっていくのを、一軍の将士は何か心細い気持で見送った。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
その夜は珍らしく雪が晴れて、雲間から淋しい冬の月が洩れている……一望いちぼう漠々ばくばくたる広野の積雪は、寒い冴えた月の光りをんで薄青く輝いていた。
北の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
紅葉の『色懺悔』は万朶ばんだの花が一時に咲匂うて馥郁ふくいくたる花の香に息のつまるような感があったが、露伴の『風流仏』は千里漠々ばくばくたる広野に彷徨して黄昏たそがれる時
以上三点の区別より推測するに、死後の霊魂なるものは、実に空々くうくう漠々ばくばく渺々びょうびょう蕩々とうとう、苦もなくまた楽もなく、知もなくまた意もなきありさまならざるべからず。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
と同時に足の向いてる先は漠々ばくばくたるものだ。この漠々のうちへ——命のあらん限り広がっているこの漠々のうちへ——自分はふらふら迷い込むのだから心細い。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まずそこまで着きまして、そこで私は東北の方を眺めてまたその漠々ばくばくたる広い谷をえて遙かの東北に当る雪の山が、その雲の中に見えつ隠れつして居る様をた。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
アレヨ、アレヨと騒ぎ立つ海岸の群集を尻目に、悪魔の飛行機は、みずから描いた煙幕文字に隠れて、見る見る機影を縮め、漠々ばくばくたる水天一髪すいてんいっぱつ彼方かなたに消え去ってしまった。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
半眼にみひらいたこのものは、人をみているのか、人の背後の漠々ばくばくたる空間をみているのか不分明である。人間を無視したような腹だたしいまでの沈黙が私を疎遠そえんにさせた。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
茫々ぼうぼうたる過去と、漠々ばくばくたる未来の間に、この一瞬いっしゅんの現今は楽しい実在じつざいであろう。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
やがて一行はおうぎ形に開く河口から漠々ばくばくとした水と空間の中へ泳ぎ入った。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
漠々ばくばく、立ちこめる硝煙しょうえんれるを待たず、次には、間髪をいれず、鉄槍鉄甲の武者が敵へ向って、その下をいくぐっていた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
昼は満天の漠々ばくばくたる雲が海を蔽い夜は底しれぬ暗黒が海を包む光景を親しく観て、この形容の荘大、優美にしてかつ如実なるを悟り得るのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
わけを聞かないでは、誰も信じられないだろう。艇外は漠々ばくばくたる宇宙だ。死なない者なんてあるだろうか。
月世界探険記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
日ごとにあごの下に白くなる疎髯そぜんを握ってはむかしを思い出そうとする。昔しは二十年の奥に引きこもって容易には出て来ない。漠々ばくばくたる紅塵のなかに何やら動いている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
李陵自身毎日前山の頂に立って四方をながめるのだが、東方から南へかけてはただ漠々ばくばくたる一面の平沙へいさ、西から北へかけては樹木に乏しい丘陵性の山々が連なっているばかり
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
漠々ばくばくとして四辺あたりには一人の影も認めなかった。
北の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
すでに夷境へ近づくと、山川の気色も一変し、毎日狂風が吹き荒れて——いわゆる黄沙こうさ漠々ばくばくの天地が蟻のようなこの大行軍の蜿蜒えんえんをつつんだ。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
思う間もなく色のあるものは、濁ったくうの中に消えてしまう。漠々ばくばくとして無色のうちに包まれて行った。ウェストミンスター橋を通るとき、白いものが一二度眼をかすめてひるがえった。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
漠々ばくばくとして白雲はふかい。淙々そうそうとして渓水たにみずの音はむなしい。母親の乳ぶさから打ち捨てられた嬰児あかごのように、城太郎は地だんだを踏んで泣きわめいた。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「はあ、そうかい。そりゃあ」と漠々ばくばくたる挨拶あいさつをした。挨拶が漠々たると共に、部屋のなかも朦朧もうろう取締とりしまりがなくなって来る。今宵は月だ。月だが、まだがある。のに日は落ちた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
とでも呼びかけたら、雲はみな猿となり、猿はみな雲とって、漠々ばくばく、昇天し去って行くかもしれない。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
白きかぶと挿毛さしげのさとなびくあとに、残るは漠々ばくばくたるちりのみ。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この日ごろから、すぐそこらの揖保いぼ飾磨しかまの山々も、白い雲か霧かの中に、漠々ばくばくと、見えなくなった。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わだちが、すさまじい地ひびきを立て、そして、漠々ばくばくと、黄いろい土ぼこりを、群衆の上へ舞わせた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
のみならず、西海の反師直がたも、みなその一幕下に凝集ぎょうしゅうされ、尊氏の意図は、かえって思いもしなかった自分からの離反者を漠々ばくばくたる彼方に見出だす結果となっていた。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
漠々ばくばくたる密雲に、夕陽がしているような有様。深い穴蔵あなぐらの底へ万吉の声がひびいた。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると漠々ばくばくたる雲の海から、黒い山脈の背骨せぼねがもっこりと見えだした。竹童はどうにかして、ここから降りようと苦策くさくを案じ、いきなり手をのばしてわしの両眼をふさいでしまった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それと遊軍の騎兵三百ずつが、両軍のあいだを、漠々ばくばくと、駒のひづめを鳴らして出た。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三十六峰のふところに重たく眠り臥している白雲の群れが、にわかに、漠々ばくばくと活動を起してそらに上昇しはじめたのを見ても、天地はじゃくとした暁闇ぎょうあんのうちにすでに「偉大なる日課」へかかっていることが分る。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それッ」と、千余騎をそろえて、漠々ばくばくと馳けはしって行った。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
漠々ばくばくの戦塵はここに揚り、刻一刻、その領域はおかされた。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのとき、前方から、漠々ばくばくと馬けむりが近づいて来た。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
パチリ、パチリ、たちまち戦雲漠々ばくばくとしてきた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
行くての山、行くての雲、ただ漠々ばくばくな感だった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
漠々ばくばくの人馬一陣
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)