深更しんこう)” の例文
初冬の深更しんこうのこと、雪明りを愛ずるまま写経しゃきょうに時を忘れていると、窓外から毛の生えた手を差しのべて顔をなでるものがあった。
閑山 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
昨夜深更しんこう、主人の許へ、伊勢の衆二名、駈け込み、かくかくと事の顛末てんまつを告げおりました。津川玄蕃の家来とか聞きました。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その夜、私たちは宿で少し酒を飲み、深更しんこうまで談笑し、月下の松島を眺める事を忘れてしまったほどであったのである。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
永「何うよったじゃア、深更しんこうになってまア其の跣足で、そないな姿なり此処こゝへ来ると云う事が有るかな、困ったもんじゃア、此処へ来い、何うした」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
本庁の方へは深更しんこうに及んでも「痣蟹ノ屍体ハ依然トシテ見当ラズ、マタ管下カンカニ痣蟹ラシキ人物ノ徘徊ハイカイセルヲ発見セズ」
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
他なし、深更しんこう人定まりて天に声無き時、道に如何なるか一人の女性に行逢ゆきあいたる機会これなり。知らず、この場合には婦人もまた男子に対して慄然たるか。
黒壁 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
水曜日から木曜日にかけての深更しんこう、某街四十番地所在の家屋に住む者は連続的に二発放たれた銃声に夢を破られた。銃声の聞えたのは何某氏の部屋だった。
ただ三月三十一日の深更しんこうということを記憶している読者のみが作者のトリックを観破し得るのである。
現下文壇と探偵小説 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
午飯ひるめしのテエブルについた時、ある若い武官教官が隣に坐っている保吉やすきちにこう云う最近の椿事ちんじを話した。——つい二三日前の深更しんこう鉄盗人てつぬすびとが二三人学校の裏手へ舟を着けた。
保吉の手帳から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
深更しんこうよりものしずかで、いずれよからぬ場所へ通う勤番者きんばんもののやからであろう、酔った田舎いなか言葉が声高におもて通りを過ぎて行ったあとは、また寂然ひっそりとした夜気があたりを占めて
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼女は毎夜深更しんこうに家を抜け出しては、あだかも夢遊病者のするように、諸方を歩き廻った。
血の盃 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
元日の深更しんこうに俥屋は客待ちをしていない。巡査は俥屋を叩き起すのに手間を取った。矢張り酔っていて出渋るのをお願い申して現場へ来て見ると、片岡君は溝の中で鼾をかいていた。
一年の計 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
園部の家でなおときどき戸を開閉あけたてする音がするばかり、世間一体は非常に静かになった。静かというよりは空気が重く沈んで、すべての物を閉塞とざしてしまったように深更しんこうの感じが強い。
新万葉物語 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
楼婢ろうひを介して車をたのんだが、深更しんこう仮托かまけて応じてくれ無い、止むを得ず雨をついて、寂莫じゃくばくたる長堤をようやく城内までこぎつけ、藤堂采女とうどううねめ玉置小平太たまおきこへいたなど云う、藩政時分の家老屋敷の並んでいる
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
約二十時間を経過致しましたこの深更しんこうになりますと、何等かの仕事をすべく、コッソリとこの解剖室に這入りまして、斯様かように物々しい準備を整えたまま、時計の針が十一時……宿直の医員や
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
試みに男子の胸裡きょうりにその次第の図面をえがき、我が妻女がまさしく我にならい、我が花柳にふけると同時に彼らは緑陰に戯れ、昨夜自分は深更しんこう家に帰りて面目めんぼくなかりしが、今夜は妻女何処いずくに行きしや
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「そういえば門倉、この深更しんこうに、何で、わざわざ訪ねてまいったのだ?」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
激論深更しんこうに及ぶ 私はその忠告に応じないものですから、藤井さんは
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
いろ/\の想像さうぞうられて、深更しんこうまでゆめこと出來できなかつた。
かの客はこの深更しんこうに及べどもいまだ帰りず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
深更しんこう、旅人はふとわが耳を疑りながら、目を覚した。その居る場所にすぐ近く、人々のざわめきの声がするのであった。
閑山 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
ただ、僥倖しあわせというべきことは、深更しんこうに十手の襲うところとなったため、勢い、あのまま暁へかけて、道を急ぎにかかったであろうと察しられる一点。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今夜の深更しんこう十二時を期して他へ移す必要のあること、それについて全会員が任務について貰うこと、などであった。
人造人間殺害事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
深更しんこうに及んで狼にでも出られちゃア猶更と大きに心配した、時は丁度秋のすえさ、すると向うにちら/\と見える
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
……外套の袖を振切って、いかのぼりが切れたように、穂坂は、すとんと深更しんこうの停車場に下りた。急行列車が、その黒姫山のふもと古駅こえきについて、まさに発車しようとした時である。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
深更しんこう
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
昨夜から深更しんこうへかけて直ちに解剖が行われた由であるが、その結果、新たな事実が現れたらしく、鑑識の一行が未明の街道を全速で馳せて到着していたのである。
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
信長侍坐じざの諸将が、常に、兵を談ずる側にいて、この少年は、それがいかに深更しんこうに及ぶとも、かつて倦怠けんたいを見せたことなく、一心不乱に、語る人の口元を見ていたと。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
料理店の、あの亭主は、心やさしいもので、起居たちいにいたはりつ、慰めつ、で、此も注意はしたらしいが、深更しんこうしかも夏の戸鎖とざし浅ければ、伊達巻だてまき跣足はだしで忍んで出るすきは多かつた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
恥しいのも寒いのも打忘れて極月ごくげつヒュー/\風の吹きまするのをもいとわず深更しんこうになる迄往来なかたゝずんで居て、人の袖にすがるというは誠に気の毒な事で、人も善い時には善い事ばかり有りますが
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
もはや深更しんこうのこととて行人の足音も聞えず、自動車の警笛の響さえない。
けれども、深更しんこうに聞く秋の声は、夜中にひそ/\とかど跫音あしおとほとんひとしい。宵の人通りは、内に居るものに取つてたれかは知らず知己ちかづきである。が、けての跫音は、かたきかと思ふへだてがある。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「ほう。もうそんな深更しんこうか、いや、何も覚えず、つい、意外な長座を」
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
荷役は、深更しんこうまでつづいた。
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
と、多分にその可能性のあることを告げ、やがて深更しんこうに退去した。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いやいや、ごもっともでございますとも、深更しんこうにでもならなければ、なかなかおからだにすきもないお忙しさは、存じての推参、決して、お気づかいたまわるな。いつまででも、お待ちしておりますれば」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
深更しんこうであった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)