沙門しゃもん)” の例文
世を捨てた九十歳の有徳の沙門しゃもんであろうとも、彼の骨にからみついた人間と性慾から脱出して孤独になることはできないであろう。
道衍の人となりの古怪なる、実に一沙門しゃもんを以て目す可からずと雖も、しかも文を好み道の為にするの情も、またなりとなす可からず。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
だが俺は、いくら貴様が、入壇したからといっても、まだ乳くさい十歳とおやそこらのはなれを、一人前の沙門しゃもんとは、認めないのだ。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
われはちじと戒むる沙門しゃもんの心ともなりしが、聞きをはりし時は、胸騒ぎ肉ふるひて、われにもあらで、少女が前にひざまずかむとしつ。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
俗世の人が涙で亡き人を送ろうとも、われわれ沙門しゃもんは神に召された法師を喜んでやればよいのじゃ。喜んでその冥福めいふくを祈ればよいのじゃ。
が、打たれながらも、その沙門しゃもんは、にやりと気味の悪い微笑を洩らしたまま、いよいよ高く女菩薩にょぼさつ画像えすがたを落花の風にひるがえして
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
けだし釈迦は波羅門バラモンを破り、路得ルターは天主教を新にす。わが邦の沙門しゃもんもまたよくすうを興せり。これによりてこれを見れば、信あにうつすべからざらんや。
教門論疑問 (新字新仮名) / 柏原孝章(著)
やがて供養の日になると一万五千の灯で東大寺一円の森の上が赤くなる。歌唄讃頌かばいさんじゅする数千の沙門しゃもんの声が遠雷のように大きくうねって聞こえてくる。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
「たとい沙門しゃもんの身なりとも、主殺しの大罪は免れぬぞ。親の敵を討つ者を妨げいたす者は、一人も容赦はない」
恩讐の彼方に (新字新仮名) / 菊池寛(著)
妻子と王位とをふりきって、敢然として、一介の沙門しゃもんとなり、そして決然、苦行禁慾の生活に入られました。しかし、六か年に亙る苦行の生活は、どうであったでしょうか。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
一所不住いっしょふじゅう沙門しゃもん雲水行脚うんすいあんぎゃ衲僧のうそうは必ず樹下石上を宿やどとすとある。樹下石上とは難行苦行のためではない。全くのぼせをげるために六祖ろくそが米をきながら考え出した秘法である。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やはりのりの道に仕える沙門しゃもんでありました。
しかし沙門しゃもんの人だけに、武士の列には並ばず、本堂の御厨子みずしの前に、しとみの格子戸やたきぎを積んで、仏者らしい火定かじょうのかたちをとって死んだ。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
洛中らくちゅうに一人の異形いぎょう沙門しゃもんが現れまして、とんと今までに聞いた事のない、摩利まりの教と申すものを説きひろめ始めました。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
声が言うには「和尚さま。誤って有徳の沙門しゃもんなぶり、お書きなさいました文字の重さに、帰る道が歩けませぬ。不愍ふびんと思い、文字を落して下さりませ」
閑山 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
「討つ討たるるは在俗の折のことじゃ。互いに出家沙門しゃもんの身になって、今更なんの意趣が残り申そうぞ。ただ御身に隔意なきようにと、かくは打ち明け申したのじゃ。敵を討つ所存は毛頭ござらぬわ」
仇討三態 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「めッそうもない。沙門しゃもんのお方に酒を売るのは御本山の法度はっとなんで、そんなことしたら、てまえはこの土地に住めなくなります」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やはり薄色のうちぎを肩にかけて、十文字の護符をかざしたまま、おごそかに立っているあの沙門しゃもんの異様な姿は、全くどこかの大天狗が、地獄の底から魔軍を率いて
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そして、何かの機縁で、この二人は、法然ほうねん上人の新教義にふかく帰依きえして、その門に入ると共に、太刀をすてて、一沙門しゃもんになり、同時に
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もし悪魔にして、汝ら沙門しゃもんの思うが如く、極悪兇猛の鬼物ならんか、われら天が下を二つに分って、汝が DS と共に治めんのみ。それ光あれば、必ず暗あり。
るしへる (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
お通のことからして、解決しておかなければ、沙門しゃもんの弟子になっても、ほかの修行を求めても、一切、むだなものになるから。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
馬は月毛つきげの、——確か法師髪ほうしがみの馬のようでございました。たけでございますか? 丈は四寸よきもございましたか? ——何しろ沙門しゃもんの事でございますから、その辺ははっきり存じません。
藪の中 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
こう三名の首を揃えて出せ。——首にして差し出すことが沙門しゃもんでは出来ぬというなら寺から突き出せ。いずれでもよい
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
羅馬ロオマ大本山だいほんざん、リスポアの港、羅面琴ラベイカ巴旦杏はたんきょうの味、「御主おんあるじ、わがアニマ(霊魂)の鏡」の歌——そう云う思い出はいつのまにか、この紅毛こうもう沙門しゃもんの心へ、懐郷かいきょうの悲しみを運んで来た。
神神の微笑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
……どうもしかたがありません。もう、こんりんざい、弓矢は手にせず、一沙門しゃもんの生涯を、みほとけと和歌の道にと、そうお願いして、父のきみからもみゆるしを
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると向うから歩いて来たのは鉢を持った一人の沙門しゃもんである。尼提はこの沙門を見るが早いか、これは大変な人に出会ったと思った。沙門はちょっと見たところでは当り前の人と変りはない。
尼提 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
(今朝はおわかれぞ——)と、いおりのうちには、いっぱいな人が詰めていた。俗の人、沙門しゃもんの人、官途にある人、遠国から馳せつけた人々など、雑多に宿直とのいしていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
当人の意志も沙門しゃもんになく、両親も歿ぼっしておりますから、家名をおこさせねばならぬ身でございまする。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それに反して、強硬派の玉砕主義は、要するに、武門と沙門しゃもんの立場を混同しているきらいがあった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
武者修行は、由来、行乞ぎょうこつを本則としている。人の布施ふせに依って学び、人の軒端をかりて雨露をしのぐことを、禅家その他の沙門しゃもんのように、当りまえなこととしている。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
隣家で訊ねると、重蔵は武芸者として再起の望みのない体を悲嘆の余りと、弟新九郎の噂に対する申訳に、剃髪ていはつして如意輪寺の沙門しゃもんとなってしまったということであった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……それも、以前もとの又八だったら、金輪際こんなことはいいもしないが、おれはこれから今までの取返しを、沙門しゃもんの弟子になってやろうと思い定めた所だ。もうきれいにあきらめた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、時勢のあらしは、沙門しゃもんのうちの、そんな一帝系も、見のがしてはおかなかった。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
次男は久斎といって、早くから沙門しゃもんに入り、三男の徳斎も病身で仏門に帰依きえしていた。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そう文覚もんがく(もと院の武者所むしゃどころの出身)若年、人妻に恋し、あやまって恋人の袈裟けさを斬り、青年期の関門につまずいたが、沙門しゃもんに入って、那智の滝でいくたびとなく自虐的な修業をとげ
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
随行ずいこうとしては、宿将、旗本、小姓衆から銃隊弓隊、また赤柄あかえの槍組とつづき、医者、茶道衆、祐筆ゆうひつ俳諧師はいかいし沙門しゃもん、荷駄隊にいたるまで——見送っても見送っても人馬の列は容易に尽きない。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
僧侶だけでも、五岳の碩学せきがく、洛中洛外の禅律ぜんりつ、八宗の沙門しゃもん、余す者なく集会して、九品くほん浄土じょうど五百阿羅漢ごひゃくあらかん、三千の仏弟子、目前にあるがごとし——と当時の目撃者はその状況をしるしている。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここの領下とて、いつ修羅しゅらちまたとなろうも知れぬが、ならばなおさらぞ。およそ人間の生命力とは子を生む。喰う。闘う。沙門しゃもんのいう、愛慾即是道。飲食おんじき即是道。闘争即是道。の三つに尽きると聞く。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、気だてのおもしろい五十ばかりの沙門しゃもんが出て来るのだった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
武人ではない、沙門しゃもんである。それでも、非難はなかろうにと。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、この沙門しゃもんには、何の問題でもないらしい。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「では、ふたたび沙門しゃもんかえるお心は」